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舷梯の前まで移動した各分隊は、列を作って順番に上甲板へ上がって行く。
繭子たち第一分隊は、長い黒髪のお姉さんが先頭で、「歌のお姉さん」が二番目に列に並ぶ。
繭子は、そのあとに続こうとしたけど、何のつもりか幸子が前に割り込んだ。
「ちょっと!」
繭子は文句を言おうとしたけど、後ろから愛華と友子が笑いを含んだ声で、
「喧嘩しないでくださーい」
「大きな声を出さないでくださーい」
「…………っ!」
繭子は唇を噛む。三対一では分が悪い。
相手は口も巧いし、挑発に乗ればこちらが悪者にされてしまう。
「どうかしたの?」
訊いてくれた「歌のお姉さん」に、繭子は「何でもありません」と答えるしかなかった。
お姉さんは首をかしげていたけど、それ以上は何も言わず前に向き直る。
やがて第一分隊に舷梯を上がる順番が回って来た。
先頭のお姉さん二人は軽やかに駆けるように上がって行ったけど、幸子の足取りが、いやにゆっくりだ。
繭子が苛々しながら、そのあとを追っていると、愛華が後ろから、
「明治四年に鉄道が開通していないなら何で運んだと思ったのかしら。まさかトラック? 明治の初めに?」
「は?」
繭子が振り向いて睨みつけると、愛華は、にんまりと意地悪く笑って、
「さすが『陸運王』のお嬢様よね。トラックの活躍を喧伝したいんだわ」
その後ろ、少し遅れて上がって来る友子も、にやにやと笑っている。
どうやら幸子と友子は、わざと足取りを遅くしているようだった。
愛華が繭子に悪口を言っているのが、列の前後にいるお姉さんたちに聞こえないようにするためだ。
だが、それならば繭子も反撃するだけである。
愛華は調子づいたように、
「家族揃って商売熱心よね? お祖父様は疑獄事件の主役になるほどだし」
「三百代言の娘が何をおっしゃいますやら。舌先三寸で稼ごうなんて、そういうのを虚業というのよ」
冷ややかに笑って言い返した繭子に、愛華は顔を真っ赤にする。
他人の悪口は言うくせに、自分が言われるのは我慢ならないらしい。
「うちのお父様は弁護士よ! 犯罪者の孫に侮辱される覚えはないわ!」
「お祖父様は不起訴で犯罪者ではないわ。弁護士の娘なら、ちゃんと理解しておきなさい」
繭子は、ぴしゃりと言った。
「そもそも、あの事件は捏造も疑われているのよ。世の中を改革しようとする人間には敵が多いものね」
「…………」
愛華は悔しげな顔で黙り込む。友子も、むすっと仏頂面だ。
繭子は前に向き直って、ため息をつく。愛華を言い負かしたところで、べつに嬉しくはない。
相手が絡んで来なければ、繭子も愛華なんて構うつもりはないのだ。
ようやく上甲板に上がったところで、日本人形みたいなお姉さんが声をかけてきた。
「今日の引率の先生は、あなたたちの学級担任ではないです?」
「え……はい、担任は修道女様ですが、校外学習には社会科の先生が同行されてます」
繭子が答えると、ふむふむとお姉さんは頷いて、
「だから彼我の戦力差が見えてないです。均衡を図るです」
お姉さんは繭子たちの分隊から離れて、百合子がいる第二分隊のほうへ行った。
そこで歌劇団のお姉さんに何やら話しかけ、歌劇団のお姉さんは苦笑いになり、こちらを見て頷く。
それから日本人形のようなお姉さんは、百合子を連れて戻って来た。
愛華に向かって、
「あなたは第二分隊へ移ってもらうです」
「え……どうしてですか?」
訊ねる愛華を、じっとお姉さんは見つめて、
「わたしは結構、地獄耳なのです。見学の間、ひそひそ話をされても迷惑なのです」
「ひそひそ話なんて、してません」
むっとした顔で愛華が言い返すが、お姉さんは表情を変えないまま、
「言行に恥づるなかりしか。本当にしてないと胸を張って言えるです?」
「…………」
愛華は顔を真っ赤にして眼を逸らす。
このお姉さんは背丈こそ小学生と変わらないけど、中身は遥かに大人なのだと繭子は理解した。
静かな口調なのに、言葉に込められた迫力というか、重みが違う。
「あなたたちが学校でどういう関係かは知らないです。でも、ここにいる間は全員が同期の仲間です」
お姉さんは言った。
「だからといって、無理に仲良くしろとは言わないです。ただ、お互い関わらなければいいことです」
「…………」
愛華は口を尖らせながら、第二分隊のほうへ歩き去った。
歌劇団のお姉さんが笑顔で愛華の肩に手を置き、分隊へ迎え入れる。
向こうも、あの格好いいお姉さんが案内役だ。愛華が文句を言ったりすれば罰が当たるだろう。
「繭子ちゃん、愛華ちゃんに何か言われたの?」
心配そうに訊ねる百合子に、繭子は、にっこりと笑って答えた。
「大したことじゃないよ。それより、これで戦力が均衡したよ。よろしくね、百合子ちゃん」




