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自殺競争  作者: 九尾 蜥蜴
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第5話『大橋奏の秘め事』

誰しも一つは誰にも知られたくない秘密があるもの…無論、僕にも。

「……」


あまりの衝撃に、しばらく体が動かなかった…背中を冷たい何かが這い登る…


「何だ…これ。」



『注射器』の内の一本は、もう既に使用されているようだ。

「…まさか。」


…改めて考えてみると、最初からおかしかった…彼女が…大橋奏が普通の思考回路を持つ人物ではないということは、実に明白なことであった…


彼女がたまに発する狂気じみた言動と、それに似合わないにこやかな表情…


(彼女の全ては…『コイツ』が作り上げていたのか…?)


自分は、この『夢と希望』が“そういう薬”であるのではないかという疑念を抱いた。



大橋奏は、『薬物依存者』だった…?



途端に怖くなった…もし、ありのままの自分を見つけだそうとしてくれていた人物が、薬によって作り出された偽物の大橋奏だったとしたら…?


唯一の希望の種が…


初めて自分の理解者となれたかもしれない人が…


初めから、そんな人は存在しなかったとしたら…?


自分の顔が青ざめていることなど、鏡を見ずともわかった。


「い、いやあ…ごめんね〜」


後頭部をさすりながら、大橋奏が席へ戻ろうとしていた。大急ぎで薬物が詰まった鞄を閉め、平静を装った。

…装ったつもりだった。


「あれ?…どうしたの?…妙に顔色が悪いけど…」

「…気のせいではないですかね…って…あなた…」


大橋奏の顔色は、依然として優れない様子であった。…いや、むしろ悪化していると言った方がいいだろう…そんなにあの寿司は不味かったのだろうか…


「ごめんね…ちょっと…その鞄を貸してくれないかな…そのために戻ってきたんだ…」

「!…」


自分は、何も言わずに、黙って鞄を差し出す…


「…た、助かるよ……」


鞄を受け取るやいなや、彼女は再びトイレへ苦しそうに向かった。



___神妙な顔つきで、自分は流れてきたバッテラをゆっくりと頬張った。




…30分程経っただろうか…徐々に増えてきた客を掻き分けるようにして、彼女は嘘みたいに元気になって戻ってきた。


「あ〜、元気になったらなんだかお腹が空いちゃったよ!」

「…もう、平気なんですか?」

「う、うん…あのお寿司はいけないね…私の身体が全力で拒絶していたよ。」

「…もしかして…鞄の中身は《抗アレルギー剤》だったりするんですか?」


一瞬、困ったように笑っていた彼女から笑顔が消え…


…たが、すぐ元に戻った。


「そ、そんなわけ!鞄のサイドポケットに入ってる吐き気止めを使っただけだよ!」

「…それじゃあなんで鞄ごと持って行ったんですか…こんな重いものを…」

「あ、あの時は焦ってたんだよ!…ほらほら、たくさん食べちゃおうよ!」

「…まあ、いいですけど…」


彼女は何かを誤魔化ごまかすように自分に微笑ほほえみかけると、次から次へと寿司を食べ始めた。


「それにしても、なぜそんなにかたくなに鞄の中身を話そうとしないんですか?」

「へへッ、キミは本当にこの中身が気になってるみたいだね!…でもだめ。これも、私がゲームに勝つための作戦なんだからね。」

「…そうですか。」



それから、自分たちは次々と寿司を平らげ、最終的には身を隠せる程皿は積み上がった。


会計を済ませたが、食事代は彼女が全額負担した。自分がどれだけ全額返すと言っても、彼女は頑なに断った。



…正直、それ以降のことはそんなに覚えていない…あれからまた色々な店を訪れて…結局お金を使ったのは、彼女の “足のむくみ” を軽減させるためのマッサージくらいだった。


帰り道…


「いやあ、今日は疲れちゃったね〜」

「本当にこんな時間まであの場所にいることになるとは思いもしませんでしたよ…ほとんど全部の店を回ったんじゃないですか?」

「そうだね〜」



ああだこうだ話しているうちに、自分の家の前までたどり着いた。


「では、僕はここで。」

「あ、ちょっと待って!雨宮クンって、ケータイ持ってる?」

「…いえ、そんなものを持たせてくれるような親ではないですし。」

「そっか…じゃあ、これを持っておいて!」


…そう言い、自分にやけにキラキラしたケータイを手渡す。


「これで連絡がとりあえるね!」

「……また僕を連れ回すつもりですか…」

「とか言って、なんだかんだで楽しかったでしょ?」

「……」

「あ、ちなみに、メールの送り方とかはわかる?」

「送ることはないと思うので、メールボックスを開ける方法だけ教えていただければ結構です。」

「あれ?…ケータイを持ったことがない割には、メールボックスなんて言葉を知ってるんだね。」

「母の物を盗み見ることがあったので…」

「へ、へえ…意外と知的好奇心は旺盛おうせいなんだね…えっと、ここを押せばいつでも見られるよ。メールを受信した時には音が鳴るから、チェックしてみてね!」

「わかりました…では。」

「うん、またね。」


本日二度目の別れの挨拶あいさつを告げ、自宅の戸を閉めた___






___…!ゲホッゲホッ!!


(……)


(……まただ。お寿司屋さんの時と同じ…量も多い…)


うつろな目つきで、覆った手の平の付着物を見つめる…その時、またあの時と同じ現象が、自分の体を襲う…


(!…いけない…!!)


素早く鞄から薬入りの注射器を取り出し、手首の静脈に突き刺す…


(ッ…!)


…再びき込みそうになるが、急いで空いた片手で口を覆う…こんな路上でばらいてしまうわけにはいけない…


ゲホッゲホッ!!!



(…雨宮クン…ごめん。)




(…本当のコトは、どうしても言えないんだ。)


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