そこに死神様がいるらしい
高校時代の友人、国枝と会ったのは三十年ぶり。突然の電話で呼び出された都内の居酒屋での事だった。店に入ってみると国枝はすでに来ていて、三人分の席を取っていた。誰か、故人のために用意したのだろうか? 三十年も過ぎたのだから級友の一人ぐらいは死んでいても不思議はないが……
それとも、この後で他に誰か来るのだろうか? 僕は席につきながら、空っぽの席に目をやった。
誰もいない席に、生中とお通しがある
「実は」乾杯の直後、国枝は真顔になって言った。「俺の死期が三ヶ月後に迫っているんだ」
「なに!? 医者から告知されたのか?」
国枝は首を横に振ると、空席を指さした。
「死神がこうして迎えに来ているんだ」
「は? 死神?」
僕は一瞬、リアクションに困った。
死神だと? 空席には死神がいると?
「他の人には見えていないが、ここにいる彼は死神なんだ」
いや、ちょっと待て。『ここにいる』と言われても、僕には見えていないんだが……
と言いかけて、僕は慌てて店内を見回した。
この中に、僕を知っている人がいないとは言い切れない。
そんなところで、『見えない』とか『死神なんているわけない』などと発言するわけにはいかない。
「おまえ……まさか、見えなくなったのか? 高校の時はあんなに霊が見えていたのに」
「いや、見えてる。見えてるけど、ここじゃ体裁が悪い。ちょっと……場所を変えようか」
僕達は個室に移る事にした。
ちなみに、高校時代も霊が見えていたわけではなかった。ただ、見えてるフリをしていただけ。オカルト研究会に入るために……
オカルトなんて興味もなかったのだが、好きな女の子が所属していた。近づきたくて演劇部を辞めて入ったのだ。しかし、入ったはいいが、話題にはついていけない。そこで持ち前の演技力で、幽霊が見えるフリを続けていたのだ。
ところが、演技で霊が見えるフリをしていたのは僕だけじゃなかった。部長もやっていたのだ。そして、部長には僕の演技は見破られていた。その事が分かったのは、高校を卒業して数年後。『宗教団体を作るから手伝ってくれ』と部長から呼び出された時のことだった。部長からは僕に演技で霊媒のフリをして、信者を騙すのを手伝ってほしいと言われた。最初は良心の呵責に苦しんだが、その時の僕は失業中で生活に困っていた。結局、金欲しさに承諾して、今では僕も教団の幹部なっている。
だが、さすがに欲張りすぎて、信者から金を巻き上げすぎた。今は、信者の家族達が集まってできた被害者団体に、裁判を起こされているのだが……
居酒屋の個室席に僕達は移った。国枝は上座に生中とお通しを置く。
そこに死神様がいるらしい。
「さて、健康診断の結果では、俺の身体はまったく問題ないらしい。つまり、俺が三ヶ月後に死ぬなんて事は死神にしか分からない」
「そうか。それで……」
「今なら、生命保険に入れる。女房子供に保険金を残してやりたいんだ」
「入ればいいじゃないか」
「金がないんだよ。貸してくれ」
そういう話だったか……
「なんで僕が……」
「おまえ、最近羽振りが良いそうだな」
「そんな事はないぞ。僕は貧乏だ」
「貧乏な奴が、ポルシェで同窓会に来るかよ」
ちっ!! もっと、質素に振る舞うんだった。
「確かに金はある。だが、返す当てのない奴に貸す金はない」
「返す当てならある。三ヶ月後に俺は死ぬぞ。そしたら保険金で返せる」
「死ななかったら、どうする!?」
「大丈夫だ」国枝が空席を指さす。「死神が保証している。なんなら、本人に聞いてくれ」
無理だあ!! と危うく叫び掛けた。
いや、襖で仕切られているだけだが、ここは個室。問題はない。
「いい加減にしろ!! 死神なんているわけないだろ」
「いるじゃないか。ここに。見えないのか?」
「ああ、見えないよ。見えるなんて嘘さ。みんなを騙していたんだよ」
「霊がおまえにとり憑いて、色々喋っていたのを見た事があるが……」
「演技だよ。演技。霊媒師のふりをしていたんだよ」
不意に、国枝は襖の方を向いて言った。
「だ、そうです。みなさん」
襖が突然開く。そこにいた怒れる面々に、僕は見覚えがあった。宗教団体を告訴している被害者団体御一行様である。
「そうそう、言い忘れたが」
国枝が僕に名刺を差し出した。
名刺には『弁護士 国枝 正義』と書いてあった。
「今は俺、この人達の弁護やってるんだ」
了