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第三十話-圧倒-

「ぐあぁっ!!」

「ベック! だいじょう……キャッ!」

「エリオさん! いま助けにっ! キャアッ!」


 目の前には地獄が広がっている。


 大量の蠍。それらの毒に侵され動けないベック達。


 蠍たちは動けないベック達の肉を引きちぎった。


「ぎぃっ……! あぁっ!」


 徐々にベック達の体の原型は無くなっていった。蠍が食い尽くしたのだ。


 吐き気が俺に襲いかかる。目の前で人が食われた。3人ともの生前を知っている。吐き気が止まらなかった。


「うわぁあぁぁぁあぁぁっ!!!」

「何よ! 起きて早々にうるさいわね!!」

「はっ……エリオ……? お前今……食われてて……」

「千尋? 変な夢でも見てたの? あのちっこい蠍なら全匹殺したわよ?」


 あ、夢オチですか。どうも、寝起きの千尋です。


 うーん、と。何だっけ? 今俺は何してるんだっけ?


「いきなり叫びながら戻ってきたかと思えば気絶して、挙げ句の果てには叫んで起きる。こいつは傑作だぜ。」


 気づけばベックが腹を抱えて笑っていた。こいつこんなに背高かったっけ? エリオも急に背が俺より大きくなってて……もしやここは10年後の世界?


 不思議に思って首をかしげると、ふにっとした感触が顔に当たった。む、これは何だ? 柔らかくてすべすべで気持ちいいぞ。


「も、もういいんじゃないの?」

「ん? 何がもういいって?」

「もう起き上がってもいいでしょって言ってるのよ!」


 エリオは顔を赤くして立ち上がった(・・・・・・)。俺はこのときようやく気がついた。


 さっきのアレは太ももだ。誰の? もちろんエリオの……グヒヒ。今度気絶した演技でもしてみるかな。


 俺は寝たままだった体を起こした。立ちくらみが……っと、もう大丈夫だ。


「ご迷惑をおかけいたしやした。すみません。」

「おうおう、気にすんな。」

「そうよ、気にしないで先に進むわよ。」

「きつかったらいつでも言ってね。」


 3人ともそれぞれ俺を気遣った言葉をくれた。本当に仲間がいて良かったと思う。


「千尋さん。」

「あ、もう大丈夫。ありがとうリーゼ。」

「いえ、顔に落書きされてて……」

「おい! リーゼ言うなって言ったろ!」


 ほ、本当に仲間がいて……よかっ……


「それと腕にも書かれて……」

「リ、リーゼ! 内緒じゃなかったの!?」


 あああぁぁあぁぁあぁぁっっ!!





ーーーー





 俺は無駄に縦に長い扉をぶっ飛ばして遺跡に入った。扉はもう使い物にならないだろう。


「ち、千尋。もう少し優しく開けたらどうだ?」

「何か?」

「あ、いや。いいんだ。」


 扉が破壊された音を聞きつけたのか、遺跡を守っている鎧の魔物が2体天井から降ってきた。


 こいつら……ぶっ壊して解体だな。


 その2体は俺達の進路を阻むように立ち、手に持っている槍を構えた。ここから先は通らせない、そんな意思を感じた。


 知るか、関係ない。ちょっとイライラしてるから丁度いい。


 さて、どっちから壊そうかな……


 俺がどちらから倒すか考えていると、片方の鎧が少し前に出て喋った。


「マテ、侵入者ヨ。コノ遺跡ニ何ノ用ダ。ココカラ先ハ通ラ……」

「うるさい。」


 喋る鎧の顔面に容赦無く気をぶち当てた。多少強度は強いようだが……それでも弱いっ!


 反撃の隙すら与えず1体の頭部を粉砕するとすぐにもう1体が俺に襲いかかってきた。


「侵入者ヲ排じ」

「うるさい。」


 突き出された槍を黒剣で殴りつけて叩き折った。剣を振り下ろした勢いを回転に変えてそのまま足払いをかける。


 足を払うどころか、足を吹き飛ばされた鎧の魔物はその場に転倒し、頭部を踏みつぶされ動かなくなった。


「ふぅ、先に進もうか。」

「千尋……人が変わって……」

「俺は俺だよ。エリオ。」

「そ、そうね。」


 ふうー! 力任せに戦ってみるとスッキリするもんだね! カスみたいな鎧は手応え全く無かったけど、ぶっ飛ばしたら結構気分がよくなった。


「たまには思い切り戦ってみるもんだね!」

「お、おう! そうだな!」

「そうね!」

「元気になったみたいでよかった。」

「元気になりすぎてさっきはどうなるかと思ったぜ……」

「わ、私も少し怖かったわ……」

「ああ、ちょっと前に色々あってねぇ。誰のせいとは言わないけど。」


 俺のイライラムードが緩和したことで安心する2人に、軽く脅しをいれておこう。


 まぁ、なんだ。よく考えればただのいたずらだし、あんなことくらいで怒る必要ないな。エリオには後で謝っておこう。ベック? あいつには謝らんぞ。俺の可愛い可愛い顔に書いてくれやがったからな。


 鎧の魔物を倒すと、先ほどまでは壁だった場所に扉が出現した。


 ときどきこういうファンタジーなことが起こるから怖いんだよな。魔法がある時点で既にファンタジーなんだけどね。


「あの扉の先にいるぞ。」

「地底蠍ね?」

「ああ。いいか、絶対に毒には当たるんじゃねぇぞ。リーゼ、お前は待機してたほうがいい。」

「いいえ。」


 洞窟に入ってからずっと大人しかったリーゼがベックの提案を断った。


 リーゼは戦う術が無いから地底蠍と対面しない方がいいんじゃないか? 体力があるといっても俊敏に動けるわけじゃないし、いざってときは自分で身を守らないといけないんだぞ?


 あ、俺が言える言葉じゃないな。えへへ。


「リーゼ、あのな……」

「私は戦えないかもしれない。でも、皆が命を賭けて戦っているのを待っているだけなんてダメよ。」

「お前には回復魔法がある。居てもらえるだけでも……」

「毒が回って死んでしまってからでは遅いのよ。出来るだけ早く対応するには中に入るしかないわ。」

「……わーったよ。でもあんまり扉の近くから離れんじゃねぇぞ? 流石に人を守りながら戦えるような相手じゃねえからな。」

「わかったわ。ありがとうベック。」

「エリオ、千尋。なるべくリーゼに奴の気が向かないようにしっかりやるぞ。だが、くれぐれも……」

「毒には気をつけろ、と。わかってるよ。」

「よし、じゃあ……行くか。」


 ベックはその扉に手をかけた。


 厳しい戦いの始まりだ。





ーーーー





「フォーメーションは意識しなくていい! 地中から飛び出すときは分かるだろうから死ぬ気で回避しろ! 足元を砂に取られんなよ!」


 ベックはそう叫びながら先に扉を抜けた。


 あの野郎……言い忘れてやがったな。


「俺は左に行く! エリオは右を頼んだ!」

「わかった!」


 どこにいるか、そもそも居るのかすら分からないからどうすればいいのか分からない。だが、地面から襲いかかってくるらしいから立ち止まるのは危険だろう。


 ドームのような広い円形の部屋にさらさらの砂の地面。まさしくボス面といったところか。


 戦いは急に動いた。


 ドォォォォオオオオン!


 轟音と共に大量の砂埃がエリオの居る方角に舞い上がった。


「エリオ!」


 くそっ! エリオは大丈夫か!? 蠍のくせにレディーファースト意識しやがって!


 砂埃を掻き分けながら走っていると視界に紫色の液体が広がった。


「うぉっと!」


 その液体を横っ飛びして回避し、体を捻って液体が飛んできた方向へ、黒剣を構えて突進する。


「おぉぉぉ!」


 キィィィィン!


 剣と剣がぶつかり合ったような音がし、凄まじい空気の振動が起こる。


 その振動により砂埃が晴れたとき、信じられないくらい大きな蠍が現れた。


 地底蠍だ。


「千尋! 上よ! 避けて!」


 エリオが上で剣を構えていた。エリオの剣の先端に、不自然なまでに白い光が集まっていた。


「流聖!」


 光の筋が一直線に地底蠍を貫いた。


「キィイェェェルェェェ!」


 地底蠍と俺はそれぞれ反対の方向に回避する。


 軽く5シメールくらいはありそうな図体のくせにかなり素早い野郎だ。


 地底蠍の回避した先ではベックが足を振り上げて待っていた。


「おらよっ!!」


 蠍はベックの気を纏わせた強烈な踵落しを、2本のハサミを使って防いだ。しかし、そのハサミはヒビ割れ、今にも崩れそうになっている。


 ハサミを2本ともあげているため前がガラ空きだ。


 黒剣はさっき奴の硬い殻に弾かれた。


 俺は黒剣の形を変えながら奴に突進する。


 イメージしたのは針だ。


「ギィィィルェェェァァッ!」


 深々と黒剣が刺さった地底蠍はその痛みに叫びを上げた。


 しかし、まだ俺達の攻撃は止まらない。


 刺した黒剣の柄を足場にしてジャンプ、そして奴の目ん玉に回し蹴りをして片方の目を潰した。


 エリオは剣に聖魔法を乗せて地底蠍の尻尾に何度も高速で突き立てた。


 四方八方からくる痛いでは済まされない攻撃に、なす術もない地底蠍のヒビ割れたハサミにベックがトドメを差す。


 俺はもう片方の目も潰した。


 エリオは尻尾を付け根から斬り落とした。


 それを最後に地底蠍は動かなくなった。


 ……俺達こんなに強かったっけ?


「もう終わったの?」

「お、おお……ちょろかったぜ。」


 どうやら本当に強くなっていたらしい。


「地底蠍の毒をササッと頂戴するぞ。」

「それならもうやってるよ。ほら。」


 黒剣を指差して誇らしげに俺は言った。


「ん? 剣を刺してるだけじゃねえか。毒を取るぞ。」

「まあまあ、見ててよ。」


 剣の柄を持ち、変形させる。イメージは中が空洞の球体だ。この空洞の部分に肉ごと毒を取り込む。


 ズブっと音を立てて剣を抜いて見せるとベック達が驚いて俺の黒剣を見ていた。あれ? 見せたこと無かったっけ?


「お前さんの剣……どうなってんだ?」

「ちょっと形を変えただけだよ。」

「え? 形を……変える?」

「うーん、見せたほうがはやいかも。」


 わけが分からないと言った顔のベックとエリオの目の前で、黒剣を元の形に変形させた。すると、さっき取った肉が落ちて中身の毒が飛び散り、俺の足にかかった。


「あぁぁあぁぁっつぅぅぁぁぁ!!!!!」

「ば、馬鹿野郎!! リーゼ! 早くきてくれ!!」

「ち、千尋!! 何してんのよ!」


 ちょっと失敗。てへ。





ーーーー





 すぐに駆けつけれくれたリーゼのおかげでなんとか命を取り留め、足を失わずに済んだ。回復魔法の需要の高さの秘訣が身にしみるな。


 これで残す素材は一つ。海天魔の喉仏だけだ。


 そういえば海天魔って何だろ。今までのやつと違ってまったく想像つかないな。


「なあ、ベック。海天魔ってどんなやつなんだ?」

「クリオネみてえな奴だ。」

「可愛いわね。」

「いやいや、おぞましいぞ。見たらわかるぜ。」

「海の香りは苦手よ……」


 旅にも余裕が出来てきた。


 最初の頃よりはずいぶんと強くなった。やっぱり実践って大事だね。ベックにもたまには感謝してやろう。


 次の目的地が決まった。


 青い空。白い雲。真っ赤な太陽。広大な青い平原。


 海に行くことに決まった。


「海って言っても入り口はまたまた洞窟だけどな。」


 ……神様ひどい。


 


 


 


 





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