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自殺競争  作者: 九尾 蜥蜴
2/11

第2話『忌子、雨宮キョースケ』

大橋奏…


大橋…奏…


はい、主はスキマスイッチが大好きです。

ジリリリリリリ...


「……」


目覚まし時計の音が聞こえ、ゆっくりと上体を起こす…時刻は午前3時半。無論、普段は土曜日のこんな時間に目覚まし時計は鳴らさない。外はまだ真っ暗だ…


「……行かなきゃ。」


自分は、寝巻きの上からパーカーを羽織り、何も考えずに家を出発した。


《首吊り公園》というのはもちろん俗称である。昔その公園に植えられていたケヤキの木で首を吊って自殺したという出来事があったらしく、今ではその木は切り倒されているが、人々はいつしかその公園を《首吊り公園》と呼ぶようになり、誰も近づかなくなった…なぜそんなところに自分を呼び出すのかは、正直皆目見当がつかない…


トラックなんかにねられるのはすぐに死ねて楽そうだ…なんて考えながらしばらく歩いて公園に着き、午前4時丁度に、彼女もやってきた。


「お、来てる来てる!おはよう!」


昨日は夕陽に照らされていて気づかなかったが、彼女が『the 黄色人種』 と言えるほど “肌が異様に黄色い” ことに気がつく…ミカンを食べすぎると肌が黄色くなるという嘘か本当かわからないうわさを耳にしたことがあるが、彼女もそうなのだろうか…?そんなどうでもいいことを考えていると、彼女は話しかけてきた。


「あれ?…えっと…ごめん、何君だっけ?」

「僕はまだ自分の名を名乗っていません。」

「あ、そっか…じゃあ、私も自己紹介がまだだったんだね!…私の名前は、《大橋 奏》って言うんだ。」

「おおはし…かなで…」


その名前には聞き覚えがあった…たしか、自分のクラスに一つだけ常に空席があって…その席の主の名が…


(…この人が…大橋 奏…)


「それで?君の名前は?」

「…雨宮。」

「あ!もしかして、雨宮“キョースケ”君?」

「…そうです。」

「やっぱりね!私たち、同じクラスだったんだ!あの高校に、雨宮っていう名字の人は一人しかいないからね。」

「…全員分の名前を覚えているんですか?」

「うん、まあね。名簿を眺めるのが趣味だから…」

「…そうですか。」

「それに、敬語は使わなくていいんだよ!同学年なんだから!」

「いえ…敬語が使い慣れているので…このままで。」

「何だよぉ、水臭いなあ…」

「水臭くならない方がおかしいと思うんですが…」

「もしかして、他の友達とかにも敬語を使ってたりするの?」

「僕に友達は存在しません。」

「あ、そうだね…自殺志望…だもんね…それなりの状況ではあるよね…」

「……」

「それで、例の『遺書』の話なんだけど…」

「!…」


自分はふと目を見開いた。昨日の彼女の話を半分聞き流していたせいか、早朝で意識が朦朧もうろうとしていたせいか、『遺書』のことなどすっかり忘れていた。


「ごめんね…やっぱり、今見せるのはナシにしない?…今見せるのは…ちょっと違う気がして…」

「…違う…というのは?」

「うーん…なんていうか…この遺書はやっぱり、《私が死んでから見てもらう方がいい》って気がして…ほら、そもそも遺書ってそういうもんでしょ?」

「…まあ、見せようが見せまいがどちらでも構いませんが…」


本当の魂胆は少しあやふやにされたような気もしたが、遺書を書き忘れていた自分は、この状況に安堵あんどした。


「ええっと…まだ時間も余裕があるし…少し、その辺を歩いてみない?」

「…時間があるも何も…まだ1日は始まったばかりですよ。…まあ、その気になればいつでも終わらせられますが。」

「だって…こんな遺書を親なんかに見られたら、きっとこのゲームが台無しになっちゃうからね。目を覚ます前に隠さなきゃね。」

「…そうですね。《あなたのような人の場合》は…。」


自分たちは、特に目的もなく、公園に面した坂を上り始めた。


「…そういえば、どうしてキミは自殺を思い至ったの?話してみたら、少しは楽になるかもよ?」

「…今更そんなこと言うんですか…」

「これは作戦だよ。キミを自殺から遠のけられれば、私の勝利が近づくからね。」

「作戦を相手に堂々と話す人なんて僕は初めて見ましたよ。」

「あっ…」

「……」

「そ、それより!…一体何が理由で?」

「……ただ、この世界で生きる事に疲れた…それだけです…」

「クラスメートとのトラブルとか?」

「…思い出したくもありません、あんな連中…」

「…もしかして、いじめられて…」


「それだけは違う!!」


「!…」


目の前の少女が一歩足を引く…突然語気を荒げた自分に驚いたようだ…


「…すみません、いきなり大声を出してしまって…」

「い、いや…いいんだよ。」

「…ただ、それだけは認めたくなかったなんです…僕は決して『敗者』なんかじゃない。理論ではなく、力でしか自己を正当化できない低俗なあの連中に、正義が負けるはずがありません…」

「……」

「僕はただ、正義を執行するのみ…しかし、いくら正義を主張したところで、その努力が実を結ぶことはなく…傷が増えていくだけでした…」


僕はおもむろにパーカーの袖をまくり、血のにじんだ包帯に包まれた腕を彼女に見せつけた。


「やがて僕は自分の無力さを悟り、正義の執行を諦めた…僕の中の正義は…死んでしまったんです。」

「…親とかに、相談はしないの?」

「…親?」


………


「…僕の親は…僕の味方なんかではありません。」

「…え?」

「…僕は…産まれてこの方…一度も母に愛されたことがありません…父はいません。僕が産まれる前に、母と縁を切ったようです。」

「……」

「母親は自分なんかさっさとのたれ死んでもらいたいようです。父が関与している“もの”は、1日でも早く消し去ってしまいたいのでしょう…僕が産まれて一番に受け取った感情が憎悪であることは、僕の『名前』がしっかりと証明してくれています。」

「え…なんで?…キミの名前は、雨宮『キョースケ』くんだよね…?」

「…おそらく、あなたが考えているのとは、字が違います。」

「字…?東京の『京』に…」

「違います。僕の名前は、最悪の運勢を表す『凶』という漢字です。僕の名前は、《雨宮凶介》です。いかにも災厄がもたらされそうな名前でしょう。名簿には違う字で書かれていましたが…」

「…そう…だったんだ…。」

「…無論母は僕の理解者ではありませんでした…当然です。彼女は僕の存在を否定しているのでから…」

「……」

「僕は絶望しました。僕の理解者が存在しないことに絶望しました。この学校に絶望しました。家庭に絶望しました。そして…世界に絶望しました。」

「……」

「次に生まれ変わったら正義が勝つ世界に…俗に言う、『来世に期待する』ってやつです。それで、この世界を去ることに決めました。少なくとも、今よりもマシな世界へ行けるならば、後悔はしません。」

「…うーん、少なくとも私は、君の理解者第一号になれそうな気がするんだけどな…」

「…あなたはあの学校の惨状を知らないからそんな軽々しく言えるんですよ…それに、今更何を言われても、僕が考えを改めることはきっとないでしょうしね。…それより、僕が聞きたいのは…あなたの自殺の動機です。」

「…私?」

「…あなたはどう見ても、悩みを抱えているようには見えません…」

「…うーん…やっぱりそう見えちゃうか…隠してるんだよ。私だって、本当はいっつも苦しいんだ…」

「……」

「私は…《アイツ》に出会ってから人生が変わった…こんなにうらんだことはないってくらい、大っ嫌いな《アイツ》…私は《アイツ》を全力で引き離そうとしたんだけど…」

「……」

「でも…私も君と一緒。もう…拒み続ける事に疲れちゃったんだ…私の味方をしてくれていた人たちも、もう疲れ切ってる…そして私は、《アイツ》を受け入れる事にしたんだ。」

「…それがなぜ、自殺に繋がるんです?…服従の道を選ぶことはやっぱり嫌だったのですか…?」

「…その内、この意味はわかるよ…あ!見て、朝日だよ!」


坂を登りきった頂上から、赤く煌々と輝く、美しい朝日を見た。話の内容は少しはぐらかされたような気もしたが、彼女があまりにも太陽に見惚れているもんだから、話しかけるのはやめにした。


「綺麗だね…ずっと見ていたい気分だよ…」

「そんな悠長なことを言っていたら、僕が先に死んでしまいますよ。」

「あ、言っておくけど、ゲームには絶対負けないからね。」

「本当にそんな気があるんですか?」

「有言実行が私のモットーだからね。」

「……」


今まで散々過去に言ったことを瓦解がかいさせてきた人が何を言うかと呆れたが、そこに触れることは野暮であるような気もしたから、そのまま黙り込んでいた。


「…それじゃあ、そろそろ戻ろうかね。親が目を覚ます頃だから…」

「…そうですね。」


自分たちは軽い挨拶を交わし、各々の帰路に着いた。早朝の散歩など、無意味に等しいものだと考えていたが、案外悪くないものであった。散々愚痴を聞かされ続ける家の中に居るよりかはずっとマシだ。


…家に帰ると、母はまだ眠っていた。

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