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(2016/7/8)前の話に登場した呉服店の屋号を『近江屋』に変更しました。
* * *
「……見られた……見られた見られた見られた……」
麟子は《倶楽部》の縁側で膝を抱え、身を縮こまらせている。
そうしたところで、水着姿で同性に抱きつかれているところを見られてしまった事実は変わらない。
その横では順、陽子、千代が並んで縁側に腰掛け、西瓜を食べている。
全員、学校指定の水着姿のままだ。
「麟子さん、西瓜食べないです? よく冷えて美味しいですよ?」
小首かしげて訊ねる陽子に、麟子は声を張り上げた。
「貴女方、よく平気でいられますね! 水着で抱き合う破廉恥な姿を見られたというのに!」
「《倶楽部》のおかあさん、まあ楽しそうって笑ってたけどね」
順が言って、千代が、
「はばなぐったーい♪("Have fun a good time!") 楽しんでますともさ♪」
「そもそも《倶楽部》で行水なんて……ましてや女二人が一つ盥で抱き合うなんて……」
麟子は頭を抱え込む。
「ああ、恥ずかしい……第一分隊伍長として、こんな破廉恥を許した自分が恥ずかしい……」
「覆水盆に返らずさ♪ ざっつわらーあんだーざぶりっ♪("That's water under the bridge.")」
「そこは "It is no use crying over spilt milk." だと思うです」
「麟子」
順が、とんとんと麟子の肩を叩き、にっこりと笑って西瓜を差し出した。
「美味しいものを食べて元気を出すといいよ」
「誰のせいで、こんな思いをしてるとお考えですか! 貴女がいつまでも抱きついてるからでしょう!」
「ボクが抱きつくのが、そんなに嫌だったの、麟子?」
真顔で訊き返されて、麟子は思わず言葉に詰まる。
「……っ、時と場合というものがあると言ってるんです! とにかく、西瓜は頂きますわ!」
西瓜を奪うように手にとり、思いきりかぶりついた。
頬から顎にかけて西瓜の汁まみれになったのを、手の甲で拭う。
「美味しいですわ……」
「そっか、よかった」
にこにこしている順の顔を、麟子は呆れたように見て、
「貴女って人には本当、調子を狂わされますわ」
「こーすつーびーあうとぶちゅーん♪("Cause to be out of tune.")」
「千代さんの英語も、ときどき調子外れです」
「陽子はときどき毒を吐くね♪ いーみっつべのん♪("Emit venom.")」
「ところで西瓜といえば種飛ばしはお約束だよね? 麟子も元気になったし、どこまで飛ばせるか競争だ!」
そう言って、庭に向かって種を飛ばそうと口を尖らせる順を、慌てて麟子が止めた。
「ちょっとお待ちなさい小栗さん! 種を散らかしてはいけませんでしょう!」
「《倶楽部》のおかあさんは、どうせ土に還るからいいって言ってくれたよ」
「さっき訊いてみたですよ? お庭で種飛ばしの競争をしていいか」
順と陽子が言って、麟子は呆れ果て、
「そんなこと訊くほうが常識外れですわ! やっぱり貴女たち……同じ海軍女学校生徒として恥ずかしい!」
「麟子が気にしすぎだと思うよ。さっきも、おかあさんがせっかく西瓜を運んで来てくれたのにさ」
「見られた見られたと麟子さんが騒ぐから、おかあさん、お邪魔でしたかと申し訳なさそうにしてたです」
「……っ! そ、それは……!」
顔を真っ赤にする麟子に、順は、くすくすと笑った。
「麟子がいつも頑張ってるのは、分隊の仲間はみんな知ってるよ。でも頑張らなくてもいいときもあるのさ」
「気楽に行こうぜ♪ てーきついーじー♪("Take it easy.")」
「千代さんはいつもお気楽そうです。"Happy-go-lucky."」
「貴女たち、いいこと言ったつもりでしょうけど、わたくしの気苦労の原因こそ貴女たちなのですからね」
憮然とする麟子に、順は、にっこりとして、
「それはだから麟子が頑張らなくてもいいときまで頑張りすぎてるからさ」
「はああああ……」
麟子は、がっくりと肩を落とした。
「暖簾に腕押しとは英語で何というのだったかしら」
「いちーずらいくびーりんぐじえあ♪("It is like beating the air.")」
「わたくし、中浜さんが羨ましくなってきましたわ。そのお気楽なところが」
「麟子と足して二で割ればちょうどいいかもね」
くすくす笑う順の水着姿の胸元を、じっと陽子が見つめて、
「順クンも部分的にいくらか分けてもらったほうがいいかもです」
「陽子も人のことは言えないよ♪ るっくふーずとーきん♪("Look who's talking.")」
「わたしは、これからが成長期ですよ?」
「ボクはありのままでいいんだよ。麟子がもう少し大きいほうが好みなら考えるけどさ」
「わたくしの好みが、なんで関係あるんですの!? というか同性の胸の大きさに好みも何もありませんわ!」
真っ赤になって叫ぶ麟子に、順は笑って、
「冗談だってば。そうやって麟子は真面目すぎるんだよ。もっと気楽にいこうよ、ね?」
「まったく、貴女って人は本当に……!」
顔を赤らめたまま唇を噛む麟子に、順、陽子、千代は笑った。