表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリス  作者: 黒衣エネ
6/34

人間

5 人間


人間とは、小難しい理屈を覚えた、ひ弱な生き物だ。


ひ弱な存在だからこそ、知恵を使い文明を創りそれを纏うことで己を護った。



だから、薄っぺらなそれを剥がせば、脆い層が顔を覗かせる



学生なら、誰もが浮かれがちになる夏休み。


だが、今年の俺の夏休みはどうやら全く休めなさそうだ。




終業式が終わった後、家に帰った俺は有栖の部屋に来ている。



「マジか、これ。」


「映画とかアニメとかみたいに、武装を内臓している訳ではないんだ。君に見せたのは、あくまで緊急用。本来は任務に合わせて武装を切り替えて運用することを前提にしている。」



有栖の部屋はとても女の子の部屋とは思えない。


とことんシンプルで飾り気なんて全く無い家具。



そして、壁や棚には一目で『武器』だとわかる物が置いてある。


その中にはあの夜に見た怪しげなスーツ、有栖曰く『バトルスーツ』もある。



「僕が政府の関連施設に行く時は、この部屋に居て欲しい。この部屋には各種のレーダーと敵方のレーダーをジャミングする装置、パソコンは僕との通話、データや映像の送受信が出来る機能が付いている。他の場所に居るよりは、多分安全だと思う。」


「なるほど。」



有栖の目的を考えれば、こちらから相手の施設に侵入する必要もある。


だが、俺は狙われているからと言って、着いていけば足手まといにしかならない。



だから、待機する為のスペース、と言うわけだ。




「今日の夜、さっそく出なきゃいけない。だから、チェックも兼ねて使って欲しい。」


「いきなり…って言いたいが、あんまり時間は無いしな。使い方をさっさと頭に叩き込まなきゃな。」



いつまでも守って貰う訳にもいかないし、相手が相手だから、それも長くはもたないだろう。


だから、早く状況を打開しなければならない。



俺は有栖が出発するまで、パソコンやレーダーの使い方を教えて貰うことにした。






―――――――――――――






「見えるかい?」


『ああ、お前の目線のカメラなんだな、これ。』



頭に装備したヘッドセットから、重久君の声が聞こえる。


僕の内臓型通信機より感度が良く通信時のタイムラグが少ないから、あえてヘッドセットを使用している。


重久君の声を聞く限り、マイクの感度にも特に問題は無いようだ。



「これから、この施設内に潜入するよ。何か見落としが有ったら教えて。」


『わかった、気をつけろよ。』



一旦通信を切る。



そして装備を確認。


今回は本格的な戦闘は想定せず、重火器は装備していない。


あくまで調査、隠密行動だから、騒音を立てる銃器は極力避けている。




左右の腰には特殊合金のショートブレードを1つずつ装備し、右腿のホルダーには唯一の銃器であるサウンド・サプレッサー(消音器)付きの小口径ハンドガンを、左腿にはハンドガン用のマガジン(予備弾倉)を2本装着している。


腰ベルトに装着した尻側のホルダーには緊急用のナイフを、腹側のポーチには小型端末と簡易的な工具が入っている。



そして、背中には今回の主要武装の電磁コーティング・ブレードを装備。


幅広の刀身は90㎝あり、アンオプタニウム耐熱剛金で構成された刃は電磁コーティングされている。


比較的、音を立てないで使用出来る武装の中では、攻撃能力は最高クラスだ。



白兵戦武装ばかりだけど、いざとなれば左右の股部に収納された小型拳銃と小型ナイフもあるし、最悪『zero-system』まで使えば、この程度の規模の施設の警備網なら切り抜けられるだろう。



勿論、戦闘は行わないに越したことは無いけど。





入り口に警備員の姿は無い。


このビルは表向きは保険会社が入っているけど、手に入れた情報によれば、その3階以上の階は全部研究施設になっているらしい。



ここでは人工皮膚と人工筋肉…つまりは僕に使用されている技術の研究開発がされている。


つまり、僕と関係がある。サイボーグ技術に関係がある施設と言うことになる。


どう考えても、真っ当な組織とは思えない。





入り口付近には、先程確認したとおり警備員やそれに類するような存在は確認できない。



ただし、その周辺には監視カメラがある。


特に、何か特殊な機能がある訳でもない、ごく普通の警備用の監視カメラだ。


それでも、そのまま放置して置くのは都合が悪い。



何故なら僕はこの建物に正規の手段で入る訳ではないからだ。



電子ロックされているらしい入り口を通過するのは難しくない、ただ電子ロックされた扉と僕のコンピューターを直結させて、システムをハッキングするかパスコードを解読してしまえばいい。


やるつもりは無いけど、その気になればこの程度の扉はコーティング・ブレードを使わずとも素手で破壊して進入も出来るだろう。



ただ、いずれの場合でも、それを監視カメラに見られていれば意味が無い。


そのシーンを撮られて、あっという間にばれるだろう。


扉を破壊してしまえば加えてサイボーグであることもあっさり露見する。


これが物理的に破壊しない、出来ない理由だ。



だから、侵入前に監視カメラの機能を掌握する必要がある。



「掌握システム起動、解析プログラムを展開。」



近年、こういう監視システムは無線環境でデータ送信やシステム防衛を行っている場合が多い。


だから、それを逆手に取る。



僕にも無線通信機能が勿論搭載されている。


通常使用ではなく、軍用でも個人用でもない特注品の物で、こちらの通信を『強制的に受信させる』程度のことは出来る。


今行っているのは、一種のスパイウェアを送信し、この施設の監視・管理システムを操作出来るようにしている・・・要は乗っ取っている。



「システム掌握完了。」


サイバー攻撃も想定していたらしく監視システムが防壁を展開したけど、それで止められるほど単純なプログラムじゃない。



偽装と複製、削除に反応して新たなプログラムを起動する複雑なソフトで、同時にデータの改竄と管理記録の変更を行う。



程無くして、この施設のシステムの掌握が完了した。


全ての監視カメラには録画映像をループ再生させた物を管理システムに送信する指示を、同時に変更記録を削除。



目の前の電子ロックされたドアも、もう意味はない。


パスコードを解析して送信、ドアは何の抵抗も無く開いた。





「生体センサー、赤外線カメラ起動。」


両目が淡く光を放つ。


僕の両目は生身ではなく、外見と表面だけを別の素材で偽装してあるだけで、中身は高解像度カメラやライト、記録装置やセンサーで構成されている。


入り口付近の通路はこれといって特別変わった点は無いただのオフィスの通路だけど、そういう誤魔化しは通用しない。


システムを掌握した際に、この施設の見取り図と地図、更には機密文書も脳内ハードディスクに記録した。


しっかり隠された区画の情報も載っていたし、見取り図の違和感からもその侵入経路はすぐに分かる。






――――その時、センサーに反応が出た。



感知したのは生体センサーではなく、『動体』センター。


生体センサーには何も反応が無く、動体センサーにだけ『それ』は引っかかっている。



つまりそれは人間では、正確には生物じゃない。



素早く扉が開いていた部屋に隠れ、覗き込む・・・と言うかここ、女子トイレか。



僕が居るこの通路の奥、交差した通路を横切るように姿を現したのは、無機質な白いアーマーに身を包んだ人型。


つい先日も見た、そして『これ』がここに居るならアタリかな。



「『US-03』の標準型・・・いや、警備モデルか。」


『またあれか。警備モデル?』


「うん、手のライフルは鎮圧用のゴム弾を発射するタイプ、腰にはスタンロッドを装備している。非殺傷武装で固めた捕縛・鎮圧に特化した機体だ。表立って殺傷武器を装備出来ないのはあちらも同じってことか。」



騒音とかで存在が露見した時、より大きな騒動になる。




「でも、それならまだやり易い。」


腰のショートブレードを1つだけ抜く。


特殊な形状のそれは『投げる』のにも向いている。



通路から半身を出し、ナイフ投げの要領でショートブレードを『US-03』目掛けて投擲する。


飛来するショートブレードに反応したおかげで、胸に深く突き刺さった。



火花が散り『US-03』はゆっくりと、壁に寄りかかるように倒れた。


うん、上々。



ショートブレードには電流によるスタン機能がある。


流す電流を最大に設定したら、機体をショートさせるには十分だ。



機体からショートブレードを引き抜き、再び探索を続ける。


取得した監視カメラの映像だと、この施設には何体かの『US-03』が配備されているようで、カメラの記録にその姿が映っていた。



「無駄な交戦は避けよう。」


完全に不意打ち出来る相手か、どうしても排除しなければならない場所の機体以外は無視してもいい。




一応ショートブレードを手にしたまま、件の研究エリアに繋がる入り口の前に立つ。


一見、何も無いただの壁だけど、この裏に入り口があるのは見取り図と資料で分かっている。



そしてこの区画に入る為のパスコード、管理系統は他の管理システムとは異なっている。


研究区画の監視カメラは掌握出来ているけど、ドアなどの開閉はロックされたままだ。



見た所、施設全体とは違いIDカードとパスコードの両方が必要でなおかつ、比較的古いセキュリティシステムと言える。


それを入力する為にも専用の端末が必要らしく、壁には接続用の小さな端子しかない。



それは僕みたいな最先端の技術を駆使して侵入する手合いには効果的だ。




そして侵入するのは難しくない。



ショートブレードを腰に戻し、背中のコーティング・ブレードを抜く。


壊してもそれを見るカメラは無いし、通報システムも切ってある。


なら、やることは単純だ。




僕は全力でコーティング・ブレードを振るう。



その刀身はモードによって高温になり、それを僕の腕力で振るうことで、壁を強引に引き裂く。


入り口では出来なかった突破方法だ。



引き裂かれた壁の先には通路が続いていた。仄かな薬品の匂いも。




『あたりらしいな。』


「うん。」



重久君が言うまでもない。ここが目的地だ。


何か、有効な情報があればいいけど。






――――――――――――――――――






「こんなところかな。」



研究区画内部は幾つかの部屋に分かれていて、それぞれで部門に分かれて研究をしていたみたいだ。


人工筋肉、人工皮膚、そして管理部。



最初から分かり切ったことだけど、人の気は無い。


そうでもなければ入り口であんな強引な突入方法はしない。中の人に見つかるだけだ。


生体センサーで中に人が居ないのは最初から分かっていた。



既にここでの研究成果は別の箇所に移動されているらしく、あったのは資料程度だった。


整理されるまで、擬似的な保管庫として扱っているらしい。管理部なんてほとんども何も無かった。




「肩透かし、とまでは行かないね。残ってた資料は結構重要かも。」



とは言え徒労には終わっていない。


人工皮膚や人工筋肉そのものは無かったけど、それを製作する為の資料とか研究論文とかは残っていたし、重要な情報が幾つかある。


「『第二次サイボーグ製作計画』『UW開発記録』か、重久君。」


『見えてる・・・まだやる気なのか、クソが。』



企画書に載っている『IG-11イグニス』『TO-P01ツー』という名称。



どちらも素体は少女と言っていい年齢の女の子で『TO-P01ツー』という子はかなり早い段階で改造が開始されている。


おそらく、僕と平行ないしそれに近いような時期に企画されていたようだ。




仕様書を見る限り『ツー』は僕から試作段階の機能を幾つかオミットし、その代わりに戦闘技能を中心に脳内コンピューターにインストールされた『軍用モデル』の試作品らしい。


そして後発の『イグニス』はその軍用正式生産モデルの第1号として開発されていた。



つまり僕は『サイボーグ技術の全てをを試作的に組み込んだ試験型』ツーは『量産化に向けコスト面や機能を見直した試験機』そしてイグニスが『完成品第1号』と言ったところ。



最低でも、この世界に3人のサイボーグが居るのが確定した。



資料には2人が開発されている場所も書かれている。


正確にはツーは既に完成し研究所には居なくて、イグニスは残りは調整だけらしい。





そしてもう一方の『UW開発計画』の方はよく分からない。



資料にも断片的にしか記録は無く、しかも計画は『凍結された』と書かれている。



少ない内容から、サイボーグ技術の研究開発ですら無いみたいだ。


他にも兵器を開発する為の研究がされていたのだろう。












「お客さんかしら?と言っても私はここの人間では無いけれども。」



「――なんだって?」



声がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ