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横須賀海軍女学校  作者: 白紙撤回
第二話  《三笠》
27/27

2 - 14

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 小学生たちの姿が見えなくなって──

 

「──では、総員そのままで聞いてほしい」

 

 理代子が、皆に呼びかけた。

 

「これで今週の学校行事は終了だ。来週は定期考査で、そのあとは夏季休暇に入る予定だったが……」

 

 苦笑いを浮かべ、

 

「実は生徒隊監事殿から伝達事項がある。一ヶ月の予定だった我々の夏季休暇は、二週間短縮される」

 

「「「えーっ……!」」」

 

 一同は──各分隊伍長を除き、不満の声を上げた。

 

「どういうことですかァ、坂本サァン!」

 

 噛みつきそうな勢いで問う早苗に、理代子は苦笑いのまま、

 

「来週末、独逸ドイツ海軍飛行船学校女子部の練習艦が、追浜おっぱまに来航するんだ」

「それがアタシらと、どう関係あるってェんですかァ?」

「海軍当局としては、その歓迎行事そのほかの対応を、海軍女学校を中心として行なわせたいそうだ」

「そのためにアタシらの夏休みが潰されるってェんですかァ? そんなの許せねェですよォ!」

「ちょっと、千葉さん」

 

 麟子が口を挟んだ。

 

「わたくしたちは生徒と呼ばれていても、すでに海軍の一員なんです。女学生気分は捨てて頂かないと」

「そんなのわかってッけど、でも夏休みは一ヶ月と決まってたじゃァねェかァ!」

 

 ばしんっ! と、早苗は右の拳を左のてのひらに打ち合わせ、

 

「それを独逸のイモ娘のせいで引っくり返されるなんてよォッ! ふざけんなよッ、芋どもがッ!」

「金髪碧眼の独逸乙女フロイラインと仲良くなれるなんて、ぼくとしては大歓迎だけどねえ」

 

 晴蘭が、くすくす笑いながら言って、富士子が引きつった笑みで、

 

「また不安になるようなこと言わないでください……、国際問題になりますよ……」

「とにかく来週末からの二週間で、独逸の飛行船学校生徒との親睦を深めよというのが海軍当局の指示だ」

 

 理代子は言った。

 

「私も、この話を喜んで皆に伝えているわけではない。だが、これは決定事項だ。命令といってもいい」

「麟子は、このこと知ってたの?」

 

 順に訊かれて、麟子は頷く。

 

「ええ、先ほど学校を出る前に各分隊の伍長が集められて、生徒隊監事殿から聞かされました」

「じゃあ、ボクが夏休みの予定を訊いたとき、麟子は休みの短縮を知ってて、とぼけたんだ。意地悪だなあ」

 

 ふくれ面をする順に、麟子は気まずげに口をとがらせて、

 

「仕方ないでしょう。迂闊に話を広めると、小学生の引率どころではなくなってしまいますもの」

 

 麟子は、ほかの生徒たちを見回す。

 ほとんどの者は不満げな様子で、周りと愚痴を言い合っている。

 

「実際、こんなにみんな騒いでますし、皆に伝えるのは《三笠》の見学のあとと、伍長同士で決めたのです」

「ボクは騒いだりしないよ、命令なら従うだけだよ、なのに麟子は信用してくれてなかったんだなー」

 

 順は、その場にしゃがみ込んで膝を抱えた。

 

「あーあ、夏休みが短縮されることよりも、麟子に隠しごとをされてたほうが、がっかりだなー」

「隠していたことは謝りますわ。でも伍長同士の取り決めですから」

 

 麟子は語気を強める。

 

「第一分隊伍長の責任として、やむを得ないことだったと、わたくしは考えますわ、ええ」

「いいもん、いいもん。どうせボクなんか、ただの伍長補だもん。便利な説明係だもん」

 

 順は地面に指で「の」の字を書くような仕草で、

 

「でも、もしボクが伍長だったら、麟子に隠しごとなんてしないのにさ、あーあ……」

ねられても困りますわ。わたくしは謝りました。これ以上、何を求められても応じる気はありません」

桃缶ももかん

「え?」

「桃の缶詰。『養浩館』に売ってるよね」

「それがどうかしましたの?」

「食べたい」

「は?」

「麟子のおごりで」

「どうして、わたくしの」

「麟子は謝ったけど、まだボクは許してない」

「べつに許しは求めていませんわ。わたくしは伍長として責任を果たしただけですもの」

「桃缶」

「知りませんわ」

「桃缶で許す」

「許しは求めていないと申し上げました」

「桃缶。桃缶、桃缶。桃缶」

「…………」

 

 麟子は口をつぐんで、順の顔を見た。

 第一分隊の伍長補は、眉を僅かにしかめながら、くりくりとした大きな眼で麟子を見つめている。

 引き結んだ唇は──たぶん、笑いを抑え込んでいる。

 

「……はあっ」

 

 麟子は眼を逸らして、ため息をついた。

 眼を合わせたままだと、自分まで笑いだしそうになる。

 

「きょうは小学生たちの案内役、頑張りましたものね。その褒賞ということでしたら、ご馳走いたしますわ」

「やった」

 

 にかっと笑顔を輝かせ、順は両手を上げて立ち上がった。

 

「桃缶、桃缶。麟子のおごりで、もーもーかん♪」

「今度の飛行船学校生徒の接待も頑張れば、蜜柑とパイナップルの缶詰も、ご馳走しますわよ」

「やったやった、頑張る頑張る。うん、うん♪」

 

 ぱちぱちと手を叩いている順を見やり──理代子は、苦笑いする。

 それから、ぱんっ! と、大きく手を叩いて、皆の注目を集めた。

 

「みんな、もういいかな。文句は、この場だけのことにしてほしい。あらためて言うが、我々は海軍軍人だ」

「…………」

 

 生徒たちは皆、表情を引き締める。

 いくら愚痴をこぼしたところで、夏休みを短縮するという決定が覆えるはずはない。

 独逸の飛行船学校の生徒を歓待しろというのが命令なら、従うほかはないのである。

 ただ、海軍女学校に入校して、まだ半年も経っていない。

 女学生気分が完全には抜けない生徒たちは、少しくらい愚痴っておかないと気が済まないのだ。

 

「飛行船学校の練習艦には非常時に備えて教官も同乗するが、基本的に生徒自身の操艦で日本へ来るそうだ」

 

 理代子は皆に告げる。

 

「一方、我々は入校一年目のひよっこ揃いで、お客様扱いの乗艦実習を一度経験したきりだ」

「だからってェ、舐められちゃァいられませんやァ」

 

 早苗が言って、理代子は微笑み、

 

「その通り。経験は劣ったとしても、海軍精神で負けてはならない。我々は日本海軍の代表なんだ」

「負ける要素なんてないじゃん? 相手は鈍足の飛行船じゃん? こっちは将来の飛行機乗りじゃん?」

 

 紫音が言って、富士子は苦笑い。

 

「それは飛行学生を拝命すれば、ですよ。皆が飛行兵科を目指しているわけでもないですし」

「海軍精神──機敏スマート着実ステディ静粛サイレントでござるな」

 

 錦綺が言った。

 

「それこそ大日本帝国海軍軍人の本領にござろうよ」

「ほら、スミちゃんも何か言って。第二分隊ばかりに、いいところ持っていかせないで」

 

 篤子に軽く肘打ちされて、純子は笑う。

 

「何かって何? アコちゃんこそ、何か締めになる一言、ないの?」

「あたしは、そういう柄じゃないし」

「柄とか、そういうこと言ってるうちに仕切られちゃうんでしょ」

「だからスミちゃん、仕切ってよ」

「それは、わたしの役目じゃありません」

「もうっ……!」

 

 ふくれる篤子に、純子は笑うばかり。

 小桜が、ちょいちょいと春風の背中を突っついて、

 

「春風も、なんや伍長として言うといたほうがええん違う?」

「えー? じゃあ、香」

 

 春風は、あっさりと香に振るが、香は表情を変えず、

 

「……何もない」

「えー? 何もないって、何それー?」

「あらためて言うことは何もない。皆と同様、独逸に負けない海軍精神を示す、それだけ」

「それだけってー、なんだかなー」

 

 春風は不満げな顔をする。

 篤子が煽り始めた分隊同士の「ひとこと」合戦だが、せっかくなので香にも見せ場を作ってほしい。

 第三分隊の伍長補殿は、どの分隊の伍長や伍長補にも劣らず優秀なのだから。

 ぱちり──と、金扇子を鳴らして、弥生が言った。

 

「皆が本分を尽くせば、負けるはずもなくてよ。独逸からの客人を、堂々と迎えればよろしいのでは?」

「ほらまた、第二分隊に点数を稼がれた」

 

 篤子が口をとがらせて、純子は苦笑いして、

 

「こんなことで張り合っても仕方ないわよ。海軍精神で独逸に負けなければ、それでいいでしょ」

「順クンは、何か言わなくていいです?」

 

 陽子に促され、順は「うーん……」と首をかしげた。

 

「とりあえず精一杯、独逸の子たちをもてなすよ。麟子から桃缶のご褒美があるからね」

「何をおっしゃってますの」

 

 麟子は顔を真っ赤にした。

 よりにもよって、我が第一分隊の伍長補がオチをつけて笑い話にしてしまうとは。

 周りの皆が笑いだし、順も「えへへ」と照れ笑い。

 麟子は、がっくりと肩を落としたけど──順の「ひとこと」で、この場がなごんだことも確かだった。

 先ほどの小学生の引率でもそうだ。

 繭子という女の子の失言を、ほかの子が告げ口したとき、うまく場を収めたのは順のお手柄である。

 繭子は救われたに違いない。だから、また海軍女学校の生徒に会いに来たいと言ってくれた。

 きっと、順は独逸の飛行船学校の生徒ともすぐに打ち解けて、接待を成功させてくれるだろう。

 それも人徳と呼ぶべきか。麟子は、吐息をついた。

 

「わかりました、桃缶ですわね。その代わり、独逸の皆さんに日本を好きになって頂くことですわ」

「任せてよ。麟子と桃缶のために頑張るからさ」

 

 にっこりとする順に、麟子は眉をひそめる。

 

「わたくしのためではなく、日本と日本海軍のためにですわ」

「わかった。日本と海軍と桃缶のために頑張る。麟子のためにもね」

「何故そこでまた、わたくしの名前が出るのかわかりませんけど、とにかくお願いしましたわ」

「えへへ、お任せあれ」

 

 順が胸を張ってみせるのを、陽子は横目で見やり、

 

「順クンは、まるで麟子さんの忠実なポチなのです」

「わんわん♪ 麟子のためなら何べんでも回ってワンとでもニャーとでも鳴くよ、わおーん♪」

 

 おどける順に、麟子は呆れて、

 

「犬猫の真似は求めていませんから、海軍女学校生徒として恥ずかしくない態度をお願いしますわ」

「わかってるわかってる、しつけのいいところ見せちゃうよ、わおーん♪」

「これでは忠実どころか、ダメ犬ですわ……」

 

 額に手をやる麟子に、皆、笑った。

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 独逸ドイツ帝国領邦、ヴュルテンベルク王国。

 その南端、ボーデン湖を挟んで瑞西スイス墺太利オーストリアを望む街。

 フリードリヒスハーフェン──

 

 

 

 奥行き三百メートルに及ぶ長大な格納庫ハンガーから、その船体が、ゆっくりと引き出される。

 陽光を浴びて照り輝く、葉巻型をした白銀色の気嚢きのうは直径三十メートル余り、全長二百三十メートル超。

 その下部前方には、豪華列車の展望車両のような前面が半円形で硝子ガラス張りの船室が据えつけられている。

 もっとも、展望車と共通するのは、眺望を追及した形状のみのこと。

 実際は、その船室は旅客のためのものではなく、水上艦艇の艦橋に相当する司令塔ゴンドラだ。

 気嚢の下部後方には、左右に二対、計四基の発動機エンジンが吊り下がる。

 飛行船であった。

 気嚢に金属製の骨格を有する、硬式飛行船である。

 独逸帝国海軍では、この種のふね空中巡洋艦ルフトクロイツァーと呼称していた。

 型式番号「L六三一」、艦名《グラーフ・ツェッペリン三世》。

 その名は無論、ここフリードリヒスハーフェンを拠点に、世界初の実用的な硬式飛行船を造った人物。

 グラーフ・フェルディナンド・アドルフ・アウグスト・フォン・ツェッペリン──

 すなわち《ツェッペリン伯爵》にちなんだものである。

 ここはボーデン湖畔に設けられた、独逸帝国海軍飛行船学校の専用飛行場であった。

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 いかりの図案を装飾した金色の飾りボタンが並ぶ濃紺色のジャケット。

 首から下げた海軍用七倍率×五〇口径双眼鏡。

 斜めにかぶった制帽の下から、肩と背に流れる黄金色の長い髪。

 山奥の湖のような深いみどり色の瞳。

 口の端に浮かべた皮肉めいた笑み。

《伯爵》の名を冠した飛行船の司令塔最前部、操舵室に傲然ごうぜんと立つ娘──

 グラーフィン・アンネ=ゾフィー・シャルロッテ・フォン・シャルニッツ。

 独逸帝国海軍飛行船学校の一号生徒──最上級生かつ、若年ながらシャルニッツ伯爵家の女当主である。

 

「──さあ、日本の子猿ちゃんたちを教育しにきましょう」

 

 シャルロッテは、肩にかかる髪をかき上げながら言った。

 前方には紺碧のボーデン湖と、その彼方の青空。

 出航には、またとない晴天である。

 

「ただ格納庫から引き出されてるだけの飛行船の中で、なに格好つけてるんですか」

 

 ペトラ・シュトラッサーが、じとっと横目でシャルロッテを見やった。

 台帳を片手に、計器類の目視点検を行なっていたところだ。

 灰褐色の艦内勤務服──民間では作業服と呼ばれるもの──姿で、舟形帽型式の略帽を頭に載せている。

 肩にかかる長さの栗色の内巻き髪に、東洋的な切れ長の眼をした怜悧れいりな印象の娘だ。

 そう。

 前方の湖や青空は、実際には《伯爵》を牽引する「自走繋留塔」に、半ば隠されていた。

「自走繋留塔」は特製の八輪トラックで、荷台に高さ二十メートルほどの鉄塔が据えられている。

《伯爵》は、その鉄塔に気嚢の先端──船首──を繋がれている。

 格納庫から《伯爵》を引き出しているのが「自走繋留塔」なのであった。

 さらに、船体から垂らされた四本のもやい綱を、それぞれ八人ずつの地上作業員が曳いている。

 重巡洋艦並みの巨体の割に、至極軽量な《伯爵》の船体が、風にあおられるのを防ぐためだ。

 司令塔の下部と、船体後部下方の尾翼の下部には車輪が設けられている。

 まだ充分な浮力ガスを充填されていない《伯爵》は、その車輪で地上を「転がされて」いるのである。

 つまり──

 いま現在の操舵室からの視界は、路面電車にでも乗っているのと、さほど変わらない。

 ごとごとと揺れながら、地表を進んでいる。

 

「いまだけのお遊びですよ。女伯様は艦橋ブリッジ要員ではないんで、出航したら操舵室には入れないですし」

 

 やはり計器を点検していたクラウディア・オノリーヌ・デジレ・ドルニエが言った。

 白銀色の髪を三つ編みお下げにして、眼鏡をかけた小柄な娘である。

 艦内勤務服が大きすぎるのか、上着の袖とズボンの裾をまくり上げている。

 

「ふっ……」

 

 シャルロッテは、ほくそ笑み、再び髪をかき上げた。

 

「そう。わたくしは主計長。このふねに積み込まれた資機材糧食の一切を管理する者」

「管理するのは艦に積んだあとで、積み込み段階では責任を負ってないのよね」

 

 声を潜めてペトラが言って、クラウディアも小声で、

 

「だって任せたらロクなことにならないですよ、経験上」

「ワインにシャンパン、キャビアにトリュフ。選りすぐりの珍味と美酒で、快適な空の船旅を約束するわ」

 

 得意げに胸を張るシャルロッテに、ペトラとクラウディアは、

 

「積んでない積んでない、そんなもの」

「せいぜいビールとソーセージですよ」

「女伯サマに積み込みを任せたら、夕食の伴奏用にピアノまで積みかねないわ」

「それどころか楽団ごと乗せちゃいそうです」

「ふっ……」

 

 シャルロッテは、また、髪をかき上げて、

 

「待ってなさい、日本の子猿ちゃんたち。真の海軍魂というものを教えてあげるから」

「ああ言ってるけど、根は小心だから、どうせ日本人の前だと礼儀正しくなっちゃうのよね」

 

 ペトラが言って、クラウディアは頷き、

 

酒保しゅほで日本語会話辞典を買ったみたいです」

「ふっ……」

 

 シャルロッテは、不敵に笑った。

 

「ああ、日本の子猿ちゃんたちに会うのが楽しみだこと。おっほっほっほっほ……──!」

 

 

 

【終わり】


いかにも打ち切りな終わり方で、これにて完結とさせて頂きます。

ここまでお読み頂いた方は、ありがとうございます。

好きなことを好きなように書いた結果、閲覧数も評価点も伸びませんでした。

自己分析としては、設定先行で物語の盛り上がりを欠いていたのでしょうか。

次に何か作品を書くときは、もっとエンターテイメントを追求したいと思います。

ありがとうございました!

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