01 転生
「うわぁ!魔女だ!逃げろぉ!」
「私達の家が!」
「娘を返して!」
人喰いの魔女・ネクティアは人々の悲痛なその声を無視して、死体で埋め尽くされた血の匂いが充満した道を堂々と物怖じせず進んでいく。
(まだ、足りない)
不老であるネクティアにそんな声は決して届かず、何の意味もない。今まで、散々聞いてきたせいで聞き慣れてしまったのだ。
何千年、何万年と生きてきたネクティアは自分がいつ生まれて、いつ人喰いを始めたのかも覚えていない。
魔女は、人間ではない異種族だ。
不老であっても不死ではない。首を刎ねられたらそれでこそ終わりだ。
魔女は、人間と同じ食べ物を食べはしない。喰らうのはいつだって、―人間だ。
最近になって始めた事ではないのだが、魔力を増やす為に都市の方まで降りてきたのだった。喰えば喰うほど、魔力は増す。魔力が増せば、―より多くの人間を喰うことができる。
「キャア!こっちに来ないで!お願いだから、どっか行って!」
(妊婦。二人分食べられるのは都合がいい)
獲物を狙う様に足取りを進めると、突然腕に軽い痛みが走った。よく見ると、右手が地面に落ちていて、手首が切断されている。
その切断面を感情の込もっていない無表情で見つめていると、あっという間に右手が再生した。
急所である首以外は、何されようが勝手に再生される。
それは、絶えず体内を巡っている魔力を使って体内にある術式を付与したからだ。
「人喰いの魔女、ネクティアだな」
その声につられて顔を上げると、そこには手に剣を持った若い男がいた。
だが、こちとら嫌という程生きてきたのだ。今更、恐れる事なんかネクティアには一切なかった。
冷酷で妖艶な笑みを浮かべると、ネクティアは高らかにこう言った。
「そうだ、と言ったら?」
男はその瞬間、忌々しいものを見る様な目できつくネクティアの事を睨んだかと思えば、手に持っていた剣をギュッと握り直し、ネクティアに斬りかかった。
瞬時に、膨大な魔力で作った障壁を隔てて、余裕と思っていたら、―男はその剣で障壁ごと切った。
「は?」
理解が追いついていないが、とりあえずまずい状況なのは把握したので急いで魔力を放出して攻撃を仕掛ける。だが、男は涼しい顔をして、いとも簡単にその攻撃事切った。
(・・・・・あれは聖剣だわ。私を殺す為だけに作られた、ね。マズイわね。太刀打ちできない・・・・・)
今度は魔力を使う事は諦めて、体を捻って後ろや左右に飛んで攻撃を避けるが、それもやっとの事だった。男の剣さばきには無駄がない。
しばらくそうしていると、壁に背中が当たり、逃げ場がない事を悟った。
(非常にマズイ事になった。この家を壊す事も可能。勿論、左右には飛べるし、上にも飛べるんだけど・・・・・時間がかかる)
どう逃げようかと思い悩んでいると、視界が大きく左に揺れて急速に自分が立っているはずの床が近付いて来て、視線を右にずらすとそこには首から上が消失してその箇所から黒いモヤが噴き出ている自分の姿があった。
(もしかして、首を切られた?)
体の感覚はないので間違いではないだろう。肉体がボロボロと崩れていってるのも何となく分かるので、自分が滅んでいってるのだという恐怖に襲われた。
「よくも、私を!お前の事を一生恨んでやる!私は、お前を許さ―」
その言葉は続かず、そこに残ったのはその状況をただただ冷たい表情で傍観している男の姿だけだった。
♡―♡―♡―♡―♡
「はっ―」
寝台から衝動的に体が跳ね上がり上半身を起こすと、足がプルプルと震えている事に気が付いた。それだけではない。身体中、汗をかいていてベトベトなのだ。おまけに、倦怠感があって、とてつもなく辛いし、苦しい。
(あれは、前世の記憶。死に際の・・・・・)
どうやら生まれ変わってしまったらしい。どこかの国のお嬢様に。自分が今世では何に生まれ変わったのか思い出そうとするけれど、しんど過ぎて何も考えられない。
視界もグニョグニョと曲がって見えて気持ち悪いし、頭だってグラグラする。
「限界・・・・」
そのまま倒れると、ドンという鈍い音を立てて寝台から落ちてしまった。
「―痛い」
グワン、グワンと耳鳴りがする中でドタドタと誰かが走ってくる音が聞こえるけれど、意識が朦朧としていて体を起こすことも声を出す事もままならない。




