それでもいいから、愛していたくて
「その間には、まだ柵があったので」からお読みください。
「なんだ、起きていますね」
彼はくすっと笑って言った。私とそう歳の変わらない少年だった。
私は眠い目をこすって、大きなあくびをひとつすると、彼を見上げて笑った。彼は、驚いたように固まった。
「……リーダー?」
「え? ああ、うん。その子は起きたから戻してあげていいですよ」
「はい」
私は彼の脇に立っていた男に抱えられて、再び檻の中へ入れられた。また、お仕事が始まる。でも、彼の顔を見たらそんな憂鬱なんて吹っ飛んだ。
ニコニコしていて、優しそうな少年。
私は彼が好きになった。
私の仕事は肉体労働。荷物運び。頭の悪い私には、それくらいしかできない。重い荷物だろうが、なんだろうが、運ばなくては殺される。あぁ……また誰か撃たれた。
私の心休まる時は、ご飯の時間だけ。「ここ」では、三日に一度、ご飯が出るか出ないか、だ。
「ご飯」、と言っても、そこまで豪華なものではなく、とても食べられるような味がしないと思われる濁ったスープと、ときどき、パン。こんなにつらい労働を強いられている私達にとっては、とても足りるような量ではない。
「あっ……!」
「そうやってぼさっとしているから盗られちゃうのよ」
私の隣にいる、私と瓜二つの少女は、私の双子のお姉さん。
私のパン、盗られちゃった……。
不味いスープをすすりながら、おいしそうにパンを食べるお姉さんを横目で見る。お姉さんは、「なによ?」と言わんばかりの冷たい視線で私を見ると、ぺろりと平らげてしまった。
スープだけでまた三日過ごすのか……。
はあ、と私はため息をついて、今日のお仕事が終わった。
私は牢屋でも、一番檻に近いところで眠るようになった。
毎朝、彼が来るからだ。
「どうして笑うの?」
「だって、変な顔をしているわ」
スープしか食べていないのでお腹が減っていたのか、私は昨日よりはやく目が覚めた。
そうしたら、彼に逢えた。
彼は後ろの3人に「変かな?」とか言っていたけれど、もちろん、彼の顔が可笑しかった訳ではなく、私が彼に逢えて嬉しかったからつい笑ってしまっただけだ。
「好き」
「ありがとう」
彼がとても嬉しそうにお礼を言うのが、不思議でびっくりした。私はこんなに汚いのに、「それ」に好きと言われて、嬉しいの?
彼が喜んでくれたのが、純粋に嬉しかった。
彼はその日から、毎晩様子を見に来てくれた。寝る時間が少し削られるけれど、彼に逢えるのは嬉しかった。
くだらない話も聞いてくれた。今日の仕事がいつもより楽だったとか、ご飯が不味いけれど貴方のご飯はおいしいの?とか、仕事の合間に聴いていた小鳥の唄がへたくそだったとか。
2人だけの、秘密の時間。
それが続くと、思っていた。
「ねえ、あの看守に収容所の構造とか聞き出しなさいよ」
お姉さんが昼休みに私を呼び出すことは滅多にない。だから、何事かと思っていたが……。まさか、そんな恐ろしいことだったとは思わなかった。
「い、嫌です」
「はあ? あんた、ここから出られなくていいの? こんなところ、もうまっぴらよ! どうして私達はこんなに虐げられているの? いつ殺されたって、おかしくないのよ?」
お姉さんの言い分は最もである。
でも、ここから出たら……、
彼に、逢えなくなる。
「まったく……」
お姉さんは、はあ、とため息をすると、いきなり私を、持っていたロープで縛り始めた。
「っ!?」
「あんたがやらないなら、あたしがやるからいいわ。幸い、あんたとあたしは双子なの。声も姿もみいんなそっくり、瓜二つ。絶対分からない。あの馬鹿看守を騙すなんて容易いことよ」
だからあんたは、ここで大人しくしていなさい。
お姉さんは、私をロープで縛り上げると、誰も気がつかないような倉庫の中に、私を閉じ込めた。
彼を、騙す?
ダメ!!ダメダメダメダメ!!彼はダメ!彼を利用しないで!!!彼を不幸にしないで!!!
彼から、「看守」を奪わないで……。
私はなんとなく気がついていた。彼が歩く時、左足をかばうように引きずっているのを。
彼の傍にいた3人だって、なにかしらおかしなところがあった。一人は、なんだか目が視えないみたいだった。盲目、なのだろうか?焦点が合っていない気がした。もう一人は、これは確実。右腕の袖からは本来あるはずの手が見えなかった。最後の一人は、息が荒い。きっと何か病気を患っていたのだろう。
そこで考えついた私の考え。
「看守」というのは、戦争で使えない、使えなくなった兵士が就く職業。
つまり、「看守」ができなくなってしまえば殺される。役に立たないからだ。
私達と、なんら変わりない。
私達がいた牢屋の管理をしていたのは、間違いなく彼と3人。お姉さんの脱獄が成功してしまえば彼らは……。
彼らは、
彼は……
どのくらいの時間が経ったのであろう、私は元牢屋の仲間の一人に起こされた。
「おい、お前こんなところで何しているんだ? はやく逃げよう! 看守が追ってくるぞ!」
「……お姉さん、は?」
「ああ……君とそっくりの……。逃げたよ。ほとんどの囚人は逃げた。あとは俺たちを含める数十人だけだ。急げ……」
ロープを解くのに手間取って気がつかなかったのだろう、手を引かれて走り出す頃には、もう私達は囲まれていた。
……終わっちゃった。
これで、彼にはもう逢えない。
そう思ったが、奥から一人の看守が現れた。
……彼だった。
冷たい目をしていた。
私たちは連れて行かれた。
どんっと突き飛ばされて、私は穴へと落ちた。さっきのロープを解いてくれた男の人が、私を受け止めてくれた。ありがとう、私を助けなければ、貴方は助かったかもしれないのに。……ありがとう。
穴を軽蔑の目で覗き込む看守の中に、彼は居た。彼は銃を向けてくる。びくりと体が動く。
私が何をしたの? 私はただ、貴方と……。
「僕は君たちが羨ましいよ。」
その意味が分かったのは、私だけだったろう。
彼はふと私を見た。
「愛した僕が愚かだった。」
どうして、
そんな目で、
私を見るの……?
最期に見たのは、赤いものと、彼の……。