第4話『鞄に詰まった夢と希望』
希望の定義も人それぞれ。
あなたの夢はなんですか?
あれから色々な店へ立ち寄った。
洒落た服が売られているブティックや、スポーツ用品店、本屋になんかも行った。しかし、高らかに小遣いを使い切ると宣言していた肝心な彼女は、結局何も買わなかった。
「…何も買わないんですか?」
「うーん…特に欲しいものが見つからなくて…雨宮クンはいいの?何か欲しいもの、あった?」
「いえ、構いません…それより、少しお腹が空きませんか?」
「え?…そんなことないけれど…というか、まだ10時過ぎだから…お昼はまだだよ。」
(そうか…そういえば…)
そういえば自分は朝食を食べていないことを思い出した。
「まあ、でもいいよ。この時間なら、どこの食べるお店も空いてるし…そういえば、雨宮クンの好きな食べ物ってなんなの?」
「…特に好物とかは…脂っこいのが少し苦手なのはありますが。」
「へー…あっ!それじゃあ、“アレ”なんかどうかな!」
「…?」
彼女の指差す方向には、商店街では見慣れないような『寿司屋』があった。
「…もしかして、あの回転寿しの店のことを言ってます?」
「そうそう!私も長らくお寿司なんで食べてないし…今まで何も買ってない分、お昼ご飯は贅沢できちゃうからね!」
「そんな…いけません。僕はコンビニで済ませるので…」
「ダメだよ。私はキミとお昼が食べたいんだから…どうする?私の願い、叶えてくれる?」
「…それが、善行なのならば…。」
こうして、自分たちは回転寿し屋に入っていった。…正直、お寿司どころか外食すらしたことがない自分は、その店の雰囲気に動揺していた。
その動揺を包み隠しながら、自分は大橋奏と向かい合うようにしてテーブル席に座った。
「よっこらせっと…あ、その荷物はその辺に置いといて!」
「はい。」
「……」
「……」
「…えっと…これからどうすればいいのですか?」
「え?いや、そりゃあ、お寿司を食べるに決まってんじゃん!」
「いえ…そうじゃなくて…手順とかルールとか…」
「…もしかして、回転寿しに来るの、初めて?」
「…はい。」
「ああ、そうだったんだ…あのね?このレーンに乗って流れてくるお寿司は、好きなものを好きなだけ取って食べてもいいんだよ!…ただ、食べもしないのに触ったり、一度取ったものを戻したりするのはルール違反だから、気をつけてね。」
「…そうですか。」
「それにしても、ここのお店は変わりダネが多いね。」
「…こういうのは普通のお寿司とは言わないのですか?」
「え…もしかして雨宮クン…お寿司、食べたことない人…?」
「…はい。」
「あっ!だったら、私がオススメのネタを選んであげる!…キミは脂っこいのが苦手なんだよね…なら、さっぱりとしてるこれなんてどうかな!」
「これは…何ですか?」
「鯖のお寿司…バッテラなんて呼ばれたりもするんだけど…サッパリしてて美味しいよ!」
「へ、へえ…」
「それじゃあ私は…うん?」
レーンをふと見ると、見たこともないような、何とも名状しがたい異様な寿司…いや、もはや寿司と呼べるかも危ういようなものが流れてきた。
「…」
「あ、あなた…まさか…」
「…うん、何事も、冒険が大事だよね!」
彼女はレーンに手を伸ばし、その異様な寿司を自分たちのテーブルへと引きずり下ろした。皿の上に乗った仰仰しい“何か”が、自分の眼の前に君臨している…
「それじゃ、いただきまーす!!」
彼女は、その物体を一口で頬張り、噛むこともせず飲み込んでしまった。
その時だった。
ゲホッゲホッ!!!!!
彼女はかなり酷い咳き込み方をして、口を覆っていた手をゆっくりと離し、自分の手のひらを見て何だかギョッとしている様子だった…
「ご、ごめん…ちょっとトイレに…」
そう言い残すと、一目散にトイレに駆け込んで行った…よほど口に合わなかったのか…もしかすると、そのまま吐き出してしまったのかもしれない…そう思いながら、自分は1人席に残り、彼女の言うバッテラとやらが流れてくるのを待っていた…
…が、自分に一つの欲望が沸き起こる…彼女が席を外している今なら、彼女にバレることなく、彼女の“ヒミツの荷物”の中身…彼女の言う“夢と希望”とやらを見ることができる…いや、しかし、それはまごうことなき『不義』であるが…
「……」
(いや…自分の中の正義はもうとっくに死んでしまっている…今更正義が云云言っても仕方がないか…)
そう自己暗示しながら、僕は鞄の中身をそっと覗き込んだ…
だが、今となっては後悔している。この荷物の中身を見てしまったことを…
「……え?」
鞄の中身は…
彼女の『夢と希望』は…
聞いたこともない名前が書かれたラベルが貼り付けられた、薬品の入った小瓶と…
数本の『注射器』であった。




