最終話『私が生きた証』
泣きたい時は、思い切り泣こう。
…次の一歩を踏み出すために。
「3470…?」
「…きっと、この金庫の鍵の番号だと思うんです…」
亡き友の母親は、両手で持てる程度の小さな金庫を自分に差し出した。
「…あなたが開けてください。」
「……」
自分はゆっくりと鍵の番号を動かし…
…金庫を開けた。
…そこには、一冊のノートが入っており…自分はそのノートを手に取り、付箋のページを開いてみた。
「…これは…!」
ー遺書ー
“雨宮クンへ。
キミがこの遺書を見てるってことは、私がゲームに勝ったってことだね!
キミの悔しそうな顔が目に浮かんで、今もニヤけが止まらないよ!
…それでも、私はキミに謝らなきゃいけないね…私が病気だってのを隠していたこと…キミには、私を『1人の普通の友達』として見て欲しかった…自分勝手で、ごめんね。
それともう一つ、これはもう気づいているかもしれないけれど…最期だから伝えておくね。…作戦、作戦って言ってきたけれど…私は、本当に、心の底から『キミには死んでほしくない』って思ってたんだ…そもそも、このゲームにキミを誘ったのも、『キミの自殺を止めるため』…キミには、『生きることの素晴らしさ』を知って欲しかったんだ…この世界には、『生きたくても生きられない人』がいる…私みたいにね。だからこそ、まだまだ先の長い…なおかつ人並みでない正義感を持つ立派なキミには、どうしても生きて欲しかったんだ…だから、私は数少ない残りの人生をキミに捧げるんだって決心できた…
もしかしたら、早朝に呼び出したり、1日に何回もお出かけしたり、いきなり家に押しかけたり…色々迷惑だったかもしれないけれど…ごめんね、私には『時間がなかった』んだ…キミに生きる楽しさを知るのは、私が生きている間じゃないといけないからね。
私には、『人の役に立つことをしたい』っていう将来の夢があったんだ。…この『自殺競争』が、キミの役に立ったのかはわからないけれど…もし少しでも、キミに生きる希望が芽生えたなら、私は嬉しいな。”
「…!」
やっぱりそうだった…大橋奏は決してお遊びなんかで自分に付き合っていたわけじゃない…最初から自分の自殺を止めるために、自己を犠牲にしてまで自分に尽くしてくれたんだ…!
“さて、前置きはこのくらいにして、私からの最後のお願いの発表といこうかな…なんでも聞くって約束だもんね。私からのお願いは…”
“これからも、精一杯生きること”
“…ただ、それだけだよ。
先が決まっている私とは違って、キミにはまだ無限の可能性を秘めた未来が待っている…それにひたすら突き進んで欲しいんだ。決して、私を追うような真似はしないように。もしそうしようとしても、約束を破ったキミは地獄行きになって、天国の私とは会えないからね!(笑) …それとともに、キミには《私が生きていた証》になって欲しいんだ…キミが自分の足で大地に立って、胸を張って生きる。…それだけで、そんな立派なキミを復活させた私がこの世界で生きていた証明になる。それで、夢を叶えられた私も「生まれてきて良かった」って思えるから…それが本望だからね。
…これから先にどんな辛いことがあっても、キミならきっと乗り越えられるはずだよ!…空の向こうから、ずっとキミを見てるから…『辛い時は空を見上げてみて!』私が応援のメッセージを送るから!
今はただ、私が死んじゃったことを受け止めて…それを乗り越えて。もしかしたら、キミには辛い出来事かもしれない…それでも、キミならできる。これを踏み台にして、この先も生きていけるからさ!…私の分まで、強く生きてね!
それじゃあ、さようなら! 大橋奏 より
目頭が熱い…久しぶりのこの感覚はなんだろう…病室の鏡を覗き込むと…
「…!」
涙でくしゃくしゃになった自分のみっともない顔が映っていた。
「…さようならなんて…言わないでくれよ…!」
「…雨宮君。」
「!…」
一瞬、大橋奏に呼ばれたような気がしたが、振り返ると、声の主はその母親だった。…かつてのように「雨宮クン!」…と元気に呼ばれるのとは違う、落ち着いた声…だが、やはりどこか似ている…改めて見ると、顔も大橋奏とそっくりだ…
「…本当にありがとう。…娘は自分の使命を果たすことができました…最期にあなたに会えなかったのは確かですが…彼女は数日前からいつ死んでもおかしくない状態でした…それでも今日まで生きてこられたのは、紛れもなく、あなたがいたからだと思います…」
ゆっくりと大橋奏の母親に歩み寄る…
すると、彼女も自分を受け入れるようにゆっくりと両腕を広げ…
自分を抱擁した。
「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ダムが決壊するが如く、自分は彼女の腕の中でひたすら泣き噦った…高校生らしくない、幼い子供のように…
自分が初めて大橋奏に抱きつかれたときと同じ匂いがする…自分は、彼女が紛れもない大橋奏に見えていたのかもしれない…
悲しい…悲しい…悲しい…
大切な人を喪う事が、こんなに辛いことだとは思いもしなかった…
哀しみの大波を受け止めきれない…
情けない自分にはただ、泣き叫ぶことしかできなかった…
「………。」
…散々泣き喚いた挙句、自分はようやく彼女を失った悲しみを清算できたような気がした。
「本当にごめんなさい…こんなみっともない真似を…」
「…いえ、気持ちはわかります。大切な人を失った者同士ですから…」
「……僕は、もう泣いたりしません。今度は僕が、強く生きるという彼女との約束を果たします…それに…」
「こんなことだったら、天国の大橋奏さんに笑われてしまいますからね。」
自分は、彼女に微笑んでそう言った。…そこには、かつての自分が完全に戻ってきていた。正直に笑え、希望に向かって生き続けていたかつての自分が…
…いや、もしかすると、それは違うのかもしれない。
自分に大橋奏が乗り移ってしまったような…彼女と同化したような…そんな気持ちになった。
彼女は、今もこうして、僕の中に生き続けている。…彼女は空を見上げてなんて言ってたけれど、そんな必要はないんだ。大橋奏はずっと“ここ”にいる。
自分は彼女が存在した証明として、これからも生き続けてやるんだ!
___とまあ、こんな感じかな。こうして僕は大人になって、今も胸の中に彼女がいると信じているからこそ、こんな変な癖が治らなくなったのかもしれない…つまり、あんなに短い間だったのに、未だに僕は彼女に縛られ続けてるってわけ。…ホント、図々しいにもほどがあるよね。
今僕は、警察官をやっている。「自分の正義を貫く事」を念頭に置いて、職務を全うしているところだ。
…今のこの僕がいるのは、紛れもなく彼女がいたから。…あの時校舎から飛び降りていたら…なんて考えたら、正直怖くて夜も眠れないよ。…彼女には本当に感謝しても仕切れない…僕には、彼女への返しきれない恩と、お寿司屋さんの1000円の借金があるからね。(笑)
…ありがとう、大橋奏。
…あなたとの約束通り僕は…
今日も元気で生きています。
-完-
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。どんな時もあなたを応援してくれる人がきっといます。その人はあなたを支え、あなたが未来へ進んでいく道を示してくれるでしょう。私はそれを忘れないで、今日も希望を抱いて生きています。




