第1話『それじゃあ、また明日。』
九尾 蜥蜴と申します。初投稿です。よろしくお願いいたします。
※この作品は自殺を助長するものではありません。
「……」
僕には、ふいに自分の胸に手を当てて、目を閉じて何かを念じるような癖がある。
多分、この癖がついたキッカケは…数年前の話になるんだけど…
少し、聞いていくかい?
……
X高校、北校舎、屋上にて…
自分は、この騒音に塗れた世界を見下ろしている…
…何日も前から決めていたんだ。
今更、何も迷うことはない…そうだ。
今日、自分は死ぬ。
この高さならば…きっと即死できるはずだ。苦しみを求めているわけではない…ただ単に、もうこの世界で生きることに疲れたから死ぬ…
…実にありきたりな理由だ。きっと、ニュースで報道されても、視聴者には『単なる他人事』として処理されてしまうのだろう…別にドラマのような劇的な死を遂げて、視聴者の度肝を抜いてやろうなんて気はさらさらないが…『自身の死』という自分の人生で最後の一大イベントが、世間ではものの数日で風化してしまうというのは、少し虚しい気もした。
…まあ、そんなもんだろう。一般人にとっては、こんな自分が死んだなんてことより、今日の流行やイベントの方が重要で有益な情報なのだ。
…
…早く飛び降りよう…
…この柵から手を離して…後は重力に身を委ねるだけ…
…委ねる…だけ…
……だけ…
「ねえ。」
「!…」
突如、人生の幕引きに水を差される…
…その時だった。“彼女”との初めての邂逅は…
「キミ、もしかして自殺志望?」
「……?」
入部志望?…と似たようなテイストで、彼女は自分に話しかけてきた。
「やっぱり、そうみたいだね…ねえ、そんなに時間はとらせないからさ、ちょっとこっちに来てくれないかな?」
そのまま飛び降りてやろうかとも考えたが、邪魔が入ったせいでそんな気も失せてしまった…自分はおもむろに柵の内側へ移動し、ゆっくりとその声をかけてきた女性に近寄り、目の前に来たところで、彼女の顔を睨みつけた。
「ごめんね、取り込み中に邪魔しちゃって…」
「…あなたは誰なんです?…おおよそ、僕の“アレ”を止めようとしたんでしょうけど…」
「…?」
彼女は不思議そうに首をかしげ、首を傾けたまま、自分に話した…
「えっと…誤解しないで欲しいんだけど…私は別に、キミの自殺を止めに来たわけじゃないんだ。この話が終わったら、すぐに死んでくれても構わないよ。」
「…?!」
少し…というか、正直かなり動揺した。彼女の発言は、完全に想定外だった…別に、自殺を思い留まるキッカケを欲していたわけではなかったけれど、こんな突き放され方をされるとは思いもしなかった。
「あ、ごめん…私、変なこと言ったかな…」
「…いえ、構いません。別に、慰めの言葉が欲しかったわけではないので…早く死ねそうで、安心しました。」
こんな辺鄙な会話をすることは今までになかったから、自分でも、こんな返答が正しいのかなんてわからなかった…まあ、そんなことはどうでもいいのだが…
「あのね…ちょっと、協力して欲しい計画があるんだけど…」
「…なぜ僕なんです…?」
「だって…キミ、今からどうせ死ぬんでしょ?他のみんなは、生きることで忙しいからね。」
この人の思考回路は正直理解できないが、発言の内容に関してはごもっともだ。
「…何なんです?その計画というのは…僕は命を捨てる身です。大抵のことには協力できると思いますが…国家転覆でも図っておられるんですか?」
「うーん…そういう物騒なことじゃなくて…ちょっと、一緒にゲームをする人を探してて…」
「…そんなことですか。」
なんだか少しガッカリした。…もしかすると、もう少しイレギュラーな発言を期待していたのかもしれない。いや、今までが異常だったのか…
「それで、そのゲームというのは?…僕は生憎、ゲームの類いはあまり得意ではないんですが…」
「その辺は大丈夫!“知識”と“勇気”さえあれば、このゲームには簡単に勝つことができるから!…それにキミは既に、ある程度の“知識”が備わっているようだし…後は“勇気”だけだね!」
「…なぜ僕に“知識”があることが分かるんです?…僕たちは初対面ですよね。」
「だって、さっき、あの柵の向こう側にいたでしょ?…ということは、あそこから飛び降りれば死ねるってことは知ってるんだよね?…だから、キミにはこのゲームに勝つための知恵があるんだよ!」
「…?」
彼女の言っていることに少し違和感を覚えたが、いちいちツッコむのも面倒なので、気にせず続けることにした。
「…ところで、“勇気”というのは?…ホラーゲームでもするんですか?」
「ううん、私がしたいゲームは…」
「『自殺競争』っていうんだけど…」
「…?」
一瞬、何のことかわからなかったが、改めて頭の中を整理する…
「…あぁ、そういうゲームタイトルなんですね…申し訳ないのですが、僕はそのゲームを知らなくて…」
「いや、このタイトルは私が考えたんだ。『鬼ごっこ』や『かくれんぼ』なんかよりも、ゲームの内容がわかりやすくていいでしょ?」
「……」
思わず生唾を飲み込む…何か言葉を返そうにも、自分はしばらく何も言えなかった…彼女の言う『ゲーム』というのは、どうやら自分が考えているようなゲーム機を介して行うものではないようだ…さらに、大方想像できる内容にも驚愕した…いや、本当はどこかで気づいていたのかもしれないけれど…
「ルールは簡単。キミと私で、先に死んだ方が勝ちだよ。そして、負けた方は、勝った人の《言うことを何でも聞く》!どう?簡単でしょ?」
「…そんなゲームなら、僕の圧勝で終わってしまいますが。」
「本当かなあ?…キミ、柵の外に出てから、なかなか飛び降りようしなかったとよね。下から見てたんだけど…実は、死ぬのが怖いんじゃないの?」
「…!」
「…やっぱりそうなんだ…いや、大丈夫。実は、私もそうなんだよね…死んじゃいたいくらい辛いんだけど…いざ死のうと思うと怖くって…そこで、こういうゲームを作ったら、少しでも死ぬ気になれるかなって…」
「…あなたは人の命を何だと思ってるんですか…」
「それ、飛び降り自殺未遂の人が言うセリフ?…全く説得力がないんだけど。」
「……」
しばらくこの狂ったゲームについて問答を繰り返しているうちに、こんな話に本気になっている自分が馬鹿馬鹿しくなった。
「…わかりました。乗りますよ、そのゲーム。そして、ゲームを開始したついでに、今から僕がこのゲームに終止符を打ちましょう。」
「あ、待って!…ごめん、やっぱり、今日自殺するのは、なしで!」
「…は?」
「ごめんね…この話が終わったらすぐ死んでもいいって言ったのは私なのに…ちょっと訂正させて。このままじゃ、ゲームが成立しなくなっちゃうからね。」
「……」
「あのね、初めの1日は、お互いに遺書を書くんだ。そこに、自分がこのゲームに勝った時、相手に何をして欲しいかを書くんだよ。」
「…つまり、負けた側は死んだ相手の遺書の言う通りにする…《何でも言うことを聞く》というのはそういうことですね。」
「おお、キミ、飲み込みが早いね!それじゃあ今日はこの辺で!書いた遺書は、明日、《首吊り公園》で見せ合うから、朝の4時に持ってきてね!」
「…なぜそんな朝早くにする必要があるんですか…」
「だって、子供達が遊んでいる横で遺書の見せ合いなんて…きっと邪魔が入っちゃうでしょ?」
「…あの公園には、滅多に人が来ませんが…というか、僕自身も入ったことないですし。」
「べ、別にいいじゃん!なんでも!」
「…まあいいですよ。命日に早起きしようがしまいが、どうでもいいことですから…」
「速攻で死ぬ気満々だね…」
「当然です。」
「それじゃあ、また明日。朝の4時だよ!忘れないでね!!」
「……」
彼女は、結局最後まで名前も名乗らずに、金曜日と自分にはあまりそぐわないセリフを残して、階段を駆け下りていった…沈む太陽を尻目に、自分もその後を追うようにゆっくりと階段を降り、帰路に着いた。
結局、今日も死ねなかった。