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横須賀海軍女学校  作者: 白紙撤回
第二話  《三笠》
23/27

2 - 10

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 一般の見学者が、順路に従って《三笠》の艦内を巡る場合、所要時間は六十分と想定されている。

 しかし今回、小学生たちが海軍女学校生徒の案内で《三笠》を見学するのは九十分と決められていた。

 時間に余裕を見ているのは、艦内の各展示物について、生徒が補足の説明を行なうためである。

 そこに生徒自身の訓育の目的もあるのは、小学生を迎える前に士官次室ガンルームで理代子が皆に告げた通りだ。

 

「ここは学習室。《三笠》が記念艦になってから設けられたもので、元は兵員居住区」

 

 第三分隊は下甲板の艦首側から見学を始めていた。説明役は、香が務めている。

 分隊ごとに見学の開始場所を分けたのは、なるべく他の分隊と同じ展示物の前で鉢合わせないためだ。

 

「下士官兵は、ここのほか艦内各所に吊床ハンモックを吊るして寝ていた。いまは机と椅子が並んで教室みたいだけど」

 

 小学生たちは、軍艦の中にある教室を不思議そうに見回している。

 

「学習室では講演会や勉強会が開かれるけど、記念艦になってからの話なので特筆すべきことはない」

「ちょっとー、その説明は端折はしょりすぎでしょー」

 

 春風が口を挟んで、小学生たちに、

 

「えっとー、ここではテレビ漫画の試写会が開かれたりもしてまーす」

「何の漫画ですか?」

 

 小学生の一人が訊ねて、春風は小桜に、

 

「えー、何だっけー?」

「うち漫画は観ぃへんし、知らへんわ。何やったん?」

 

 小桜に訊かれて、航子は首をかしげる。

 

「何ですかねえ? 『坂の上のなんとか』?」

「『ハイスクール・フリゲート』。試写会は一回当たり百名限定で四回開催だった」

 

 香は言って、


「話を戻すと、吊床ハンモックの実物は中甲板の砲室で見られるので、のちほどあらためて説明する」

「香ってー、何でそんなことまで知ってんだろー?」

 

 春風が小声で言って、小桜も小声で答える。

 

「物知り博士では小栗の順ちゃんと、ええ勝負やわ。愛想のカケラもあれへんのが玉にきずやけどなあ」

「……こほん」

 

 香は眉をしかめて咳払いして、

 

「今いる場所は下甲板。最初に舷梯タラップで上がった上甲板を一階とすれば、ここは地下二階に相当する」

「漫画は物知りというより趣味でしょうねえ。香さん、それ関連の催事イベントに、よく出かけてるようですし」

 

 航子もひそひそ声で言って、香は頬を赤らめ、また「こほん」と咳払いする。

 

「地下三階の船艙せんそう甲板と、最下層になる地下四階の内底には、倉庫や機関室があるけど公開していない」

「機関室は観られないんですか?」

 

 眼鏡をかけた小学生の子が訊ねた。

 香はわずかに片眉を上げ、

 

「観られない。理由は今から説明するけど、機関室に興味があった?」

「はい、祖父が若い頃は海軍の機関科の士官でしたので、どういうところで働いていたのかと……」

 

 香に真顔で、じっと見つめられた眼鏡の少女は、居心地悪そうに眼を伏せる。

 すると、香は口の端をほころばせ、

 

「ではお祖父様は、我々の大先輩だ。兵科と機関科の違いはあるが」

「あー、香ちゃん笑ったー」

 

 ひそひそ声で春風が言って、小桜も声をひそめて、

 

「ホンマになあ、ろたら可愛いねんから、もっと愛想ようしたらええねんな」

「……こほっ、こほん!」

 

 香は本気でせたような咳をした。

 

「そこ、静かに。機関室が公開されていない理由を、いまから説明する」

 

 教室の前方にある白板ホワイトボードに、香は歩み寄る。

 そして、そこに大きく三つの言葉を書いた。

 

『日露戦争』

『西比利亜出兵(尼港事件)』

『関東大震災』

 

 小学生たちに向き直り、教卓に手をついて、香は語り始めた──

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

《三笠》は現役時代から通算して三回、沈没や浸水事故に見舞われている。

 最初は明治三十八年九月十一日。

 ポーツマス条約により日本と露西亜ロシアの講和が成立した、わずか六日後。

《三笠》は佐世保港内で、火気の不始末が原因ともいわれる弾薬庫の爆発により沈没。

 三百三十九名の犠牲者を出す大惨事となった。

 その後、引き揚げと修理が行なわれて、《三笠》は現役に復帰。

 大正三年に始まった世界大戦と、それに続く西比利亜シベリア出兵では、主に露西亜ロシア沿岸の哨戒任務に当たった。

 特筆すべきは大正九年の、いわゆる尼港にこう事件。

 赤軍を称する暴力犯罪集団が、日本軍守備隊と露西亜ロシア白衛軍が守るニコラエフスクの街を包囲した事件だ。

 日本軍守備隊は海陸軍合わせて約三百七十名、白衛軍は約三百五十名。

 一方の赤軍は約四千三百名といわれ、守備隊側のおよそ六倍の兵力だった。

 尼港包囲の報せを受けて、《三笠》は砕氷能力を有する海防艦『見島』ならびに『沖島』とともに出撃。

 凍結した尼港の目前まで接近し、街を囲む赤軍陣地へ艦砲射撃を敢行。

 これに勇気づけられた日本軍守備隊は、白衛軍と連携して赤軍の撃退に成功した。

《三笠》にとっては、この活躍が黄海海戦、日本海海戦と並ぶ三大殊勲に数えられている。

 しかし、その翌大正十年、《三笠》はウラジオストク港外で座礁、浸水。

 これが二回目の事故ということになるけど、《三笠》は離礁後に応急修理の上、内地に帰投。

 戦列復帰のため再整備が検討されたけど、艦歴二十年を超えて新造艦と比較して能力不足が見られること。

 一方で数々の武勲を誇る功績艦であることから、記念艦としての保存が検討されることになった。

 だが当時は国際連盟加盟国の間で、各国の海軍力に制限を設けることが議論されていたところ。

 日本は、露西亜ロシアソヴィエト政権と正式な講和が成立していないことを理由に海軍軍縮に反対の立場。

 その情勢下で、世界的にも名の知られた《三笠》を軍艦籍から除くことは避けたい考えもあった。

 そこで《三笠》は破損箇所を再修理の上、横須賀の専用岸壁に繋留。

 名目上は現役艦のまま、一般の見学を許すことになった。

 ところが大正十二年の関東大震災で、《三笠》は岸壁に接触して破損、浸水して着底。

 再び引き揚げられたのちは正式に記念艦となり、乾船渠ドライドックで保存されることになった。

 この際、《三笠》は恒久的に船台上に固定されるため、艦体を補強する処置が施された。

 具体的には内底や船艙甲板に補強用の鋼材が張り渡された。

 それに伴い汽缶ボイラや主機械も撤去され、そちらは元の本籍港である舞鶴まいづるでの保存が決まった。

 のちに海軍機関学校が舞鶴に移転したあとは、その構内で《三笠》の機関部は保存されている。

 こうした経緯で《三笠》の船艙甲板以下は公開されていないし、見るべきものも何もない──

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「…………」

 

 小学生たちは、ぽかんとしている。

 香は、「……こほん」と咳払いして、

 

「何か質問は?」

「……いえ……」

 

 少女たちは顔を見合わせ、戸惑った様子。

 小桜が、ぱんっと手を叩いた。

 

「まっ、要するに機関だけ、よそで保存してるから機関室には何もあらへんってこっちゃ」

「……ああ」

 

 小学生たちは、ようやく納得したように頷いた。

 春風が香に、

 

「香ってばー、真顔で一気に話すからー、子供たちみんな置いてきぼりでしょー?」

「せやな。もっと喋りに抑揚つけんとな」

 

 うんうんと腕組みして頷きながら小桜が言って、香は眉をしかめ、

 

「ならば次からは、小桜が説明をしてほしい」

「桂さんに喋らせると、どこまでもマクラが続いて本題に入らなそうですけどねえ」

 

 航子が、くすくす笑って言った。


IF歴史世界での女性海軍士官候補生たちの日常(百合風味)というニッチな世界におつき合い頂き、誠にありがとうございます。この物語は、あと数回で連載を終了(と書いて「うちきり」と読む)させて頂きます。お読み頂いている皆様、ありがとうございます。完結までもうしばらくの間、よろしくお願い致します。

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