表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
横須賀海軍女学校  作者: 白紙撤回
第一話  《倶楽部》
5/27

1 - 5

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「……暑い」

 

 仏頂面で、麟子が言った。

《倶楽部》の庭の大きな柿の木蔭こかげに、盥を並べて。

 麟子と順、千代と陽子は、それぞれ二人ずつ一つの盥に入っているのだった。

 

「そうかな? 麟子の濡れた水着がひんやりとして、気持ちいいけど」

 

 にこにことご満悦の顔で、順が言う。麟子の背中に自分の身体をぴったりくっつけた格好だ。

 麟子は、水しぶきを飛ばして両腕を振り上げた。

 

「あーっ、もうっ! 暑い暑い暑いですわっ! 小栗さん、もうちょっと離れて下さいな!」

「無理」

「無理ですよ?」

「無理だよね♪ ゆーあすきんじんぱっしぼー♪("You are asking the impossible.")」

 

 順と陽子、千代が声を揃えた。

 陽子は千代の膝の上に座って子供みたいに抱きかかえられている。

 麟子は声を張り上げた。

 

「だいたい、どうして四人いっぺんに行水するんですの! 二人ずつ交代にすればいいことですのに!」

「それじゃあ、待ってる間、暑いじゃん」

 

 順が言って、陽子と千代が、

 

「これが裸の付き合いというものですよ?」

「はばこんぷりーつりーおーぷんりれーしょんしっ♪("Have a completely open relationship.")」

「はぁぁぁぁぁ……」

 

 麟子は、がっくりとうなだれた。

 

「他所様のお宅の庭で、水着の女同士が一つ盥で抱き合うなんて、破廉恥な……」

「他所様ではなく《倶楽部》ですよ?」

 

 言った陽子を、じろりと睨み、

 

「ええ、中浜さん得意の英語で言えばホストファミリーですわ、だからこそ最低限の礼儀が必要でしょう?」

「思う仲にはかきをせよ♪ ぐっふぇんしーずめいぐっねいばー♪("Good fences make good neighbors.")」

「わかってらっしゃるのでしたら中浜さんも、もう少しお考えなさいな」

「礼も過ぎれば無礼にもなるよ♪ あんちゅえすばっりんさるりぃん♪("Be unctuous but insulting.")」

 

 にこにこして言う千代に、麟子は呆れ果て、

 

「どっちなんですの、あなたは!」

「千代さんは頭に浮かんだ言葉をそのまま日本語と英語で口にしてるだけで、深くは考えてないです」

「あんしんきんすていっめん♪("Unthinking statement.") 陽子の遠慮のないその物言いもね♪」

「もう、どちらでも結構ですわ……。真面目に考えようとしてる、わたくしが莫迦ばかみたいですもの……」

 

 麟子は、また、がっくりとうなだれた。

 

「……はあっ、暑い……。小栗さん貴女、体温が高すぎませんこと?」

「そうかな? 麟子の身体も熱いよ、それも気持ちいいんだけど」

 

 順に言われて、麟子は耳まで赤くなり、

 

「ば……莫迦なことをおっしゃらないで!」

「陽子も熱いよ、子供は体温高いから♪ はばはいてんぺれちゃー♪("Have a high temperature.")」

「子供ではないですよ? 千代さんの身体は、やーらかくて気持ちいいです」

 

 千代と陽子のやりとりに、麟子は「はあっ……」と、ため息をつき、

 

「いったいこれ、どういう会話ですの……」

「こういう裸の付き合いが、ボクは嬉しいんだけどね。他愛もないことを何も飾らずに話せるっていうか」

 

 順は言う。

 

「学校では風呂も食事も時間に追われて何かを語らう余裕もないだろ。それができるのが《倶楽部》だよ」

「…………」

 

 麟子は身体をひねって順を振り返った。

 じっ……と、間近にある相手の顔を見つめて、

 

「……そうですわね、たまには……たまにだったら、悪くはないと思いますわ」

 

 そう言うと、ぷいっと前に向き直る。

 耳を赤くしながら、

 

「……顔が近いですわ」

「なに言ってんだよ、麟子がこっち、振り向いたんじゃないか」

 

 くすくすと笑いながら、順は麟子の腰に抱きつくように両腕を回した。

 

「えいっ」

「ちょっ……近すぎ! 何なさってるの!」

 

 控えめとはいえ、やわらかい胸が背中にぎゅっと押し当てられるのを感じて叫ぶ麟子に、順は笑って、

 

「水着越しだけど裸の付き合いだよ。スキンシップってやつ?」

「すきんしっ?("Skinship?") それは和製英語だね♪」

「裸の付き合いって、物のたとえでしょう! わざわざ抱きつく必要ありませんわ!」

「濡れた水着がひんやりして気持ちいいって言ったろ、熱い素肌もね」

「暑い暑い暑苦しいっ! その距離感の無さもオッサン属性ですわっ!」

「騒ぐと余計に暑いですよ? 蝉まで釣られてミンミンと騒いでるです」

「あーつーいー! 本気で怒りますわよ、離れなさいな!」

「それは無理って言ったろう? 麟子の腰、細くて羨ましいな。理想の体型だよね」

「わたくしは、そんな……千代さんのほうが理想的でしょう?」

「あたらくてぃばりぃ♪("Attractive body.") ちょっぴりご自慢だよ♪」

「いまは私のですよ? やーらかな千代布団、貸してあげないです」

「だから、どういう会話ですの……あーっ、もうっ、暑い! もういいですわ! 皆さんお好きになさい!」

「そうさせてもらうよ」

「いぇすまむ♪("Yes, ma'am.")」

「はいです」

 麟子が叫び、順、千代、陽子は笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ