第二十四話-旅商人-
次の素材の場所にたどりつきませんでした。
「よう、いらっしゃ……ってなんだ、ベックかよ。」
「ハンス。今の俺は客だぜ?客に向かってなんだ、とは酷いんじゃねぇか?」
おっす、俺、千尋。
なんか親しそうに話しているあいつらは無視だ。昔馴染みかなんかだろ。
ベックの一存で勝手に旅商人達のキャンプまで来たけど……こいつら商人っていうよりは盗賊ってほうが似合いそうだな。そんな感じの体つきだ。
今ベックと話しているのはハンスという男らしい。他の旅商人がベックやハンスに頭を下げまくっていることから、ハンスはこの旅商人達の中でも偉い立場なのだろう。
しかしベックはこんな奴らに何の用があるってんだ? のんきにお買い物ですってか? さっさと次の素材を取りにいった方がいいと思うんだがな。
まあ、そう思っても何も言わないんだけどな。ベックは考えなしで行動するやつじゃないし、一番経験も多いからこれにも何かの意味があるんだろう。
エリオも楽しそうに旅商人のおっちゃん達と話してるし、別にいいか。よし、俺もはしゃいじゃお。うぇーい! ……何だよ? 見た目がガキだからいいだろ?
さすがにこんな山奥で商品を広げている旅商人は居なかった。レイブン王国に行く途中らしい。王国までどのくらいかかるのか、と聞いてみると森を避けていくから5ヶ月近くはかかるそうだ。
どうしてそんなことを聞くのかって? そりゃあいつかエリオの家に帰るためさ。今の場所が大体どのくらい家から離れてるか知らないといけないだろ?
その辺の旅商人と実のない話を沢山した。大体がエリオや俺がフードをかぶっている理由だったが、もちろん答えるわけにはいかない。
だから「好きな女の子を周りの視線から守るためだ」と言うとエリオに後ろから殴られた。嘘は付いてないんだよ?
そんな中ある旅商人に手招きをされた。
第一印象は怪しい、の一言だ。片手に水晶玉を持っていて、俺らと同じようにフードをかぶっている女が、真顔で手招きをしていたら怪しい以外の他はないだろう。しかも俺だけではなくエリオまで呼んだ。
「あなたたちは……黒髪でしょうか。」
……ん? いまなんて?
「聞こえませんでしたか。あなたたちは黒髪でしょうか?」
この女、声が小さい。聞き取りにくいね。でも今のは聞こえた。そして声が小さい理由も察した。なるほどね。
だが、怪しいものは怪しい。エリオに目配せをして何も言うな、と伝える。エリオは真剣な顔で少し頷いた。
「そうよ。あなたももしかして黒髪なの?」
えぇぇっ!? いま頷いたじゃん! さっきのアイコンタクト伝わってないじゃん! もしこいつがやばい奴だったらどうすんだよ!
そいつは首を捻る素振りをしたが、少しフードをずらして後ろに隠していた髪を俺たちに見せた。
そいつは紛れもなく黒髪だった。
相手だけ見せるってのも悪い気がしたから俺もエリオも少しだけ自分の髪を見せた。
「やっぱり……ベックが子供二人を連れて来たから、もしかして……と思ってたんですよ。」
「なるほど……? ベックさんが、とはどういうことですか?」
「えっと……何も聞かされてませんか? ベックがこの商隊にいたときの話です。」
「全く聞かされてないわね。」
エリオはもしかしたら聞いてるのかな? とか思ったけどばっちり聞かされてなかったみたいだ。本当に大切なことを言い忘れる奴だ。
あれだろ? 小さい頃にお世話になったから、ここに顔合わせに来たって感じなんだろ? 何で言わないんだよ。そのくらいついて行くってのに。あ、忘れてたのか。
「では、少しお話しますね。私はハンスさんに命を助けてもらいました。」
……いきなり重過ぎだから!
「私は5歳の頃までは髪色は緑でした。5歳の誕生日の前の日くらいから徐々に髪が黒くなってきました。最初は汚れかな、と思いましたが……ドンドン……ぅ……ぅっ……」
な、泣かないでよ。気持ちはわかるけどさ。
「すみません……少し取り乱してしまいました。私はとうとう家から出されました。私を国に突き出さなかったのは、お母さんの最後の優しさだったと
私は思っています。家を出て1ヶ月、私は必死に草や木の実をとって食べていましたが、とうとう空腹のあまり動くことが出来なくなってしまいました。」
動けなくなるまで腹が減る……聞くだけでも恐ろしいことだな……
「そんな私を助けて今の商隊に居れてくれたのがハンスさんなんです。ベックも同じように商隊に入りました。」
おいおい、そんなこと聞いてねぇぞ。だとしたらあの野郎、命の恩人になんて口聞いてやがるんだ! あ、俺もエリオに……よし、許す。ベック許す!
「ベックが商隊に入って5年くらいたったときに、ある冒険者のグループがベックの髪に気がつきました。どうなるか、と一時は思いましたがベックは、1冊の本を手にしてその人たちについて行くことになりました。その本は……」
「黒髪を他の色に染める方法が載っている本、ですね?」
「はい。前々からベックはその素材を集めたいと言っていましたが、ハンスさんが許可しませんでした。でもその冒険者達はかなり有名な冒険者のグループで、ベックはとうとうハンスさんに許可を貰うことができました。」
なるほどね、それがクレンシュナ先生のパーティってことか。
「ベックは商隊を去る前に『お前の黒髪も絶対になんとかしてやるからな』私にと言いにきました。そして、今。ベックが戻って来た、ということです。」
うん。ベックもなかなかやりおる。この人明らかに顔が赤いし、当時のベックを思い出して悶えてんだろうな。
……で。名前は?
「あ、いけない。名前はリーゼです。」
同じ人と長いこと一緒に居るとその人に似るってのはこういうことかな。なんか微笑ましい。
「俺は千尋です。そしてこっちはエリオです。」
「はい。大変なことは多いけど、お互い頑張りましょうね。」
「おう、お前さんたち何をヒソヒソ話してんだ?」
お前のことだよ。
「お、お前……リーゼか? ひ、久しぶり……だな。昔から全然変わってないな、お前。」
「ええ、久しぶり。ベックは少し変わったわね。」
先ほどとは少し違う。砕けた口調のリーゼは少々怒っているようにも見える。
「ベック。」
「お、おう。なんだ。」
「あなたの髪色は変わったわね。おめでとう。私も嬉しく思うわ。でも……千尋さんとエリオさんは何故そのままなの?」
あ、この人知らないのか。色々あったんだよ。ベックも大変だったのさ。俺たちのためにすでに使ってくれてるからもうなくなっちゃったんだよ。
ほら、ベック。お前に悪いところなんて無いんだから堂々と……
「す、すまん。」
馬鹿野郎! なんで誤解しか生み出しそうにないことを言うんだこいつは!
「俺が説明します。」
ーーーー
「つーかよ、千尋はなんで俺に敬語なんだ? エリオなんてはなっからタメ口だぞ?」
「いえ、ベックさんは先輩なので……」
「もういいじゃない、千尋も普通の話し方で。聞いてるこっちもなんかこそばゆいのよ。」
「あのベックが先輩……ふふふっ……」
俺の丁寧な説明のおかげでベックの誤解は解かれた。まあ、そのせいでベックは「言葉か足りない」とリーゼに叱られていた。が、俺もそう思うので放置した。
しばらくは二人は昔の話に花を咲かせていたが、しだいに俺たちの話になった。
俺たちはすっかり打ち解けてしまい、俺もなんだか敬語がばからしくなってベックに敬語を使うのをやめることにした。
まあ、ベックは尊敬しているけどね。相手がやめろって言うならそうするよ。
いつのまにか日が落ちてあたりは闇に包まれていた。1歩先も見えない状況だったので、俺たちはそのままリーゼのテントに泊まることになった。
一言いいか? やばい。
何がやばいってリーゼの乳のことではない。たしかに大きめだが、問題はそんなことではない。
布団が3つしか敷けない。俺とエリオなからだが二人に比べて小さい。あとは分かるな?
そう、同じ布団でエリオと寝る羽目になったんだ。ここは土地が高い。つまり少し肌寒い。布団がないと寒くてかなわん。
あのさぁ。俺とエリオはたしかに小さいよ? でもね、精神年齢はね、二人とも既に大人になってるの。ほら、エリオも今まで以上に無いくらい赤い顔で布団にしがみついてるじゃん。
因みに俺のアレはもうすぐで臨戦体制だ。お互いに出来るだけ離れようと意識して動いていると、どうしてもお尻とか太ももの感触が伝わってきてしまう。
もういちど言わせてもらう。やばい。俺の幼くて可愛いリトルキャノンが一皮剥けちまうのも時間の問題だ。
ーーーー
どのくらい時間が経っただろう。
あたりはとても静かになった。明かりも消えていてあたりは真っ暗だ。ベックはいいけどリーゼを踏まないようにしないとな。
エリオも先ほどから動かなくなった。ようやく寝たようだ。
ふう……耐えた。耐えたよエルバークさん。とりあえず報告しとこう。
俺はというと、逃げるように布団の外に出ていた。とっても寒い。
目が慣れてきても全く周りが見えないので細心の注意を払って布団に潜り込む。エ、エロいことするわけじゃない。俺は寝るだけ、寝るだけっ!
なんとかエリオを起こさずに布団に入れた。エリオは俺と反対側を向いて寝ている。よし、俺も寝ようかな……
エリオが寝返りを打った。いや、エリオは寝ていなかった。寝返りではないか。そして俺はエリオと目が合った。
暗くて周りが見えないはずなのに、なんで目が合うのが分かるのかって? すぐ目の前は見えるんだよ! めっちゃ近いんだって!
くそっ、たった今、目を瞑ろうとしてたのに。
(千尋。)
息9割、声1割って感じの声でエリオは言った。エリオの息が俺の顔にあたる。
(何だよ。)
俺は少しエリオと顔を話しながら言った。しかし、エリオは突然布団の中で俺の手をとった。だからやばいって。ほんとまじで。
(昼に言ってたあれって本当?)
(あれって何?)
(そ、その……好きな女の子が……とか)
(………)
こ、こういうときどうすればいいの? 教えてエロい人!
いや、好きだよ? 好きだけどさ、ここで言うとなんかやばいじゃん! もう俺のリトルキャノンはいつでも引き金引ける状態だよ?
「ねぇ、ベック。起きてるんでしょ?」
「んだよ、今寝るとこだったんだよ。」
突然リーゼが話し出したと思ったら、ベックも当然のように返事をした。
俺とエリオはびっくりしてピクリとも動けない。手は握られたままだ。ちょっと嬉しい。
「私も……一緒に行かせて。」
「何に? まさか俺たちの旅についてくるってわけじゃ……」
「それについて行くの。私はもうあの頃の私じゃないわ。」
「それはダメだ。危険すぎる。あいつらはもう自分の身を守るくらいのことは出来るがお前は……」
「私、回復魔法が使えるようになったの。」
「なっ……」
ベックがハッと息を飲むのが分かった。エリオも目を見開いている。
はて、魔法があるから回復魔法くらいは普通にあると思ってたんだが……もしかしてかなりレア?
「お前っ……それ、誰かそれを知ってる奴は居るのか?」
「ハンスさんには話したわ。でも絶対に人には見せるなって言われた。」
「そうか……お前も変わってたんだな……」
「そうよ。それにもう待つのは……嫌なの。」
最後は少し悲しそうな声だった。どのくらいベックを待ってたのかは知らないが、結構長いこと待ってたんだろう。もしかしたら死んでいるかも知れない、そんな不安を抱えながら。
ベックは「わかった」と重く言った。あの野郎にもリーゼの気持ちが伝わったようだ。
まあ、何にせよ明日にでもハンスさんに言いに行くだろう。俺たちはそのときになって初めて知ったような顔をすればいいだけだ。
「ということで、よろしくね。千尋とエリオ。」
ばっちり起きてるのばれてた。
そしてバッとエリオが手を離した。かなり悲しい。
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ハンスさんは二つ返事でリーゼの旅立ちを許可した。ベックが来たときから勘付いていたようだ。
こうして俺たちの旅にリーゼが加わった。
回復魔法師が 仲間に なった !
って感じだな!
回復魔法の使い手は聖属性魔法の使い手よりも少ないです。
次回は、次の素材の場所に到着します。




