第7話『一途の希望』
僕の部屋ですか?…
…ありませんよ、そんな物…。
彼女は、自分の部屋をまるで新世界に来たかのような表情で一望すると、その感想を述べ始めた。
「へぇ…以外と片付いてるんだね。高校生の男の子の部屋って、結構散らかってるイメージがあるんだけど…」
「…基本的に何もしませんからね。部屋のものはほとんど動かしません。」
「まあ、強いて言うなら布団が出しっぱなしってとこくらいかなあ…」
「…!えっ?…ちょっと!」
彼女は、おもむろについさっきまで自分が寝ていた布団に入り始めた…
「おお!まだほんのり温かい…ついさっきまで寝ていたんだね。」
「あなたという人は…」
布団の中でモゴモゴしゃべるもんだから、イマイチ聞き取りにくかったが、とりあえずこの人に礼儀なんてものは存在しないことはわかった。
「うーん…外見は冷たそうにしてても、やっぱり人間って温かいんだね…」
「……」
自分の布団を堪能すると、ゆっくり布団から這い出て…
「さて…では、恒例のアレ探しといきますか…」
「…“アレ”とは一体なんのことですか…」
「そりゃあ、アレと言ったらアレでしょ!
…男子高校生の部屋といえば、アレが隠されているのが定番でしょ?そしてその穴場は…」
バサァッ!!
「布団の下ッ!」
彼女は、決め台詞と同時に自分の布団を勢いよくめくり上げた。自分でも忘れていたが、布団の下には一冊の本が安置してあった。
「うわっ!!」
突然宙に舞った布団に驚いて、思わず声を出してしまった。
「ほ…本当にあった…」
「やめてください!…これ以上僕の部屋を荒らさないでくださいよ!…そろそろ怒りますよ…」
「ご、ごめん…冗談のつもりだったんだけど…流石にデリカシーがなかったね…あんな本を見つけちゃって…」
「問題はそこじゃないです…それに、これはそんな隠すような本ではないですから…」
そう言いつつも、もう長い間開いていなかったから、自分もこれが何の本かは覚えていなかった…自分は、その本を手に取り、ゆっくりと表紙をめくった…
それは、小学校の卒業文集だった。
(表紙は汚れていたけど、中身は意外と綺麗なんだな…)
「あ!それ、卒業文集だね!見せてよ!キミの小学生の時の写真!」
「…構いませんが…」
自分は一枚一枚ページをめくり、自分のクラスの集合写真が載っているところで手を止めた。
「この写真の…」
「待って!私が当てるから!ええっとねえ…あ!この子かな!」
「…よくわかりましたね。」
「やっぱりね!今よりもちょっとあどけなさも感じるけど…やっぱり、キミの面影が残ってるよ!」
「当たり前でしょう、それは僕なのですから。」
すると彼女は、同じページのある場所に目をつけた。
「あれ…?これって…」
“学級委員の言葉 学級委員:雨宮京介”
《僕はこの学校を卒業できると共に、最後まで自己の正義を貫き通せたことを大変誇りに思います。クラスの児童一同にも、これから先に己の正義を信じ、胸を張って生きてもらいたいと存じます。》
「へえ…キミ、学級委員やってたんだ…それにしても、文面が小学生っぽくないね…この時からこんな感じだったんだ…」
「この時から…というのは語弊がありますね。今は違いますから。…それに…」
「それに?」
「この時は…ちゃんと素直に笑えていました…」
ページをめくると、クラスメートと燥ぐ自分の姿が写った写真が載っていた…
「あまり運動神経は良くありませんでしたが…当時はとても楽しかったんだと思います…周りの“かつての友人”もみんな純粋で…キラキラ輝く澄んだ目を持っていました。…今と違って。」
「……」
写真の中の自分やその周りの人たちを見つめていると、はるか遠くを眺めているような気分になった。
「…きっと思い出せるよ。みんなも。いつか思い出せると信じて、君が生き続けてればね。」
「…その言葉も、僕を自殺させないための作戦ですか?」
「さあ、どうだかね。ニシシ!」
「……フン...」
季節外れの向日葵のような、彼女の輝く笑顔を見て…自分も…
「…あれ?」
今さっき、普段全く使わない筋肉が引きつっていたような…
はっと顔を上げると、大橋奏が驚きが混じったような笑顔を見せていた。
「…笑えたじゃん、ほら。」
彼女は自分のケータイの画面を自分の顔の前まで近づけてきた。そこには、嘘のように自然に微笑する自分が写っていた。
一瞬、自分でも驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「って、勝手に撮らないでください!今すぐに消してください…!」
「えー、せっかくだから残しておこうよ!キミが本来のキミを少しだけ取り戻せた瞬間だよ!」
「!…」
(本来の自分を…取り戻せた?)
思い返せば、今日の行動は彼女に会う前の自分では考えられないようなことばかりだ…他人をプライベートな空間に抵抗なく招き入れ…希望を見出せた過去を腹を割って打ち明け…自然と笑顔が現れて…そしてこうしてドタバタ騒ぐだなんて…
(そうか…これが…)
最近、自分は自身の“この部分”を忌み嫌っていた…どうでもいい、邪魔でしかない部分だと思っていた。笑うことも…騒ぐことも…すべて馬鹿馬鹿しいと…でも、今はそんなものもすべて輝いて見える…幸せを感じられる。
彼女はこれを教えてくれた…
…もしかするとこれも彼女の作戦なのかもしれないけれど…
でも…それでもいい。彼女の謀略に嵌っていたとしても…自分は今のままで幸せなんだ。
その後も、彼女と色々なことをした。彼女が持ってきたゲームで遊んだり…
過去のエピソードを語りあったり…彼女に手作りの料理を振舞ってやったり…
幸せな時間はあっという間に過ぎていった。