第6話『着信』
通知音が鳥の鳴き声なのは、僕のLINEがそうだからです…。
「……」
大橋奏から受け取った携帯電話をぼんやりと眺めながら、布団に寝転ぶ…疲れ切って、起き上がる気力もない…
(…結局、コトの真相は分からないまま…だが、本当に彼女が “薬物依存者” だなんて、あり得るのだろうか?…)
少しもやもやした気分でいると、突如眺めていた携帯電話が、鳥の鳴き声の通知音を吐きだした…どうやら、それが「一件のメールが届いた」ということを知らせる音らしい。
…文面を見て、思わず生唾を飲んだ。
“突然こんなこと聞くのも悪いんだけど、もしかして、鞄の中身を見た?”
どうせ、「今日は楽しかったね!」とか、「次はどこへ行こうか!」とかと楽観的な言葉が並ぶものだとばかり思っていたから、こんなメールが届くなんて完全に想定外であった。
(そういえば…)
自分は、今日の昼に寿司屋で鞄の中身がアレルギー剤ではないかと尋ねた時、瞬時に彼女の笑顔が消えたのを思い出す…。
(…あの時に…鞄の中身を見たことを悟られた?)
どう返信すればいいのか…わからなかった。幸い…と言っていいのかはわからないが、このメールにはどこぞのSNSとは違い、所謂 “既読” がつく機能はないようで、こちら側に考える時間はあった…長考することが「嘘をつこうか迷っているのがはないか」という疑いに繋がることはなさそうだ。
(…どうすればいいんだ…)
結局その答えは見つからないまま、夕食の時間となってしまった…
食事中も、夕食のカップ焼きそばを食べるのを忘れてしまうほど、思考の海に沈んでいた…
もし、見てしまったことを告白すれば…きっと自分は真実を語られることとなる…大橋奏の本性を知ることとなる…自分は、それが何よりも怖かった…
だが…ここで嘘をつけば…事態を先延ばしにするだけだ…でも、いっそこのまま何も知らない方が…自分の中の “理想の大橋奏”に縋っている方が、はるかに楽なのではないか…?
夕飯を平らげた後も、自分は考え続けた…
考えて…
考えて…
考えて…
…世界は暗転する。
「…?」
カーテンの隙間から漏れた太陽の光が、自分の目を覚ました…どうやら、考えているうちに眠ってしまったらしい…今は正真正銘、日曜日の朝だ。
「……!」
完全に意識を取り戻すと、枕元に置いてある携帯電話に、通知が届いていることに気がついた。
…当然、大橋奏からのメールだった。
“昨日は変なこと聞いてごめんね!
あのメールはやっぱり見かなかったことにして!(>人<;)”
可愛らしい顔文字が添えられたその文面を見て、自分は肩を撫で下ろした。
…でも、本当にこれで良かったのかは自分でもわからない…ただ、その続きの文章に、思わず目を見開いた。
“良かったら、今日キミの家に遊びに行ってもいいかな?…私の家はお母さんがあまり人を入れたがらないから…お返事待ってます!⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾ ”
どこまで図々しい人なんだと半ば呆れながら、母親に話を聞くことにした。もう午前9時を回っていることだし、おそらくもう起きているだろう。
一階に下りると、案の定母親は起床しており、死んだような目つきで煙草を吸っていた。
「…お母さん。」
「……」
「今日、知り合いがここを訪ねるそうです…僕の部屋に入れてもいいでしょうか。」
「…へえ。あんたに友達ができるなんてね。…勝手にすれば。あたしは外に出てくるから…」
「ありがとうございます。」
一方的に攻め込まれているだけで、別に友達ではないと言いたい気持ちもあったが、訂正するのも面倒だった。
一旦、階段を上って自室に戻り、親の許可が取れた事をメールで伝えると、返事はすぐに帰ってきた。
“ありがとう!それじゃあ、今からそっちへ向かうね!”
メールを開いた瞬間だった…1階の方から、予想だにしない音が聞こえてきた。
ドンドンドン!!
「ごめんくださーい!」
思わず、唖然とした。まさか、最初の誘いのメールを送った時から彼女は既に門前に立っていたのだろうか…?
急いで階段を駆け下りる…
「雨宮クーン!」
「…大橋奏…。」
「あはは、出た出た!うん、そのフルネームで呼ばれるの…それが聴きたくてキミに会いたくなったのかもね!」
「…部屋は2階です。」
「はいはーい!お邪魔しまーす!」
彼女が“例の荷物”を持って家に入るタイミングで、母は煙草を片手に外へ出かけていった…
自分はゆっくり階段を上がり、彼女を部屋へ招き入れた…