第二十二話-成果-
ベックが地面にあけた穴は丁度俺たち3人が通れるくらいのスペースだった。よって月光熊は下に降りられない。つまり逃げるのに成功したのかな?
ふっ! 俺にかかれば逃げるのくらい簡単さ! 俺のおかげじゃないけど関係ない。いや、俺のチームだから俺の活躍でもある。うん、あるぞ。
エリオの顔はまだ引きつっていた。そりゃそうなるのも仕方ないよな。絶対自分のせいだって思い込んでるだろうし、俺も同じ状況ならそう思うだろう。だけどそんなに一人で抱え込まなくていいんだぜ?
だから俺はエリオを慰めようと言葉をかけた。エリオはこんな顔してちゃダメだ。もっと自信に溢れた笑みがエリオだろ?
「エリオ、気にするなよ。全部ベックが悪いんだから。」
「うおい! 俺のせいかよ! ハッハッ、まぁその……なんだ。言い忘れててすまなかったな。おあいこだから忘れようぜ?」
おっと、思わずベックに全部なすりつけてしまった。でも恨むなよ? お前が言い忘れてたのは嘘じゃないんだからな?
エリオが下を向いてクスリと笑ったのが見えた。これなら大丈夫だ。ベックも罪をなすりつけられた甲斐があったな。なすりつけるって言っても……本当のことだからなぁ。気にすることないか。
「ガアァァァァアッッ!」
月光熊の叫び声が聞こえる。三人に緊張が走る。だが下には降りて来ない。今回は逃げたけど……本当にあんなのに勝てるのだろうか。
少なくとも初見では一撃でやられていただろう。だからベックの判断は意外にも最善の結末を迎えたと言える。悔しいけど、そうなってしまったもんは仕方ない。
「千尋、ベック、ありがとう。」
エリオは自信に満ち溢れて……とまではいかないが、吹っ切れてはいるようだ。うむ、エリオは切り替えがはやくて良い。
「お前さんたち。まだ逃げ切れたわけじゃないぞ? とにかく洞窟を進んで奴から離れたところから外に出るぞ。」
「分かりました。まず暗いので明かりをつけますね。」
「ダメだっ!」
ベックが険しい顔つきで火を出そうとする俺の手を止めた。火を出せる場面が来た! って思ってたのになんで邪魔すんだよ! エリオにいいとこ見せたかったのに!
森で火を起こしても良かったけど、ミスったら火災になりかねないから遠慮してたのに……酷すぎるょ……
「洞窟で火を起こすと見えない毒で人間は死んでしまうんだ。」
「聞いたことないわ。何なの、その毒って。」
「一酸化炭素中毒ですか? すっかり忘れてました。すんまへん。」
確かに密室に近い場所で火を起こしたら一酸化炭素中毒にもなるわな。洞窟は結構広そうだが、外に出る時間がどのくらいかかるか分からないときは使わない方がいいな。だけど5シメール(5m)先も見えないような暗闇を進むのはどうだろうか。
「イッサンカタン……何だそりゃ?」
「え?」
おっと、この世界では知られていないみたいだ。俺もあんまり詳しくないから無駄に知ったかをするのはよそう。いつか墓穴を掘りそうで怖いからな。
本当にその分野に詳しいやつが現れないとは限らない。計算高い千尋、くぅ〜! 罪な男だぜ!
「いえ……本で見たような気したので……」
「あぁ、うろ覚えってやつだな。お前さん、もうきちまったんじゃねぇか?」
自分の頭をトントンと叩いて笑うベック。「老化始まってんぞ。」とでも言っているのだろう。くそっ! 俺はピチピチの18歳だっての!
因みに今は一月。あと1ヶ月くらいで俺の誕生日だ。誰か祝ってくれてもいいんだぜ?
ドゴォオオォォン!!
月光熊が轟音と共にベックが作った穴を広げて降ってきた。
唐突に何か起こすのが好きだなこの野郎。本当にやめてくれ。心臓に悪い。
俺たちのほんわかムードをぶち壊すかのように洞窟の天井が崩れた。洞窟は月の光で照らされた。歪な円のような場所だったようだ。結構広い。
行こうとしていた道も、他の道もほぼ全て土砂で覆い尽くされた。逃げ場が無くなったらしい。上以外の逃げ場は。
お前には言ってねぇよ……祝わなくていいから来ないでくれよ……ほんと帰ってくださいお願いします。
心の中で土下座しながらも状況判断。やっぱり戦闘経験が増えると少しは慣れてくるもんだね。
もう奴のスピードは一度見た。考える間もなく横に逃げれば捕らえられることはないだろう。
ー 落下して頭を打った! 痛い! この恨み晴らす! ー
ん? 今、声が聞こえたような……何だか懐かしいような声だった。ってか頭打ったのってお前のせいじゃね!?
「グルァァァァアッッ!」
皆それぞれ戦闘体制に移った。
エリオは後方。
月光熊が落ちてきた穴からやってくるカマキリのような魔物を倒すのがエリオの役割だ。何も打ち合わせしていないが、何をすべきかを自分で分かっているのだろう。優秀だ。エリオたん優秀だよ。
ベックは前方。
もちろんのことである。ベックは月光熊の気を引いて俺たちに攻撃がいかないようにする。経験者であり、パーティ内、否、世界でも最高レベルの実力者を持つベックが引き受けるべき役割だろう。ゆうしゅ……言ってあげないんだからね!
んで、俺。
エリオは全ての魔物をできる限り少ない魔力消費で倒し続けている。今のところ月光熊の突進は3回中3回ともベックに向けたものだ。二人ともが完璧に役割をこなしている。
重ねて言うけど、俺。
多分、多分だけどね。ベックはさっきから避けているだけだ。攻撃を入れたら回避が間に合わないからだろう。だから、もしかしたら俺の役割は月光熊に攻撃をすることかもしれない。
だが、エリオの魔力がどこまで保つか分からない。万が一のためにエリオの近くに居たい。どちらかを救え、と言われたらもちろんエリオだ。
どうする……
「月光熊は他の魔物を従える」
ベックの言葉がふと頭によぎった。
月光熊が他の魔物を従えてるってことは……奴を倒せば魔物も来なくなるってことか?
分からない。結局何が正解かなんてわからない。
実際の戦闘は流動的なものだ。常に未来は変化しうる。
悩んでてもキリがない。俺は月光熊を速攻で仕留めてエリオを助けに行こう。よし、決めた。
行動を決めた俺はベックを見る。
月光熊はベックに4回目の突進をした。ベックはすんでのところで回避する。
ここで俺は気がついた。攻撃のチャンスは奴の攻撃の直後だ。突進の勢いを止めるために地面に爪を刺している。あれの最中なら手を咄嗟に振り回すことは無理だろう。
俺はベックを追う。ベックが避けたところをすぐに狙えるように。
月光熊はベックを睨みつけ、またも突進の体制をとった。そして月光熊は地面を蹴っとばした。
ここだ。
ベックは避けた。避けられた月光熊は地面に爪を刺した。
俺は、足に込めていた気を解放。足の裏から飛びださせるイメージだ。
月光熊をも凌ぐ勢いで俺は突進し、黒剣を奴の脳天にぶっ刺し……
ヒィィィン!
高い音と共に体に電流が走った。剣に拒絶されたときのような痛み。意思を持つものによる接触拒否。
ー 貴様が一匹めの獲物だ! ー
だから逆恨みだって。死にたくねえよ。
月光熊は腕を振り上げた。とっくに奴の突進の勢いは止まっていた。
終わった。体が動かない。痺れて全く動かない。気を操ろうにも時間がない。死んだ。
「待ってたぜ、止まって攻撃をするのを!」
ベックの気が月光熊の振り上げた腕を切り落とした。凄まじい精度だ。そしてかなり練られた気なのか、気がある部分がよくわかる。その部分の空気がゆらゆらとうごめいているのだ。
「ガアァァァァアッッ!」
腕を落とされて叫ぶ月光熊。しかしその腕から血は出ない。どうなってるんだ。
「泣いても、もう遅いっ、と!」
もう片方の腕も吹き飛んだ。
恐ろしく素早いベックの気が最小の動作で動き続けていた。そしてその全ての動きが月光熊の体を切り刻む。
数秒後には頭と胴体だけが残ったマネキンみたいな月光熊が横たわっていた。流石にもう声も出ないらしい。ちょっと可哀想。
かくして白熱……ではなかったような気がする月光熊との戦いは終わった。
予想通り月光熊が死んだと認識した魔物達はすぐに森へと消えた。俺に聞こえたようにあいつらにも何か声が聞こえたのかもしれないな。となると俺って……魔物? や、やだ!
エリオは魔力切れ寸前だった、というわけでもなさそうでピンピンしていた。 ベックは息一つきれていない。まさか苦戦してたのは俺だけ?
「はやいとこハラワタとっちまうぞ。」
「どうして血が全く出ていないの?」
「それは知らねぇ。だが不死ってわけじゃあない。それだけでめっけもんよ。」
ベックは手際よく月光熊の腹を裂いた。そして中に手を突っ込んで、ぐちゅぐちゅっと音を立ててハラワタらしきものをひきずりだした。
「千尋の活躍のおかげで速攻だったぜ?」
「え? 俺……ただやられそうになっただけで……」
「何か知らんが、一瞬お前さんと月光熊の動きが完全に止まったんだよ。お前さんが何かしたんだろ?」
「いや……俺は何も……」
一瞬動きが止まった? 話しかけられた時だろうか。最近気になることが多い。
それも後で考えよう。分からないことは後に回すに限る。そうやってどんどん忘れてしまうが仕方ない! 忘れてしまったことすらも忘れるからいいんだ!
とにかく月光熊を倒した。ハラワタを手に入れた。
髪の毛の色を染めるための素材を1つGETだぜ!
残りは3つだ。鷹龍の踵、海天魔の喉仏、地底蠍の毒。
次は何かな? ワクワクすんなぁ! 次はどんな冒険が待っ…
「よし、次は鷹龍の踵だ。今日は休憩して明日には発つぞ。」
最後まで言わせろよ!
本当に言ってるわけじゃないけど!
戦闘シーンのはずなのにそれっぽくならなかった
千尋に聞こえた声は何だったのでしょうか
次回は森を抜けます。題名は決まってません。




