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前回の投下から随分と間が空いてしまい、まだお待ち頂いている方がいらしたら申し訳ありません。
完結(という名の打ち切り)に向けてラストスパートです。
息切れどころか行き倒れ寸前ですが……
* * *
「──ここが長官公室でござる」
ちりちり頭で眼鏡をかけた海軍女学校生徒が、言った。
「その名の通り、連合艦隊司令長官たる東郷平八郎元帥が使われた会議室兼応接室でござるよ」
愛華が振り分けられた第二分隊は、中甲板から見学を始めていた。
説明係の生徒は髪型も変だけど、口調もおかしくて、きっと変わり者だろう。
聞いていて、いらいらさせられる。
せめて最初に司会役を務めた長身で短髪のカッコいい生徒が説明してくれればよかったのに。
「現在は東郷元帥にまつわる様々な記念品の展示室になってござる」
ちりちり頭の生徒は奇妙な「ござる言葉」で記念品を一つずつ紹介していった。
遺髪を収めた厨子。
厳めしい顔つきの胸像。
英国王ジョージ五世戴冠式のための訪英時など様々な記念写真──
「そしてこちらは珍品中の珍品、日本海海戦の折に東郷元帥の足下を貫通した砲弾の破片でござる」
硝子ケースに収められた金属片を、ちりちり頭の生徒は指し示す。
「珍品の珍品たる所以は、元帥自筆の覚書が添えられたところにござるよ」
「──あの人、喋り方が変だよね」
愛華は、ひそひそ声で同じ班の少女たちに話しかけた。
すると彼らは、おおらかに笑って、
「確かに風変わりでいらっしゃるけど、でも、お話はお上手ですわ」
「髪型もちょっと独特ですけど、可愛らしいですわよね」
「眼鏡も個性的ですけど、お似合いでいらっしゃいますわ」
愛華以外の三人の少女は「ござる」の生徒に好意的な反応だ。
そういえば、彼女たちは静堂小学校の児童の中でも、特別に裕福な家庭の生まれだった。
その苗字を聞けば、特定の大企業集団が連想されるような家柄である。
愛華の父親も企業法務を専門とする著名な弁護士だけど、その雇い主となるのが彼らの親たちなのだ。
金持ち喧嘩せず。
彼女たちは常に鷹揚で、不平不満は口にしないし、他人の悪口を言うこともない。
愛華は、気まずく眉をしかめて口をつぐんだ。
この第二分隊の中では、愛華のほうが異端者だった。
* * *
四十口径十二インチの重厚な砲身の下で、繭子たち第一分隊は「歌のお姉さん」の説明を聞いていた。
そこは後部主砲塔の前だけど、お姉さんが説明するのは甲板に穿たれた昇降口についてだ。
「ここは第八昇降口。《三笠》の上甲板に九ヶ所ある昇降口の中で一番大きいんだ」
繭子が覗いてみると、昇降口の大きさに比べて華奢な階段が、中甲板を経由して下甲板まで続いている。
言い換えれば、昇降口自体が上甲板から下甲板までを貫通していることになる。
「……っ……」
隣で百合子が、小さく息を呑んだ。
「深い……ちょっと怖いね」
苦笑いして言った百合子の手を、繭子は優しく握ってやり、にっこりとして、
「大丈夫だよ。ちゃんと手を繋いでるから」
「繭子ちゃん……」
百合子は頬を赤らめる。
するとお姉さんが、くすくすと悪戯っぽく笑って、
「元は、いまよりもっと深かったんだよ。喫水線より下の水中発射管室まで魚雷を運ぶのに使われてたから」
「それは、記念艦として保存するときに何か改造したということですか?」
繭子が訊ねて、お姉さんは頷き、
「その通り。記念艦として公開するのは下甲板までと決まって、船艙甲板から下は閉鎖されたからね」
「…………」
「…………」
友子と幸子は白けた様子でいる。
繭子が海軍女学校のお姉さんたちと打ち解けた様子で会話しているのが面白くないのだろう。
それは繭子の側も気づいていたけど、だからといって、どうするつもりもない。
話に加わりたければ、勝手に入ってくればいいし、不貞腐れたままでいたいなら好きにすればいい。
繭子は、友子や幸子など眼中にないのだ。
二人がいちいち嫌味を言うから仕方なく相手をするけど、自分から関わり合う気はないのである。
そう、思っていると──
「…………」「…………」
友子が、幸子と意味ありげに眼を見交わしてから、にやりと口の端を歪めつつ、小さく手を上げた。
「……あのー、海軍女学校のお姉さんたちに、お聞きしたいことがあるんですけどー?」
「ん? 何かな、なんでも質問してくれていいよ」
笑顔で訊き返す「歌のお姉さん」に、友子は、ちらりと繭子の顔を見て、にまあっと意地悪く笑い、
「わたしたちの学校に、国家の主兵は陸軍であって、海軍じゃないって言う人がいるんですよねー?」
「そうそう、そういう失礼なことを言っちゃう子がいるんですけどー、どう思いますかー?」
幸子もまた、ちらりと繭子を見て、勝ち誇ったような笑みで言う。
繭子は慌てて、
「それは、私はべつに、そんなんじゃ……!」
だが、言ったことは事実だった。
しかしそれは、海軍女学校のお姉さんたちに会う前のことだ。
実際に会った海軍女学校の生徒は、皆、素敵だった。
歌劇団の主演男役のような、最初の司会役のお姉さんも。
いま繭子たちを案内してくれている「歌のお姉さん」も。
愛華を第二分隊に追いやって「戦力の均衡」を図ってくれた日本人形のようなお姉さんも──
彼らは、自らが属する海軍に誇りを持っていることだろう。
その海軍を貶める発言をしたことを、繭子は恥じた。
そんな発言をしてしまったことを、お姉さんたちに知られたくなかった。
「……言ったです?」
日本人形のようなお姉さんが訊いてきて、繭子は、はっと口を押える。
黙っていればよかった。
友子や幸子が何を言おうが、とぼけていればよかったのだ。
なのに、海軍を誹謗したのは自分だと、自ら認めるようなことをしてしまった……
「んー……?」
苦笑いで「歌のお姉さん」は首をかしげた。
「そうだね、みんなの学校は乃木大将に縁があるから、そう言う人もいるかもしれないね」
「いえ、そうじゃなくて、その子のお姉さんが陸軍の女子士官学校にいるかららしいんですけどー?」
友子が言って、幸子が、
「ね? 百合子ちゃんも聞いたよね?」
「え……」
百合子は困り切った様子で、ちらりと繭子の顔を見てから、眼を伏せ、
「……繭子ちゃんは、そういうつもりで言ったんじゃ、ないと思う……」
繭子は眼の前が暗くなったように感じた。
血の気が失せる、とは、こういう感覚なのだろう。
しかし、百合子は嘘をつける性格ではない。たとえ親友のためであろうと。
それでも繭子のため、辛うじて振り絞った言葉が「そういうつもりじゃない」だった。
でも、そういうつもりでなければ、なんだというのか。
繭子は、確かに海軍を陸軍よりも「下」に見て、その言葉を口にしたのだ。自覚はある。
「…………」
うつむいた繭子の前に、「歌のお姉さん」がしゃがんで、下から顔を覗き込んで来た。
にっこりと笑って、言った。
「えっと……君は、繭子ちゃんっていうのかな?」
「…………」
繭子は答えられず、眼を逸らす。
お姉さんは、くすっと笑って、
「あのね、繭子ちゃん。国家の主兵は陸軍でもなければ、海軍でもないよ」




