第3話『繁華街を行く。』
寒いですね…
炬燵がないと生きていける気がしません…
少し疲れてはいたが、もう一度眠る気にもなれず、自分はそのまま起きていることにした。2階の自室に戻ってからパーカーの下を着替え、遺書の内容でも考えながら、ベッドに横たわってぼおっとしていた。
「……」
…かれこれ一時間くらいたっただろうか…少し空腹を感じ、朝食を作るために1階の台所へ向かう…
…その時だった。
ドンドンドン!!
急にドアを叩く音…家に訪問客なんて滅多にこないが…新聞配達だろうか…?なんて思っていた矢先、また奴は突然姿を現した。
「おっす!」
「大橋 奏…?」
「うはは!友達をフルネームで呼ぶ人なんて、初めて聞いたよ!」
「僕たち、まだ会ってから2日目ですよね…僕はあなたを友達と認めた覚えはないんですが…」
「相変わらず冷たいなあキミは…あれ?お母さんは?」
「母はまだ寝ています…それより、なぜ僕の家を…」
「そんなの、名簿を見れば一発だよ。最近は住所を入力するだけでその場所への行き方がわかっちゃうんだもん、便利な世の中になったよね〜」
「……それで、要件は?」
「ああ、そうだね…あのね?今日、二人で街にお出かけしない?」
「…もしかしてあなたは健忘症でも患っておられるのですか…?僕は2時間ほど前にあなたと“お出かけ”をしたはずですが…」
「いいじゃない、別に減るもんじゃないんだしさ!」
「少なくとも、僕が有意義に過ごせる時間は減ります。」
「なんだよ、本当は行きたいくせに!…素直じゃないなあ!」
「……」
もはや反論するのも面倒だった。
「…何をしに行くんですか?」
「結果ばっかり求めるもんじゃないよ!ほら、無計画な旅ほど面白いって言うじゃん!」
「確かに、あなたの無計画さには本当に頭が上がりませんよ。」
「えへへ〜そうかなあ〜」
「…あなたは幸せ者ですね。」
詳しく話を聞くところによると、最近リニューアルされた商店街に向かうらしい…そんなことに全く興味を抱いてこなかった自分は、リニューアルのことなんて知る由もなかった。
「悪いんですが…僕は一銭もお金を持っていないんです。」
「『銭』?…この国では『円』しか使えないんだよ?」
「……『1円もお金を持っていない』と訂正しましょう。」
「まあ、お金のことに関しては心配しないで!私がなんでも奢ってあげるからさ。」
「それはいけません。…それに、別に僕は欲しいものなんてありませんし…」
「え?…お昼ご飯とか、夜ご飯とかどうするの?」
「…あなたはいつまで商店街に居座るつもりなのですか…」
「まあまあ、私、お金を余らせても仕方ないからさ…お小遣いは使い切っちゃおうと思ってさ…それでも、一人だと退屈だから、キミと行きたいなって…私の“唯一の友達”とね!」
(…この人にも友達がいないのか…)
「…わかりました。さっさと行って、すぐに帰りましょう…」
「お出かけだよ?もっとテンション上げていこうよ!」
「……」
気乗りしないものの、この自殺志願者と商店街へ出かけることは不可避であることを悟った自分は、何も持たずにそのまま歩き始めた…
「…ところで、その荷物の中には一体何が…?」
「ああ…これ?えへへ〜、それはヒミツだよ!まあ、私の『夢と希望』とでも言っておこうかな…それより、何気にこれが初めてだよね…君から話しかけてくるなんてさ。」
「…たしかに。こんな僕があなたに話しかけるだなんて…メイワク極まりない行動でしたね。」
「うーん…なんだか私とキミの間にとてつもない距離を感じるよ…いつかはゼロ距離のキミと話してみたいな。」
「そんなことがあったら、暑苦しくて僕が蒸発してしまいます。」
「え?…恥ずかしくての間違いでしょ?」
「それも一理あります。僕は生きていることが恥ずかしくてしょうがありません。やはり、早いとこ首でも吊った方がいいですね。」
「あ、勝利宣言だね?…だったら、私もロープでも買って帰らなきゃいけないね。」
「僕は本気で言ってるんですよ。」
「私だってそうだよ?だからこその『勝利宣言』でしょ?」
「……」
「それにしても、こうやって並んで歩いてお出かけなんて、恋人同士みたいだね!」
彼女は空いている片手をお茶目に頬の元へやった。…正直、こういう女性は少しばかり苦手だ。そして、しばらく歩いているうちに、彼女の顔に疲れが見え始めた。
「その荷物、僕が持ちますよ。ずっと持っているのも億劫でしょう。」
「あ、いいの?ちょうど変わって欲しいと思ってたんだ!キミって無愛想に見えて、意外と親切なんだね。」
「いかにも重そうな顔をしていたので。」
「…今思ったんだけど…本当のキミって、もっと優しくて明るい人なんじゃないかな…」
「!…」
予想だにしない言葉を受け、一瞬身体が硬直した…
「あの…悪い意味で捉えないで欲しいんだけど…キミはちょっと、自分に否定的になりすぎてるような気がしてさ…なんていうか…まるで拗ねちゃってるみたいにさ。」
(!…自分が…すねている?)
「もしかして、本当はその性格、自分で作っちゃってるんじゃない?…何も操作していない“本当のキミ”は、もっと明るい人だと思うんだ…」
「…確かに、元いた自己を嫌悪していたっていうのは多少はあるかもしれません…ただ、この卑しい人格は、紛れもなく他が作り上げたもの…本当の僕なんて、もうどこにも存在しないんですよ。いわば僕は、虚像のような存在です。」
「ううん、違うよ。」
「…?」
「完全に自己を消し去ることなんて、人間は絶対にできないんだ。後から作り上げられた“仮面”は、いつでも脱ぐことができる。…正義のヒーローに憧れて、もっと輝かしい眼を持っていたキミは、いつでも呼び出すことができるんだよ。…私はそう信じてる。」
「……」
「…おっと、なんだか暗い話題になっちゃったね。ほら、もうすぐ見えてくるよ!」
自分たちは、ゆっくりと商店街へと足を踏み入れる。そこには自分の知っていた元の寂れた商店街の面影はなく、アーケードのついた大きな繁華街と化していた。
「さあ、どのお店から見ていこうかな!」
「……」
とても楽しそうに周りを見渡す彼女の姿が、自分が子供の頃に初めて遊園地に行って、笑顔ではしゃいでいる時の記憶と重なった。その時もどうせ、母にとっては、騒音の元凶となる駄々をこねる自分を黙らせるための懐柔策に過ぎなかったのだろうけど…それでも、自分は本当に楽しかったんだと思う。
「……」
自分の中で、表現しえない“何か”が疼いているのを感じた。