特に波乱もない婚約している二人の話
ざまぁはぬるめ
ふんわりと笑う婚約者が可愛くて、オリバーはふわふわとした気持ちで手にした花束を差し出した。
それが初めて会った日の思い出だ。
オリバーはマルメル子爵家の三男に生まれ、いずれは家を出るのだから身を立てられるようにと幼い頃からこつこつと勉強に励んでいた。
決して優秀ではないオリバーだが、努力することが嫌いではなかったので出来ないなら出来ないなりに努力してきた。
頭の良い長兄や剣の才能があった次兄とは違うオリバーだが、何故か顔だけは無駄に良かった。
両親の良いところをかき集めて配置した顔。幼い頃から家族や使用人が「天使」と言うほど愛らしかった。
下位貴族の跡取りでもない、顔だけは無駄に良いがそれ以外は人並みのオリバーの将来を危惧した父は、持てるだけの伝手を使ってある伯爵家の跡取り娘との婚約を成立させた。
国内有数の富豪で、高位貴族も横槍を入れられないそんな家柄。家族が願ったのはオリバーの安全だった。
オリバーは頭はさほど良くない。
けれど、善良で一途な性格をしていた。
十歳で初めて婚約者であるセレーネ・ラドリオに会った時、とてもとても可愛い女の子だと一目惚れした彼は、そこからずっとセレーネに恋をしていた。
家族にどんなプレゼントがいいかを聞いて、高いものは無理だけど自分の目でセレーネに似合うと思ったリボンや髪飾り、花や小物を大好きの言葉と共に贈り続けた。
「オリバー様は、私の顔が怖くないですか?」
「え? 可愛いよ。怖くないよ? なんで?」
「つり上がった目が怖いと言われるのです」
「猫の目だよね。可愛い。あのね、僕は猫が好きだよ。セレーネ嬢は猫は嫌い?」
「好きです。ふわふわの大きな猫を大きくなったら飼いたくて」
「大きな猫とセレーネ嬢、絶対に可愛いよ。結婚したらいっぱい飼おうね」
「はい!」
成長するにつれて可愛らしい顔立ちから男らしく整った顔になっていったオリバーだが、中身はふわふわとしていた。
一途で愛を惜しまず伝えてくれて、そして可愛らしい中身にセレーネもすっかりと大好きになり、二人が一緒にいる日は使用人達の目の保養と言われるほどに穏やかであった。
彼らが十五歳になって王都にある貴族学園に進学した後も、二人の仲は何も変わることはなかった。
ますます男らしくなったオリバーを見て惚れる令嬢が現れるのも無理はなかった。だが、そんな周りの目など気にすることはなく、二人は離れない。
艶やかにうねる黒髪に薔薇のような赤いツリ目のセレーネと金色の髪の毛に海のような青い目をしたオリバーは同じクラスにはなれなかったが、行き帰りの馬車は必ず共にし、昼食時間も必ず一緒にいた。
学園では同じ時期に第三王子や国王の側近の息子達が入学してきたが、セレーネとオリバーには無縁の話だった。
だが、一人の令嬢のせいで嫌でも巻き込まれることになった。
顔が良く、高位貴族の令息ばかりを狙って接触し、籠絡しようとする男爵家の娘のせいで学園内はぎすぎすしていた。
その男爵家の娘はどんな手口を使ったのか、第三王子とその友人を手玉に取った後、爵位こそ低いが顔だけは誰よりも整っているオリバーに目をつけたのだ。
婚約者の有無など関係ない。いや、いるからこそ余計に手に入れようとまとわりつき始めた。
「オリバーさまぁ♡一緒にランチしましょう♡」
「お断りします。名前で呼ばないでください。セレーネ嬢、行きましょう」
感情のこもらない目でキッパリと断ったオリバーは、蕩ける笑みを浮かべてセレーネに手を差し出し、セレーネも微笑みながら手を重ねる。
オリバーに惚れた令嬢はセレーネが羨ましいし妬ましいが、しかしその仲睦まじさだからこそ男爵家の娘に靡かないと思うとスッキリする気持ちで、心がやや不安定になった。
男爵家の娘はどうしてもオリバーを手に入れなければ気が済まなくなり、自分に侍る王子達を使ってセレーネの悪評を振りまくことにした。
いつの頃からか悪役令嬢と呼ばれるようになっていたセレーネは、噂の大元が男爵家の娘であることに気付き対処していたけれど、王子達を使われると中々上手く処理出来なかった。
そんなある日、中庭でランチをしていた二人の元に、王子達に囲まれて男爵家の娘がやってきた。
「オリバー・マルメル。君はミリアを虐めるような女と共にいるべきではない。こちらに来い」
尊大な態度で命令をするのは第三王子で、その腕にしがみついて「オリバーさまぁ」と甘ったるい声を出す男爵家の娘にオリバーは眉を顰めた。
「お断りします」
「何故だ!」
「セレーネ嬢がそちらの方を虐めるのは無理だからです。行き帰りは必ず僕と一緒で、休憩時間も出来るだけ一緒にいて、ランチはこの通り。授業以外は常に僕と一緒にいるので誰かをいじめることは無理です」
「なんだと」
「そもそも、セレーネ嬢と僕は領主経営科で棟が同じです。そちらの方は違いますよね。どうやって接触するのですか?」
「い、いや、それはだな」
領主経営科は内容が特化していること、そして講義の関係で専門性の高いことを行うために棟を分けられていた。
後継者のクラスと、その婚約者の二つのクラスしかなく、一クラスも極めて少ない領主経営科棟は出入りも厳しく確認されている。
ランチの時とダンスや礼儀作法の授業だけ他の学科の子女達と交流出来るのだ。
「そんなこわそーな顔の人より、あたしの方が可愛いからこっちに来てくださいよぉ♡」
王子がたじろぎ言われた内容を反芻している間に、男爵家の娘はまたもやオリバーを名前で呼んだ。
礼儀正しく王子には対応していたが、その男爵家の娘は違う。
「君は僕より頭が悪いんだね。名前で呼ぶなと言ったのに理解してないの? あとさ、君、可愛くないから。どこが可愛いの? 口を大きく開いてみっともなく笑う姿は平民より酷いね。貴族じゃないよ。歩き方も雑で恥ずかしくないの? 殿下、傍に置く女性は殿下の品に繋がります。僕は殿下は高貴で品格のある方だと思っています。本当にその令嬢は殿下の品に合っているのでしょうか?」
途中で第三王子に問い掛ける。
セレーネは背筋を伸ばし、服の乱れもなく、美しく微笑んでいるのに対し、己の腕にしがみついているのは。
冷静になった瞬間、一気に男爵家の娘の品のなさが目に付いた。
すぅ、と潮が引くように気持ちが冷めた第三王子はオリバーのやや過ぎた言葉を咎めなかった。
「婚約者との時間を邪魔してすまない。また、そちらの令嬢の悪評が広まったのは私の責任だ。こちらで必ず名誉を回復する」
「よろしくお願いいたします」
男爵家の娘の腕を振り払った第三王子は身を翻してその場から立ち去る。慌てたように男爵家の娘は追いかけながらも、ちらちらとオリバーへと視線を向けたがオリバーがそちらを見ることはなかった。
次の日には男爵家の娘が退学していたり、セレーネの悪評が徹底的に消されたが、オリバーは当たり前のこととして特に何も言わなかった。
それからもオリバーは無駄にアプローチされたりなどしたが、彼の目はずっとセレーネにだけ向けられていた。
第三王子は婚約者に不満を持っていたらしいのだが、オリバーの言葉に何を思ったのか向き合ったらしく、セレーネ経由で婚約者の女性からお礼の言葉があった。
卒業パーティーでも当たり前のようにオリバーとセレーネは共に入場し、お互いの色の衣装を着てホールでダンスをした。
三ヶ月後には結婚式を挙げるのだが、明日からオリバーはラドリオ伯爵家に引っ越して一緒に住むことになる。
「明日から楽しみですわね」
「そうだね。猫の部屋も準備出来た?」
「ええ。昨日全部揃いましたわ」
学友の家でふわふわの毛並みの猫の赤ちゃんが何匹も生まれたようで、その内の一匹を貰うことになった。
乳離れする頃に合わせて専用の部屋を用意するほどセレーネは楽しみにしていたし、オリバーも楽しみだ。
「これからもよろしくお願いしますね、オリバー様」
「こちらこそよろしくね、セレーネ嬢」
音楽はまだ続く中、二人はお腹がすいたね、と笑いながら軽食コーナーへと足を向けた。
婿入りする顔の良い男がそこまで優秀ではなく、一途でコツコツ型なら。
きっと婚約破棄騒動とかないよなーと思った結果。
思ったよりも反応がありびっくり。
揺らがず波乱なくほのぼのな話に需要があって嬉しく思います。




