お人形さん
ものの2分ほどで目的の音楽室に到着する。時間は6時前になり、少し暗くなりかけていた。
「さてと…僕の受け持ちはこれで最後かな」
「と言ってもこの後まだ仕事残ってますけどね…しっかり働いてもらいますから覚悟していて下さい」
どこかの独裁者やブラック企業みたいなセリフを吐く琉歌だったが、僕からしてみれば琉歌の方がサボる可能性があるように思える……なんてことはあえて口に出さない。
「…とっとと終わらせて次の仕事に移りましょう……はぁ、めんどくさいなぁ…」
「なんか噛み合ってないような…」
僕の反応を耳流しにした琉歌は、早速音楽室の扉を開ける。そして目に映った光景はーー
「……ねぇ琉歌ちゃん」
「なんですか先輩」
僕と琉歌は、目を細めて口元を横に伸ばしてその光景を見つめていた。もちろんふざけているわけでは無い。それよりもこの光景の方がどっちかといえばふざけている…そう言えるくらいだ。
「ここって音楽部の部室だよね?」
分かりきってはいるものの、そう問いかけずにはいられなかった。今の僕たちが見ている光景…つまり音楽部の活動場所で行われているものはーー
「そうですね…ここは正真正銘音楽部の部室です…少なくとも【在籍メンバーが全員寝ている】なんてことは普通ありえません」
と、いうことである。ここにきて静かな時点でどこか怪しいとは思っていたのだが、まさか部員全員が寝ているとまでは予想してなかった。
僕と琉歌が沈黙する事十数秒…
「ん?誰かいるんですか?」
ゆっくりと体を起こした1人の人物。眠そうにあくびを漏らし、目をこすりながら僕たちの方を見て数秒フリーズ…。
「あ…もしかして生徒会の…?」
可愛らしく首をかしげる女の子は立ち上がり、スタスタと歩み寄ってきた。
「うん…前もって言っておいた資料を渡してもらえないかな?」
「じー…」
普通なら擬音で表す事を、目の前の女の子は自らの口から発している。興味があるのか、僕をじっと見つめながら…。
「もしかして、噂の転校生ですか?」
唐突にそんな事を問いかけてくる。
「う、うん…そうだけど」
「もしかしてあの天上瞬先輩ですか?」
「う、うん…そうだけど」
僕が質問を肯定していくたびに、女の子は目を輝かせていく。何だかこっちが照れくさくなるのは気のせいだろうか。目を輝かせたまま、次の質問へ
「もしかしてあのどんな女性も構わずとって食う天上瞬先輩ですか?」
「うんそうだよってちがうよ!?誰からそんなこと聞いたの!?」
「いえ、今のは適当に私が言ったイメージです。どうか安心して下さい」
その一言を聞いて、僕はほっと胸をなでおろす。もしそんなイメージが出来上がっていたのなら、評判を良くするなんて雲を掴む様なものになってしまう。
「…自己紹介が遅れました。私は山近雛。高等部一年で、音楽部ではベースをやっています」
そういうと雛はぺこりと頭を下げる。
「生徒会の環乃琉歌。同じ学年だったんだ…」
琉歌がそう言うのも無理ない。雛の容姿を見るに、明らかに中等部にしか見えないからである。下手したらゆかりと張るくらいである。
「よく言われる…まぁ美音に比べたら私なんてお姉さんの方だよ…ね?美音」
「ひっ!?」
雛が後ろに振り向きながらそう問いかけると、背後にいた小柄がビクッと震えながら声を発する。
恐る恐るこちらを振り向いた女の子…いや、どう見ても少女だった。これでもかと言うほどの童顔、まるでメルヘンの世界にでもいるかの様なお人形顔。思わず2人が漏らした言葉はーー
「「なっ…」」
「ほら美音、噂の先輩だよ。美音仲良くしたいって言ってたじゃん」
「そ、それは違くてっ…いや、別に先輩が嫌いなわけじゃないんだけど…う、うぅ…」
言葉を詰まらせながら顔を真っ赤にし、制服に顔を埋める美音。
「とりあえずこっちにきなよ。寝ながらじゃ先輩や琉歌さんに失礼だよ」
「え、でも雛ちゃんが寝てろってーー」
「それはそれ、今は今だよ…早く」
「えぇ…っ!」
顔を青ざめながらも、何とか僕と琉歌の前に姿を現した美音。その容姿はーー
「…本当にちっちゃいなぁ…ゆっかと張り合える…いやそれ以下か…」
「でしょ?」
「う、うぅ」
「美音ちゃん…で良いのかな?」
「は、ひゃいっ!」
緊張のあまり声が裏返ってしまった美音。僕は構わず自己紹介を加える。
「僕は天上瞬。よろしくね」
優しい笑みに反応した美音が、緊張で震えたいた肩を落ち着かせる。まだ顔は赤いままだが、かすれそうな弱々しい声でーー
「椎名美音…高等部一年です……よ、よろしくお願い…します」
ふと美音が浮かべた笑み……その場にいた残す三人がその笑顔に見入ってしまった。
まるで天使か…そんな笑みだった。
「か、かわいい」
「えぇ!?そ、そんな事をないれしゅ……」
無意識に漏れた言葉は、美音の顔を真っ赤に染め上げ、ショートさせてしまった。
「せ、先輩…さすがにこのタイミングでナンパは引きますよ」
「琉歌さんに同意。先輩、やっぱりいんrーー」
「ち、ちがうからっ!それより早く資料もらって生徒会室戻らないと!」
「あ、はなしを逸らした…まぁそれもそうですね。えっと…山近さんですよね?」
「雛でいいよ琉歌さん」
そう呼んでくれと言いたげに返した雛。
「…なら雛さん。頼んでいた音楽部の資料あるかな?」
「ちょっと待っててね。探してくるから」
そう言い残し、黒板前の机の中を漁りだした雛。未だ美音はショートしたままである。声をかけても『か』の一文字をずっと連呼するだけで、全く会話が成立しない。
「ありました。これで良いですか?」
琉歌は渡された資料に目を通す。
そしてーー
「おっけぇ。それじゃあ私たちはこれで」
「うん。またいつでもきてね」
そんな言葉を交わし、音楽室を後にする。
僕たちが音楽室を去った数分後ーー
「…はっ。ここは?」
「やっと戻ってきたね。先輩たちもう行っちゃったよ?」
「先輩………っ!?」
美音の脳裏をよぎったのは、先ほど本人から唐突に言われた言葉だ。
思い出した瞬間、再度フリーズした美音を見て、雛は苦笑する。
「こりゃダメだな」




