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【 第二話 《三笠》 】
関東近県の小学生が一度は遠足で訪れる場所。そして、海軍女学校生徒にとっては大事な訓育の場所。それが記念艦《三笠》!
第二話 《三笠》
玩具のような江ノ島電車から、鎌倉で省線に乗り換えた。
青と乳白色に塗り分けられた省線電車は、流線型の車体と相まって都会的でお洒落だった。
とりわけ二等車は窓が大きくて眺めがよく、座席の間隔も広くて快適である。
運送屋の娘である繭子は、家族旅行といえば自家用車で出かけることがほとんどだ。
しかし繭子自身は鉄道の旅も大好きだった。
理由は、やはり窓が大きく車内が広いこと。もちろん二等車の場合だけど、繭子はそれ以外には乗らない。
「この電車で東京まで行けるのでしょう?」
級友の百合子が言って、繭子は微笑みながら頷いた。
「ええ、大船から東海道線に乗り入れて東京駅まで通じているわ。でも、きょう向かうのは横須賀よ」
「繭子さんは女だてらに鉄道にお詳しいのね」
「さすがは『陸運王』のご息女ですわ」
くすくすと笑いながら友子と幸子が言ったのは皮肉のつもりであろう。
四人掛けの横座席で、同級でも仲がいいとはいえない二人と乗り合わせたことも皮肉である。
限られた停車時間に学級全員で二等車に乗り込み、選ぶ余裕もなく座った席が、ここだったのだ。
しかし久しぶりの鉄道旅行で機嫌のいい繭子は、にっこりと笑ってみせ、
「鉄道と自動車輸送の両輪が国家の発展を牽引するというのが父の持論よ。私も鉄道の勉強をしているわ」
「繭子ちゃんは、軍人を目指しているのだと思っていたわ。お姉様のように」
百合子が言って、繭子は笑う。
「軍人もいいし、官僚や実業家もいいと思うの。女でも国家に貢献できる時代ですものね」
繭子たちは江ノ島にある私立小学校の六年生であった。
学校の設立母体は仏蘭西発祥の女子修道会で、基督教精神に基づいた勤勉と愛徳を校是とする。
併設の高等女学校と合わせて、良家の令嬢の集まる学校として世に知られている。
夏の制服である白い半袖セーラー服が清楚で愛らしい。
「でも、女が軍人なんて……なかなか真似のできることではないですわ」
「真似したいと思っても、私たちにはできないでしょう。お父様やお母様に止められますでしょうから」
友子と幸子が、なおも揶揄するように言った。
繭子は微笑み、
「神功皇后以来、女が武勲を立てる例がないわけではないわ。ジャンヌ・ダルクも列聖されているし」
「まあ、あなたはお姉さんやご自分を聖人になぞらえるの?」
「なんて不遜なのかしら」
友子と幸子が大仰に十字を切り、繭子は吹き出してしまった。
「あなたたちは、私のことに何でもケチをつけたいだけね。つまらない人たち」
「なんて失礼なことをおっしゃるの!」
「修道女様に申し上げなくては!」
眉を吊り上げる友子と幸子に、繭子は、にっこりとして、
「姉が学ぶ女子士官学校は、またの名を『頌武台』。畏くも摂政殿下の行啓の折に賜名せられたの」
「それがどうしたとおっしゃるの?」
「つまり女だてらに軍人を目指そうという女子士官学校生も、帝室の藩屏として立派に認められているのよ」
「…………」「…………」
友子と幸子は気まずい顔になって眼を見交わし、口をつぐむ。
百合子が、とりなすように笑って言った。
「これから見学する、記念艦……《三笠》? も、女子士官学校の生徒さんが案内してくれるのでしょう?」
「違うわ、そっちは海軍女学校よ」
繭子が言って、百合子は眼を丸くして、
「違う学校なの?」
「大違いよ。女学校は海軍で、女子士官学校は陸軍だもの」
「でも、どちらも軍人さんを目指しているのでしょう?」
「それはそうだけど、陸軍こそが国家の主兵よ」
繭子は我がことのように胸を張ってみせ、
「陸軍士官学校本科は『相武台』、予科は『振武台』、航空士官学校は『修武台』の名を賜っているの」
「女子士官学校は『頌武台』って言ったよね? じゃあ、海軍女学校は?」
「海軍の学校で、そうした名前を賜った例はないわ。陸軍だけが特別の計らいを受けているのよ」
「そうなんだ、そんな違いがあるんだね……」
感心した様子で頷いている百合子に、繭子は、にっこりと笑って言った。
「だからね、私も軍人を目指すとすれば当然、陸軍を選ぶわよ」