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横須賀海軍女学校  作者: 白紙撤回
第一話  《倶楽部》
8/27

1 - 8

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 夕刻、横須賀公郷駅前──

 良子は去り際にもう一度振り向くと、笑顔で手を振った。

 

「じゃあ、またね、お姉ちゃん」

「気をつけて帰るんだよ」

「息災でお過ごしなされ」

 

 理代子と錦綺が、手を振り返す。

 弥生は金の扇子をもてあそんでいるかに見せかけて、小さく揺らしているのは手を振る代わりだろう。

 早苗だけは仏頂面ぶっちょうづらで、そっぽを向いている。

 良子の姿が駅舎の中に消えて、理代子は、ほっと息を吐いた。分隊の仲間を振り返り、

 

「すまなかったね、見送りまでつき合わせて」

「明るくて元気で、なかなか良い子だとは思わないでもなくてよ」

 

 弥生が扇子の先で頬をきながら言って、錦綺が笑い、

 

「岩崎殿は素直に他人をめるということができないのでござるな」

「坂本サン、あの、うちの学校ガッコを志望してるんですかァ?」

 

 早苗が眼をすがめ、噛みつきそうな表情で訊ねた。

 理代子は苦笑いして、

 

「気づいちゃったか。自分が海軍女学校志望だとは言わないでほしいと良子に頼まれたのだけど」

「水臭いでござるなあ。そうと言って下されば、それがし考案の必勝合格法を伝授いたしたのに」

「海軍女学校は相当の難関だからね。不合格だったときを考えて、自分が志願者だと言いたくないのだろう」

「そのように惰弱だじゃくな心根では到底合格など叶いませんわ」

 

 弥生が傲然と胸を反らした。

 

「我ら第二分隊連名で激励文を送って差し上げてもよくてよ」

「良子に代わって気持ちだけ頂戴しておくよ」

「ただのイトコがお姉ちゃんなんて呼んで、馴れ馴れしいんじゃァないですかァ?」

 

 何が不満か八重歯をき出しで言う早苗に、弥生が呆れて、

 

「呼びますわよ、それくらい。千葉さんはお身内に女性の従姉妹はいらっしゃらなくて?」

「ウチは兄弟もイトコもみんな野郎ヤローさァね。お互い名前を呼び捨てしかしないねェ」

「そうと聞いて千葉家の親類ご一同が集まった姿が眼に浮かびましてよ」

「岩崎サン、アンタ何かつまんねェ想像してるんじゃァないのかねェ?」

「坂本殿、一つ気になったことがござるのだが」

 

 錦綺が言った。

 

「良子殿は勉強に根を詰めすぎて、眼を悪くしてはおられぬか?」

「そんな様子に見えたかい?」

 

 驚く理代子に、錦綺は腕組みをして、

 

「遠くに視線を向けるとき眉根を寄せておられた。カメラでいうところの焦点ピントが合わぬかのように」

「海軍女学校を志望するなら、それは気がかりではなくて?」

 

 弥生が言って、理代子は頷く。

 

「私たち第一期にも入校直前の身体検査で不合格になった子がいただろう? あれは気の毒だったけど……」

「他人事ではござらぬよ。ここは、やはりそれがし考案の視力訓練法を良子殿にご教授いたしたい」

「それは最後の手段にさせてもらうよ」

 

 理代子は苦笑いして、

 

「とりあえず、あとで叔母に電話して、最近の健康診断の結果を、それとなく聞いてみる」

「それがよろしくてよ」

「某はいつでも助力させて頂きますぞ」

「では、そろそろ学校へ戻ろうか」

 

 理代子は仲間を促し、歩きだす。

 弥生と錦綺はそれに従ったが、ふくれ面をした早苗がその場から動こうとしないことに気づき、

 

「先に行ってくれ」

 

 理代子はほかの二人に声をかけ、自分は早苗のもとへ引き返した。

 

「どうしたんだ、早苗?」

「アタシはイトコさんほど可愛げはないし、お姉ちゃんなんて呼んで可愛く甘えたりもできませんからねェ」

「何を言うかと思えば、らしくもない」

 

 理代子は、くすくすと笑い出す。

 

「早苗は『狼』だろう? 飼い慣らされた座敷犬みたいなことを言わないでくれ」

「一匹狼を気どるのは、ただの半端モンだよ。本当の狼は、群れで暮らすんだ」

 

 早苗は理代子の顔を上目遣いに──恨みがましい眼で睨んだ。

 

「アタシの大将ボスは、アンタなんだよ坂本サン」

「…………」

 

 理代子はズボンのポケットを探り、小さな紙袋を取り出した。

 

「さっき近江屋さんで買ったんだ。皆が撞球ビリヤードで遊んでる間に」

 

 紙袋を早苗に差し出す。

 

「匂い袋だ。袋は端切れだけど西陣で、中身のお香も京都の老舗から取り寄せたそうだ」

「……そんなものを、アタシに?」

「好みじゃなかった?」

「…………」

 

 早苗は、ぶんぶんと首を振る。

 

「アタシにそんな上等なモノ、似合わないと思ったからさァ」

「良子にも同じものを土産に渡したよ」

「…………」

 

 早苗は梅干しの種でも呑み込んだように眼を丸くして、それからまた恨めしそうな顔になった。

 理代子は微笑み、

 

「私にとって良子は、小さい頃から妹のように可愛がってきた大事な従姉妹だ」

「だったら、アタシは何なんですか?」

「分隊の大事な仲間だよ。だけど、これを渡すのは、分隊の中では早苗だけだ」

「……あ、ありがとう」

 

 早苗は気まずそうに口を尖らせながら、真っ赤な顔で紙袋を受けとった。

 

「学校に帰ってから開けるよ。アタシそそっかしいから、こんなところで落としてもイヤだからさァ」

「好きにしてくれて構わない」

 

 理代子は笑って、

 

「でも私の贈り物だということは、皆には内緒にしておくれ」

「恥ずかしくて言えるワケないだろ、そんなことさァ」

 

 早苗は真っ赤な顔で、うつむいた。


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