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(2016/7/31)校外学習に関する説明を修正しました。
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「──湘南静堂小学校。江ノ島にある伝道局系の私立学校だ」
理代子が言った。
記念艦《三笠》艦内、士官次室。会議卓を囲む同期生を前に話している。
四十人全員が着座するには会議卓は小さく、半分ほどの者は後ろに立って聞いている。
「静堂の名は乃木大将の雅号にあやかったもので、学校用地を提供した地元の篤志家による命名だそうだ」
士官次室は下甲板にあり、《三笠》の現役時代は若手士官の詰所となっていた。
《三笠》では中尉以下の若手士官は寝台を与えられず、下士官兵と同様、艦内各所に吊床を吊して寝ていた。
このため士官次室は若手士官にとって、艦内で唯一といってよい安息の場所であった。
ただし用いられている調度品は質素で実用一辺倒である。
大尉以上が利用する士官室に英国製の戸棚や長椅子が並ぶのとは、格段に差をつけられている。
「名称以外では特段、陸軍との関係はないそうだから、そこは安心していいと思う」
同期生の間から笑いが漏れる。海軍と陸軍の犬猿の仲は、もはや笑い話の域である。
ただし、それは政治が絡んだ軍上層部の話であり、現場の将兵は世間で思われているほど不仲ではない。
横須賀にも陸軍の重砲兵連隊が駐屯しているが、喧嘩などしていてはお互い務めが果たせない。
「だけど、もし東郷サンより乃木サンのがエラいとか言い出す餓鬼がいたら、張り倒していいですかァ?」
早苗が言って、理代子は笑い、
「そういう、やんちゃな子はいないと思うよ。有名なお嬢様学校だからね」
「それってー、どっちも偉いが正解だよねー?」
「鯨と獅子で相撲がとれる道理はござらぬよ」
「行司預かりだね♪ のーこんてすつ♪("No contest.")」
皆が口々に言うのを制するように、理代子は言葉を続ける。
「今回、《三笠》の見学に来るのは六年生の一学級、三十六名。夏休み明けの九月にも二学級、来るそうだ」
「みんな一緒には来ないです?」
陽子が訊ねて、理代子は頷き、
「遠足ではなく校外学習という主旨で、毎回、各学級で行き先を変えるそうだよ」
「今回が《三笠》なら、次はそれこそ乃木神社かもしれねェなァ」
早苗が言って、理代子は微笑む。
「他の行き先がどこであれ、我々は案内に万全を期して《三笠》と海軍への理解を深めてもらうだけだよ」
「それが、わたくしたちが案内役を務める趣旨ですわね、訓育の一環として」
麟子が言った。
「つまり、わたくしたち自身が《三笠》と海軍を理解していなければ、案内役は務まらない」
「そういうことだね。どうして私たちが小学生の相手をしなければならないか疑問に思う者が、もしいたら」
理代子が言って、早苗が口を尖らせ、
「アタシのことかよォ? アタシはもう納得したって言ったろォ?」
「疑問を抱いている者は、早苗ひとりに限らないと思ったんだ」
「小学生の女の子たちのお相手なんて楽しそうだけどねえ? ぼくは大歓迎だよ?」
くすくすと笑う晴蘭に、富士子が引きつった笑顔で、
「不安を掻き立てる言い方、やめて下さい晴蘭さん……」
「では、我々四十名で、どのように三十六名の見学者を引率するかだが……」
理代子が言いかけたところで、さっと、紫音が手を上げた。
「第九分隊は、総合案内兼迷子係として上甲板に残るであります。引率は他の分隊にお任せするであります」
そして富士子に向かい、にっこりとして、
「それでよいでありますね、分隊伍長殿?」
「え? えっと……」
富士子は慌てた。紫音の意図がわからない。単に怠けたいだけかもしれないけど。
「仔豚ちゃんたちは自分が迷子になりそうだもんなァ」
早苗が言って、晴蘭は肩をすくめて首を振る。
「せっかく可愛い子供たちとの触れ合いの機会なんだけどねえ?」
「……はい、第九分隊は上甲板で待機して、みんなの補助に回ります……」
富士子は言って、眼を伏せた。
引率役の辞退を申し出るなど、分隊全体の力不足、ひいては自分の統率力不足を認めるようなものだ。
とはいえ分隊の三人娘に加えて、小学生を四人も面倒を見きれる自信はない。
きっと、胃に穴が開いてしまいそう。
「では、第九分隊を除く各分隊で、見学者を四人ずつ引率ということでいいかな?」
理代子は居並ぶ同期生を見回して、異論が出ないことを確かめた。
「それでは、各分隊の順路も割り振ろう。最初の見学場所を上甲板、中甲板、下甲板で分けて……」