第二十七話-前進-
ガンガンと疼く頭痛を抑えて体を起こし、周りを見渡すと俺は森の中に居た。森は何か懐かしい。
この森の木の高さは普通だ。さっきまでは、あれ? 低くね? とか思ってたが、レイブン王国を出たばかりのときの森のせいで感覚が狂ってたんだろうな。これが、普通だ。
見上げれば届きそうな位置に枝がある。木々に生い茂る葉の隙間から差す日光は天の川を連想させる。
「やっと起きたのね。」
背後から声がかかってきた。なんか俺って背後から声かけられること多くないか? 気のせいかな。
声の正体は考えるまでもない。この世界で初めてかけられた声。それよりも少し高くなった幼い声。エリオだ。
「うん。エリオ、今日もいい朝だね。」
「もう昼よ。」
うん、いい昼だ。空気が澄んでいるし、鳥のさえずりも聞こえる。素晴らしい。アッシは感服致しやした!
エリオが何を言っているんだこいつは、という表情をしていた。お前も結構分かりやすい顔してんじゃねぇか。可愛いから許すけどさ。
「千尋? 何があったか忘れたの?」
あ、やばい。心配されてる。アタマおかしい人を心配する表情だ。俺はおかしくない!! 俺は正常だ! 全力で俺の正常さを伝えよう。そうしよう。
「憶えてるよ。俺とエリオは出会った。そして冒険に出ている。今日もいまから二人の思い出が増え」
「あのね、千尋。聞いてね。」
エリオに諦めたみたいな表情をされた。俺……何か忘れてるの? 記念日? いやいや、付き合ってねぇし。付き合いたいけど。
うーん、何を忘れているのやら……
エリオの話は短かった。
内容は3つだ。
鷹龍と戦った。
倒したけど吹き飛ばされた。
今から山を登ってベック達と合流する。
簡略化されたエリオの話を聞いて記憶が蘇ってきた。無意識に汗が額から垂れてくる。
鷹龍を倒したこと。俺の足が片方千切れたこと。最後に飛ばされたこと。
そして、エリオが高台から落ちてゆく俺を助けてくれたこと。
そのときの映像が記憶と共に思い起こされた。
無重力感に気づいたときには体が空を舞っていた。力が入らなかった。動けなかった。
目の前にエリオが現れた。空中だったのに。飛んできてくれたのか? それもマジで飛ぶの方の意味で。
エリオは俺を抱え、剣を抜いた。そして地面に剣を振りかざし、その先端から光の筋が放たれた。
魔力が剣に乗ったのだ。
エリオの光の斬撃になぎ倒された木々の上に俺たちは落下。そして俺は気絶。そして今ココである。
俺は足を見た。右脚が無い。脛から下がそこには無かった。痛い。しかしあの時程ではない。
「エリオ……ありがとう。」
「い、いいのよ。そんなことより立てるかしら。」
「何とか……ちょっと時間はかかるかもしれないけど、歩けると思う。」
エリオが手を差し出してくれた。その手を掴んで俺は立ち上がる。
しかし二本の足で立つことに慣れていた俺は、たちまちバランスを崩して倒れそうになる。何が歩けると思う、だ。
「っとと……まだ座ってた方がいいわね。と言いたいところだけど、足の出血が酷いし、早くベック達に合流しなきゃね……」
エリオはそう言って肩を貸してくれた。その結果二人三脚みたいな感じで歩くことになった。二人三脚って悪い冗談だよな、ほんと。笑えない。
ん? 分からないか? 今の俺とエリオの足の本数は合わせて3本だろ? あとはわかるな?
ーーーー
俺たちは森を抜けて山を登った。途中で木がなぎ倒されている場所があった。森よ、哀れな私を許したまえ。
山を登っている最中、気まずい空気が漂う。
どうもこうもない。ちょっと会話が無いだけだ。せいぜい5時間くらいだ。セーフセーフ。
エリオを意図的に避けてしまってからは、接触どころか会話すらほぼなかった。いま何を話していいのかわからん。
そんな気まずい沈黙を破ったのはエリオだった。
「千尋、最近……私のこと避けてない?」
唐突に。かつストレートに。ジャブなんてありませんでした。そういやエリオの家に告白に来てた男達も一発で倒されてたな。
「そうかな……」
曖昧な返事しか返せない。気持ちはわかってる。エリオの気持ちも、俺の気持ちも。
いいじゃん、エリオも好きって言ってるんだし好きにしちまえよ! 俺たちは死んだことになってるんだから、エルバークさんに遠慮する必要なんて無いぜ?
心の中の悪魔が俺に囁く。確かに俺の気持ちは概ね悪魔と同じだ。
ちんちくりんな理性だけが俺の考えを抑え、行動を制限していた。
「千尋は……わ、私のこと……きら…いなの?」
涙の混ざるエリオの声が聞こえた。
俺は間違っているのか。俺はエルバークさん達の恩に応えようとしている。これはただのエゴイズムか? 俺が自分を満足させるためだけにエリオを無下にして悲しませているとしたら……
俺は最低だ。自分が恩を返しさえすればいいと思っていた。そんな自分勝手でエリオの気持ちを無視していたのだ。
決意が固まる。足から滴る血も固まる。もうさほど出血はしていない。
あのときの返事を、今返そう。
「エリオ。俺もエリオが好きだよ。」
だから、泣かないで。その言葉は飲み込んだ。泣いていい、俺のせいなんだから。俺がエリオを慰めることができるのなら、それでいい。
「ずっと好きだった。最初に助けてくれたときから、ずっと。」
エリオの足が止まる。顔をこっちに向けてくれない。ただ、手の動きが涙を拭っていることは分かった。
「もう決意したよ。これからはエリオと生きていく。髪を染めて、二人で。」
エリオが泣き声を上げた。悲しかったんだろう。好きな人に避けられて。寂しかったんだろう。俺も寂しかったんだから。
エリオはその場に座った。
エリオに肩を借りている俺も当然、座ることになる。
山の中腹にあたるこの位置からは、夕陽が森を照らしているのが見えた。赤い光に彩られる緑の森は、一枚の絵画のような雰囲気を持つ。
俺はエリオを見た。エリオも俺を見ていた。こういうときは何て言うんだっけ。ああ、思い出した。
「夕陽が綺麗だね。」
「私の方が綺麗ね。」
言われたよくそう。俺がいいたかったのによ。
「そうだな。俺もそう思う。」
悔しいから同意しておく。次第に顔が赤くなるエリオ。自分で言っといてこれだ。可愛いくてかなわん。
バカ、とエリオが俺の頬を叩いた。結構強い。3発目くらいで俺の頬に手が添えられた。やっと叩くのやめてくれたのね。
「千尋。」
名前だけ呼ばれた。
目線が合う。涙で赤くなった目と、少しだけ紅潮したエリオの顔が目の前にあった。
「エリオ。」
愛しい名前を呼ぶ。
他に言葉は必要なかった。
紅く染まる空の下で二つの唇が触れた。
弱く、優しく。何度も触れた。
ーーーー
ベックのレモンのおかげで魔物に襲われることも無く、無事に山を登ることができた。
ベック達も下に降りて来てくれていたらしい。夜が明ける頃にはベックと俺たちは合流していた。
俺とエリオの無事を喜びながらもベックが俺に包みを渡した。
そういや鷹龍を倒したんだっけ。そいつの素材かな?
そう思って包みを開くと、ぐちゃぐちゃになった肉の塊がそこにあった。
かつては自分の一部だったものだと気づくのに時間はそうかからなかった。
「今から治します。」
俺が吐き気に苛まれていると、リーゼが声をかけてくれた。
ん? 治す? それってどういう……
あ! 回復魔法! た、楽しみというかなんというか……
そんな俺の期待をよそに、リーゼは俺の千切れた足を切断面にあてがった。え? そんな物理的な処置なの!? 治ってないですよ!? 魔法は?
リーゼは慌てる俺を無視して俺の足に手を当てた。
「んんっ……」
いやらしいとも聞こえる唸り声をリーゼが出す。
何ということでしょう。先ほどまでは分離していたはずの足が繋がり始めているではありませんか。
足がつながった。潰れていた足も元通りになった。指先まで感覚がある。
俺は立ち上がった。一人で、誰の手も借りずに。
両足で立てる。す、すごい! 治ってる!
「ありがとう! リーゼが居なかったら死んでた!」
「死にはしませんよ。」
「千尋は大げさだぜ。」
俺はエリオを見た。エリオも満足げな顔だ。あ、肩を借りられなくなるのは少々つらいな。
ーーーー
合流できた、足も治った。素材も手に入れたらしい。ならば進むしかない。
「さ、無事に鷹龍の素材も手に入れたことだし、次に進むぞ。」
「どこに?」
「あ、地底蠍んとこにいく。」
リーゼの補足で次の目的地がわかった。
こうして、説明の足りないベックが先導する旅は、折り返し地点へと着いた。
色々前進しましたね。
思いの通じ合った二人がどうなるのか楽しみです。
次回もお楽しみに。




