表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

シクラボ短編集

それでもいいから、愛していたくて

作者: 澄鈴亮

「その間には、まだ柵があったので」からお読みください。



 「なんだ、起きていますね」


 彼はくすっと笑って言った。私とそう歳の変わらない少年だった。

 私は眠い目をこすって、大きなあくびをひとつすると、彼を見上げて笑った。彼は、驚いたように固まった。


 「……リーダー?」

 「え? ああ、うん。その子は起きたから戻してあげていいですよ」

 「はい」


 私は彼の脇に立っていた男に抱えられて、再び檻の中へ入れられた。また、お仕事が始まる。でも、彼の顔を見たらそんな憂鬱なんて吹っ飛んだ。

 ニコニコしていて、優しそうな少年。


 私は彼が好きになった。




 私の仕事は肉体労働。荷物運び。頭の悪い私には、それくらいしかできない。重い荷物だろうが、なんだろうが、運ばなくては殺される。あぁ……また誰か撃たれた。

 私の心休まる時は、ご飯の時間だけ。「ここ」では、三日に一度、ご飯が出るか出ないか、だ。

 「ご飯」、と言っても、そこまで豪華なものではなく、とても食べられるような味がしないと思われる濁ったスープと、ときどき、パン。こんなにつらい労働を強いられている私達にとっては、とても足りるような量ではない。


 「あっ……!」

 「そうやってぼさっとしているから盗られちゃうのよ」


 私の隣にいる、私と瓜二つの少女は、私の双子のお姉さん。

 私のパン、盗られちゃった……。

 不味いスープをすすりながら、おいしそうにパンを食べるお姉さんを横目で見る。お姉さんは、「なによ?」と言わんばかりの冷たい視線で私を見ると、ぺろりと平らげてしまった。

 スープだけでまた三日過ごすのか……。

 はあ、と私はため息をついて、今日のお仕事が終わった。




 私は牢屋でも、一番檻に近いところで眠るようになった。

 毎朝、彼が来るからだ。


 「どうして笑うの?」

 「だって、変な顔をしているわ」


 スープしか食べていないのでお腹が減っていたのか、私は昨日よりはやく目が覚めた。

 そうしたら、彼に逢えた。

 彼は後ろの3人に「変かな?」とか言っていたけれど、もちろん、彼の顔が可笑しかった訳ではなく、私が彼に逢えて嬉しかったからつい笑ってしまっただけだ。


 「好き」

 「ありがとう」


 彼がとても嬉しそうにお礼を言うのが、不思議でびっくりした。私はこんなに汚いのに、「それ」に好きと言われて、嬉しいの?

 彼が喜んでくれたのが、純粋に嬉しかった。




 彼はその日から、毎晩様子を見に来てくれた。寝る時間が少し削られるけれど、彼に逢えるのは嬉しかった。

 くだらない話も聞いてくれた。今日の仕事がいつもより楽だったとか、ご飯が不味いけれど貴方のご飯はおいしいの?とか、仕事の合間に聴いていた小鳥の唄がへたくそだったとか。

 2人だけの、秘密の時間。

 

 それが続くと、思っていた。




 「ねえ、あの看守に収容所の構造とか聞き出しなさいよ」


 お姉さんが昼休みに私を呼び出すことは滅多にない。だから、何事かと思っていたが……。まさか、そんな恐ろしいことだったとは思わなかった。


 「い、嫌です」

 「はあ? あんた、ここから出られなくていいの? こんなところ、もうまっぴらよ! どうして私達はこんなに虐げられているの? いつ殺されたって、おかしくないのよ?」


 お姉さんの言い分は最もである。

 でも、ここから出たら……、


 彼に、逢えなくなる。



 「まったく……」


 お姉さんは、はあ、とため息をすると、いきなり私を、持っていたロープで縛り始めた。


 「っ!?」

 「あんたがやらないなら、あたしがやるからいいわ。幸い、あんたとあたしは双子なの。声も姿もみいんなそっくり、瓜二つ。絶対分からない。あの馬鹿看守を騙すなんて容易いことよ」


 だからあんたは、ここで大人しくしていなさい。

 お姉さんは、私をロープで縛り上げると、誰も気がつかないような倉庫の中に、私を閉じ込めた。

 彼を、騙す?

 ダメ!!ダメダメダメダメ!!彼はダメ!彼を利用しないで!!!彼を不幸にしないで!!!

 彼から、「看守」を奪わないで……。




 私はなんとなく気がついていた。彼が歩く時、左足をかばうように引きずっているのを。

 彼の傍にいた3人だって、なにかしらおかしなところがあった。一人は、なんだか目が視えないみたいだった。盲目、なのだろうか?焦点が合っていない気がした。もう一人は、これは確実。右腕の袖からは本来あるはずの手が見えなかった。最後の一人は、息が荒い。きっと何か病気を患っていたのだろう。

 そこで考えついた私の考え。


 「看守」というのは、戦争で使えない、使えなくなった兵士が就く職業。


 つまり、「看守」ができなくなってしまえば殺される。役に立たないからだ。

 私達と、なんら変わりない。 

 私達がいた牢屋の管理をしていたのは、間違いなく彼と3人。お姉さんの脱獄が成功してしまえば彼らは……。

 彼らは、

 彼は……




 どのくらいの時間が経ったのであろう、私は元牢屋の仲間の一人に起こされた。

 

 「おい、お前こんなところで何しているんだ? はやく逃げよう! 看守が追ってくるぞ!」

 「……お姉さん、は?」

 「ああ……君とそっくりの……。逃げたよ。ほとんどの囚人は逃げた。あとは俺たちを含める数十人だけだ。急げ……」


 ロープを解くのに手間取って気がつかなかったのだろう、手を引かれて走り出す頃には、もう私達は囲まれていた。

 ……終わっちゃった。

 これで、彼にはもう逢えない。

 そう思ったが、奥から一人の看守が現れた。


 ……彼だった。


 冷たい目をしていた。


 私たちは連れて行かれた。








 どんっと突き飛ばされて、私は穴へと落ちた。さっきのロープを解いてくれた男の人が、私を受け止めてくれた。ありがとう、私を助けなければ、貴方は助かったかもしれないのに。……ありがとう。

 穴を軽蔑の目で覗き込む看守の中に、彼は居た。彼は銃を向けてくる。びくりと体が動く。

 私が何をしたの? 私はただ、貴方と……。


 「僕は君たちが羨ましいよ。」


 その意味が分かったのは、私だけだったろう。

 彼はふと私を見た。





 「愛した僕が愚かだった。」




 どうして、

 そんな目で、

 私を見るの……?











 最期に見たのは、赤いものと、彼の……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まさか看守たちにそんな事情があったとは…… 笑顔をソフトクリームに例えたのは盲目の仲間ですかね? 見えないから味で例えたみたいな。 しかし、裏事情を知ってから余計に最後に取らされる責任が怖…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ