ねじれ
「ふぅ…疲れたなぁ」
時刻7時前、やっとの事で自分のすべての仕事を片付け、部室へと戻ってきた僕は、思わず目の前の光景に絶句する。
「んぅ〜…」
そういえばここを出る前にゆかりを寝かした事を思い出す。疲れ切っているゆかりは今の今まで目を覚まさなかったらしい。現に今も眠っていた。
と、そこまでは構わないのだが、問題はここからである
「あれって僕の上着だよね?」
確か僕は上にかけるものという事で自分の上着をゆかりにかけた。明らかにゆかりが自分の上着を抱き枕のように抱き締め、鼻元、口元に押し当てているように見えるのは幻覚なのだろうか?
何度目を擦ってみても、頬を引っ張って見ても、幻覚でもなければ夢でもなかった。つまり現実、僕が見ているこの光景はリアルに行われている事だった。
「どうしたもんかな…起こすわけにもいかないし」
ここで変に起こしてしまえば
ゆかりの事だ、恥ずかしさのあまり逃げ出すかもしれない。かといって放置しておく訳にもいかない。一体全体どうしたら良いかわからない僕が行った判断はーー
「そーっと…そーっと…」
そっと上着をとってゆかりを起こす作戦を決行した僕は、早速第一段階であり運命をかけた上着奪還作戦を決行した。
物音を立てぬよう細心の注意を払いながらゆかりが抱き締めている自分の上着へと手を伸ばす。到達に近付くにつれて早くなる自分の鼓動。緊張のあまり手が震えてきた。そして!目があった!
……………………………………………………………………………………………………………………え?
めがあってはや数秒。寝ぼけモードから解放されたゆかりは、状況を理解してきたのか、顔を真っ赤に染めだした。
「ちょっと待ってゆかりちゃん!これには深い事情がーー」
「な、なっ、なななっ!?」
口をパクパクさせるゆかりをなんとかしてなだめようとするが、ゆかりは我を忘れているようだった。僕の話を全く耳に入れてくれない。
「とりあえず落ち着いーー」
僕が言葉を伝えようとすると、ゆかりは俊敏な動きで僕と距離をとった。未だ赤く染め上がった顔のまま、僕の方を睨みつけている。
「人が無防備な時に何しようとしてんですか!」
「いや僕は何もしてないししようとも思ってないよ!」
「でも先輩は現に私に…その…お、襲いかかってたじゃないですか!」
「だから誤解なんだって!」
しばし睨み合う両者、ゆかりは目尻に涙を浮かべているが、僕もここは引く訳にはいかない。なにせ無罪なのだから。
「…それ」
「……??」
不意に僕が指差しをするが、ゆかりはきょとんとするだけで何かは分かっていないようだった。今度はこっちが恥ずかし目を受ける版だと思いながら、心のうちを明かす。
「ゆかりちゃんが大事そうに持ってるその上着、僕のだから返してもらおうとしてただけだよ…」
最悪の展開である。これだけは極力避けなければならないと思っていた展開がよりにもよって訪れてしまった。ゆかりは気づいていなかったのか、先程から立ち上がった今も大事そうに抱き締めている僕の上着に視線を移す。
「……………………………………」
再度赤く染まっていくゆかりの顔を見ながら、僕は恐る恐る声をかけた。
「ゆ、ゆかりーー」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?」
早いっ!この僕が追えないなんて…っ!
そんな事を言っている場合ではない
ゆかりは大声を発しながら廊下を駆け抜けて行った。あとを追おうと僕もすぐに行動したが、すでにゆかりの姿はなかった。
「………悪いことしちゃったかな」
残された僕は、ただ罪悪感に浸ることしかできなかった。




