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横須賀海軍女学校  作者: 白紙撤回
第二話  《三笠》
18/27

2 - 5

(2016/7/28)前部分「2 - 4」の寝台に関する描写を修正しています。

(2016/7/31)三つ前の部分「2 - 2」の校外学習に関する説明を修正しています。

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

《三笠》の後甲板に上がった順は、「んーっ……」と、伸びをした。

 

「きょうも暑いけど、良いお天気だなあ」

 

 綿菓子のような積雲せきうんを浮かべた青い空。

 海もまた青く、細波さざなみきらめいている。

 ただし、その海は軍港の水域であって、内火艇や雑役船が行き交う。

 沖合の浮標ブイには航空母艦「出雲いずも」や戦艦「霧島きりしま」が繋留されている。

 緑の木々にこんもりと覆われた猿島さるしまは、繋留中の艦の陰に辛うじて見える。

 順は、続いて上がって来た麟子を振り返り、

 

「麟子は、夏休みはどうするの?」

「もう夏休みのお話ですの?」

 

 呆れる麟子に、順はきょとんと眼を丸くして、

 

「もうって、もう再来週の話だよ?」

「これから小学生を案内しなければならないことは、頭にないのですわね」

「うーん……」

 

 順は小首をかしげてから、にっこりとして、

 

「頑張ってね、麟子」

「完全に人任せにする腹ですわね……」

 

《三笠》の上甲板には、中甲板と行き来するための昇降口ハッチが九ヶ所、設けられている。

 このうち記念艦となって以降も使われているのは五ヶ所。

 残りは見学者の経路とするには不適な場所に設けられているため閉鎖されている。

 順と麟子が上がって来たのは、最も艦尾寄りの第九昇降口である。

 これは二つの階段を上りと下りの向きを変えて並べたもので、中甲板からの上りは上甲板の左舷側に出る。

 記念館となってからは雨除けの屋根が設けられたが、現役時代は文字通りの跳上扉ハッチであった。

 順は、にこにこ笑顔のまま、

 

「こういうのは伍長の仕事だと思うよ?」

「伍長として、伍長補の貴女に案内役を任せようと思うのですけど」

 

 麟子が言い返すと、順は笑顔を崩さずに、

 

「麟子がボクにそういう意地悪はしないと思う」

「意地悪ではなくて、任務を与えているのですわ」

「だって、相手は小学生だよ? 何をどこまで説明すればいいのさ?」

 

 口を尖らせる順に、あとから昇降口を上がって来た陽子と千代が、

 

「順路の通りに歩いて、展示されているものや、そのほか目についたものを適宜てきぎ説明すればいいです」

「テキトーテキトー♪ じゃすつめいきにたっぱざいごー♪("Just making it up as I go.")」

「適当って、簡単に言うけどさあ……」

 

 順は腕組みをして首をひねる。

 そこに、理代子も中甲板から上がって来た。

 

「勝さんと小栗さん、ちょっといいかな?」

「どうかなさいましたの?」

 

 振り向いた麟子に、理代子は微笑み、

 

「先ほど決めた通り、艦内の案内は分隊ごとに行なうけど、最初に軍港としての横須賀の歴史も説明したい」

「よいのではないかしら。《三笠》ばかりではなく海軍についての理解も深めて頂くのが目的ですから」

「それで、その説明係を小栗さんにお願いしたいと思うんだ」

「ほへ?」

 

 順は眼を丸く見開いた。

 

「なんでボク?」

「知識の量が豊富だし、何より小栗さんの説明なら、小学生たちも緊張しないで話を聞けると思う」

「どゆこと?」

 

 首をかしげる順の顔を、麟子、陽子、千代が見て、

 

「それ……何だか、わかる気がしますわ」

「順クンが可愛いからです」

「いーすじてんしょん♪("Ease the tension.") 緊張させないね♪」

「可愛いのがいいなら陽子ヨコチンでいいじゃんか」

 

 順が言うと、陽子は、ふるふると首を振り、

 

「無理です。小学生より前に自分が緊張するです。間違いなく噛むです」

「噛み噛みになるね♪ めいかふらっふ♪("Make a fluff.")」

「そうやって逃げるのって、ズルいなあ」

 

 順は口を尖らせたが、理代子は笑って、

 

「小栗さんならできると思うから頼むんだよ」

「わかりましたわ。第一分隊として、お引き受けいたします」

 

 麟子が言った。

 

「そして、わたくしは伍長として小栗さんに、説明役を任せますわ」

「なんだよぅ、すごい難易度が上がっちゃったじゃんかぁ」

 

 順は、その場にしゃがんで頭を抱えた。

 

「軍港としての横須賀っていったって、何をどこまで説明するんだよぅ」

「順クンは知識の量が災いして、そこからの取捨選択に悩むです」

 

 言った陽子を、順は恨めしげに睨んで、

 

「わかってるなら陽子チン、説明係を変わってよぅ」

「それは無理です。きっと台詞ばかりか舌まで噛むです。痛いのは嫌なのです」

「《三笠》が保存されている乾船渠ドライドックが、海軍工廠の一号船渠を模して造られた話から始めればいいと思うよ」

 

 理代子は苦笑いで助け舟を出した。

 

「隣に復元されている『清輝せいき』が、帝国海軍における国産軍艦の第一号だという話もできるね」

「そこまで決めてあるなら坂本さん、自分で説明すればいいじゃんかぁ」

 

 順は、理代子に恨みの眼を向けたが、理代子は笑って、

 

「私も司会はさせてもらうけど、最初の説明は、やはり小栗さんに任せたい」

「何をどこまで話すか、選ぶのが難しいよぅ。横須賀の歴史ならヴェルニーや栗本鋤雲くりもと じょうんも外せないし……」

「話が脇道にれすぎたら、助け舟を出してき戻すよ。よろしくお願いするよ」

「頑張って下さいませね、小栗さん」

 

 にっこりと笑って麟子にも言われ、順は、ぷぅっとふくれ面をした。

 

「なんだよぅ、麟子も人任せじゃんかぁ」


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