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「──この艦は、帝国海軍が建造した最初の国産軍艦『清輝』を復元したものなんだ」
順が、小学生たちに向かって説明する。
「再現してあるのは外観だけで、そこの看板を見ての通り、中はお土産物屋さんになってるけどね」
その話を横で聞きながら、麟子は感心していた。
何を話せばいいかわからないと頭を抱えていたのに、本番になったら堂々としたものだ。
「そして『清輝』を建造した場所が、ここ横須賀の海軍工廠なんだ」
《三笠》が入っている船渠を指し示し、
「この乾船渠は、海軍工廠の一号船渠を再現したものだよ。本物は明治四年の完成で、いまも現役なんだ」
順は小学生たちを手招きした。
「もっと近くに来てごらん。一号船渠の建設を指揮したのは、伯剌西爾から招かれたヴェルニーという人だ」
海軍女学校の生徒が場所を譲り、小学生たちは乾船渠の前に寄る。
「船渠の中には綺麗に整形された石が並んでるよね? ヴェルニーの指揮で、日本の職人が完成させたんだ」
「お城のお堀みたい……」
小学生の一人が言って、順は頷く。
「そうだね。もともと日本人は石材の加工に高い技術を持っていた。そこに西洋の近代科学が加わったんだ」
「本物を見ることはできないんですか?」
別の小学生が訊ねて、順は笑い、
「現役だし難しいね。これが、ほぼ完成時の姿だよ。《三笠》が収まるよう少しだけ大きく造られてるけど」
「石はどこから運んだんですか?」
また別の小学生が質問して、順は答える。
「主に伊豆地方の真鶴だよ。江戸城の石垣にも使われた小松石の産地として有名なんだ」
そこで、さっと手を上げた子がいた。
先ほど号令をかけた学級委員長の隣、短い髪の勝ち気そうな少女である。
「明治四年なら鉄道の開通前ですが、どうやって石を運んだんですか?」
「それは船だよ。真鶴なら目の前が海だし、江戸時代から真鶴の湊は石材の積み出しで賑わっていたんだ」
「日本は建築の技術もすごいよね。お城とかお寺とか、何百年も前の木造建築がたくさん残ってるし」
そう言った小学生に、順は、にっこりとする。
「その通り。そうした独自の技術を発展させてきた日本人は、西洋の新しい技術の吸収にも貪欲だった」
《三笠》の乾船渠を指し示して、
「一号船渠の完成から十三年後には初期の設計を除き、ほぼ日本人だけの手で新しい船渠を完成させたんだ」
「日本人が造った船渠も現役なんですか?」
「もちろん。ヴェルニーは素晴らしい先生だったし、彼の下で働いた日本人たちは優秀な生徒だったんだ」
「アイツも先生役が、なかなか上手ェじゃねェか」
ぽつりと早苗が言って、周りの海軍女学校生徒が、くすくす笑う。
麟子は眉をひそめる。順が頑張っているのに、冷やかすなんて失礼だ。
しかし順本人が吹き出して、早苗を指差し、
「そこ、私語は慎むように」
そして小学生たちに、
「ああいう悪い生徒は見習わないようにね」
「はい」
小学生たちも笑って頷く。
麟子は、すっかり感心させられた。野次への切り返しも上手で、小学生たちを話に引き込んでいる。
順は改めて、復元された軍艦──「清輝」を指し示した。
「実は『清輝』も日本の技術の結晶だよ。海軍初の国産軍艦であることと、もう一つ、竣工後のことだけど」
小学生たちに向き直り、両手を広げてみせ、
「明治十一年から十二年にかけて、日本人だけが乗り組んで欧州までの往復の航海を成功させたんだ」
しかし小学生たちは、この説明には、ぽかんとしている。
順は苦笑いで、
「明治になって、ほんの十年ちょっとあとのことだよ? みんなは驚いてくれないけど、西洋人は驚いた」
そこで何人かの小学生が笑う。
順も「ありがと」と笑い、
「十年前まで丁髷を結って刀を携えていた野蛮な東洋人が、自分たちで軍艦を動かして欧州まで来たんだ」
「そう考えたら、すごいかも」
「西洋人は、むしろ怖かったんじゃない? 野蛮と思った東洋人が近代的な軍艦で西洋まで来るなんて」
小学生たちが口々に言い、順は笑顔で、
「当時の西洋人は、まだ微笑ましいと思ってくれたと思う。軍艦といっても、九百屯足らずの小さな艦だ」
「乗ってる人たちのほうが怖かったかも」
「この小さい船だもんね、嵐に遭ったらすごい揺れそう」
「それを自分たちだけで動かしたんだよね……」
「凄さをわかってもらえたかな? そして、その二十七年後。日本が、またしても世界を驚愕させた」
順は、そこで《三笠》を指し示した。
「この《三笠》を旗艦とする日本の艦隊が、強大な露西亜帝国の艦隊と戦って、これを壊滅させたんだ」




