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(2016/7/28)寝台に関する描写を修正しました。
(2016/7/31)前々部分「2 - 2」の校外学習に関する説明を修正しました。
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記念艦《三笠》下甲板、士官居住区の一室──
「……まったく、なんで坂本さんに仕切られなきゃならないわけ?」
海軍女学校第四分隊伍長、五代篤子は椅子に腰掛けて、長い脚を組んだ。
「篤子の言う通りネ」
箪笥兼用の士官用の寝台に寄りかかった小松タチアナが、腕を組みながら頷く。
その隣に並ぶ伊東祐莉阿も腕組みしながら、
「篤子の言う通りだわ……」
扉の前に立っている伍長補の川村純子が、ぽつりと呟く。
「……狭い……」
そう、狭かった。しかし、それは彼女たち自身に原因があった。
室内には小さな書き物机と椅子、それに寝台が配されているが、艦内の一人部屋と考えれば充分な広さだ。
寝台は腰までの高さがあって下段が箪笥になっており、限られた床面積を有効活用している。
その分、高くなった寝床は木枠で囲われ、就寝中に船が揺れても使用者が転げ落ちない配慮がされている。
《三笠》自体と同様、英国製の機能美に優れた船舶用家具である。
問題は、この部屋の中に四人もいることで、窮屈で当然なのであった。
下甲板は艦尾に士官用の洗面所と浴室があり、その前方の左舷と右舷に士官の個室が並んでいた。
そのうち左舷の最も艦尾寄りが、連合艦隊参謀、秋山真之中佐が使用した部屋。
右舷の同じ位置が《三笠》分隊長、伏見宮殿下の部屋で、この二部屋は一般の見学者に公開されている。
(正確には日露戦争当時は宮家の継承前であり、伏見若宮とするのが正しい)
それ以外の部屋は、通常は鍵がかけられているが、各分隊は引率のため一組ずつ鍵の束を預かっていた。
篤子たちは、その鍵を使って士官用の個室に入ったのである。
ちなみに、秋山参謀の隣の部屋である。
士官居住区のさらに前方は、先ほどまでいた士官次室。
その前は後部主砲塔の基部で、そこまでが《三笠》の後部区画ということになる。
「だいたい小学生を案内するのが疑問だとか、誰も考えないわよ。命令には黙って従うのが軍人でしょ?」
篤子は脚を組み替えて言った。
前髪と頬にかかる髪をまっすぐ切り揃えた、昔話のお姫様のような髪型に、すらりと長い腕と脚。
均整のとれた肢体と美貌を備えた娘だが、吊り上げた眉が勝ち気さを表す。
「その通り、黙って従うわネ」
タチアナが篤子に倣ったのか、腕を組み直す。
露西亜から帰化した亡命貴族の血筋に由来する紅い髪を縦に螺旋状に巻いている。
見た目も出自も紛れもない西洋のお姫様だが、さらに父方の祖父は堂上公家の家柄。
世が世ならば本物のお姫様なのである。
(英国や仏蘭西などの西欧人は露西亜を西洋と見なさない者も多いが、それはまた別の話である)
「篤子の言う通り、黙って従うわ……」
祐莉阿がタチアナと同様、腕を組み直して言った。
肩にかかる長さで切り揃えた黒髪に、鼻筋の通った美貌。
声音は物憂げで、映画女優がクレオパトラを演じているかのような妖艶な娘である。
「でもアコちゃん最初は、小学生の面倒なんか見てられないって、ぷりぷり怒ってなかったっけ?」
小首をかしげて純子が言った。
日本女性としてごく標準的な背丈と体型に、日本の若い娘としては標準的な、おさげ髪。
顔立ちは可愛いほうなのに、並外れた色香を漂わせる他の三人と並ぶと地味に見えるのが不幸である。
しかし控えめなのは見た目だけで、物言いには全く遠慮がない。
篤子は、顔を赤くして、
「面倒なんか見てられないけど、見なきゃいけないでしょ命令なんだから!」
「篤子の言う通りネ」
「篤子の言う通りだわ……」
「はいはい、命令には従うけど陰で文句は言うのね」
あしらうように純子に言われ、篤子は耳まで赤くなりながら口を尖らせ、
「あたしが言いたいのは、坂本さんに仕切られるのが気に入らないってことよ!」
「仕切られたくないわネ」
「仕切られたくないわ……」
「じゃあ、アコちゃんが自分で仕切ればよかったじゃない?」
純子は小首をかしげながら、じっと篤子を見つめて言った。
「その場で黙ってたくせに、あとから文句を言っても仕方ないじゃない?」
「何よ、あたしが悪いって言うの?」
「文句を言うだけならアコちゃんが悪い。誰も自分から動かないから坂本さんが仕切ったんでしょ?」
「ならスミちゃんが仕切ればよかったじゃない」
篤子は上目遣いに恨めしげに純子を見て、
「スミちゃんが仕切ってくれれば、あたしは黙って従うのに」
「篤子なら黙って従うわネ」
「黙って従うわ、篤子だったら……」
「な……何よ、それ」
純子は頬を赤らめながら苦笑いして、
「アコちゃんを差し置いて、伍長補のわたしが仕切ったらおかしいでしょ」
「おかしくないし。あたしが誰にも文句を言わせないし」
「篤子なら文句を言わせないわネ」
「篤子は誰にも言わせないでしょうね……」
言い張る篤子──と、追従するタチアナと祐莉阿──に、純子は笑った。
「仕切るのが坂本さんでもわたしでも他人任せなのは同じでしょ。結局、好き嫌いで言ってるだけじゃない」
「当然でしょ? 坂本さんのことは嫌いと言わないまでも好きではないけど、スミちゃんのことは……」
篤子は言いかけ、真っ赤になる。
「好きなのネ」
「好きなのよね……」
呑み込んだ台詞をタチアナと祐莉阿が言ってしまい、篤子は、ぷいっとそっぽを向いた。
「知らないわよ!」
「あー、はいはい」
純子は苦笑いで、ぱんぱんと手を打った。
「そこは改めて、ふたりで話すとして、とりあえず小学生の子をどうやって案内するか真面目に考えましょ」
「ふたりで話すのネ」
「ふたりきりで話すのだわ……」
眼を見交わして、含み笑いをするタチアナと祐莉阿に、純子は笑うほかなかった。
「もうっ!」