海風の通う道
短編試作小説第2弾。
青春ものです。部活です。ラブコメではないです。
SFやファンタジー要素はありません。異世界にも転移・転生しません。
TALES、カクヨムにも投稿。
島国である日本には、全国、津々浦々に半島がある。その半島には周回するような道路があることが多く、国道指定されている場合もある。地方であれば、大きな観光地でも無い限り、交通量はさほど多くないので、ここにマラソンや駅伝のコースが設定されることもある。
これは、大会を控えて駅伝コースの試走にきた、とある大学の駅伝チームの日常を描いた物語。
☆
「3キロ地点、9分27、28、29、30っ!!」
海沿いの国道に、良く澄んだ女子の声が響く。ストップウォチを持った彼女の脇を、Tシャツとランニングパンツを身にまとった若い男子が駆け抜けていく。
「まだ、試走なんだから、飛ばしすぎるなよ?」と、道端にとめた車の中から、年配の、良く日に焼けた男性が声をかける。
ストップウォッチを持った女子は、車の助士席に納まると、置かれていたノートに、先ほどの時間を書き込んでいく。
「監督、次は5キロ地点?」
「いや、あそこは、道端に立ち止まるのがちょっと危険だから、6キロ地点まで行く」
「了解です。あ、で、さっき、次の区間を走るメンバーから、若干1名を除いて、準備整ったって、連絡ありました」
「若干1名って......あいつか?」
「そうです。私の、バカ兄貴です。まったくもう、なにをやってんだか......」
「まぁ、あいつなら、たとえトイレから出てきた直後でも、そのまま全力で走れるから、問題は少ないだろ?」
「トイレから出てくるとき、おまわりさんに捕まらない格好だったら...ですけど...」
監督と呼ばれた男性は、苦笑しながら、車を発進させる。ただし、先ほど、男子たちが走っていったのとは逆方向である。次の信号で路地へ左折、昔からの集落を細い道で抜けると、大きく左にカーブを切った後、道は急な登り坂になる。小さな峠を一つ越えれば、国道への合流点は近い。
「にしても、監督って、いろんな抜け道、知ってますね?」
「そりゃ、自分が生まれ育った界隈だし、現役だった頃には、散々、使ったからなぁ」
「え?、大会のときとかに、ズルして近道でもしたんですか?」
「馬鹿、そんなことしたら失格になるし、そもそも、こんな急坂の道、二本足で走ったら、かえって時間と体力を浪費するぞ?」
「言われてみれば、たしかにそうですね」
「だから、厳密には、現役の頃でも、自分が走らなかった年の大会当日、選手を運ぶのに良く使った...」
峠からは、見晴らしが良く、海沿いの国道や、防波堤越しに海も良く見える。大きなタンカーが数隻浮かんでいる。道の両脇は蜜柑畑で、実が色づき始めている。
この辺りの国道は、すれ違いが困難な往復2車線未満の道になることは流石にないが、片側が2車線以上になる区間もない。駅伝大会当日でも、警察当局による交通規制は、必要最小限しか行われない。故に、出場チーム関係車両は、大会実施中のコース、すわなち、先導車と後尾車の間を『順行』することは、ルールにより禁止されていた。
「...もっとも、ルールを守んねぇ所も少なからずあったけど、自分自身が走った年に、怖い思いしたことがあるから、サポートに回った年は、俺は絶対に自分の車でコースを『順行』することは避けた」
「監督も、現役の頃は、この辺り、本番で走ったんですか?」
「あぁ。ただ、当時は今とは大分コースが違ってて、この区間は、逆向きだったんだ」
「逆向きって......コースが捩れちゃいそう......?」
「単純に半島をぐるっと回るだけのコースじゃなくて、何度か、半島の横断を繰り返す区間もあったんだ。まぁ、それを『コースが捩れていた』と表現できなくもない」
「半島を横断って......アップダウンが大変そうですね?」
「実際、自分が走った区間は、最初の3キロが半島横断区間でちょっとした峠越えだった。もっとも、その後、海沿いのこの道にでてきた後も、見ての通り、地形が険しいから、結構、アップダウンはあるけどな。っと、6キロ地点についたから、頼むぞ」
「はいっ」
防波堤が途切れたところにマネージャー嬢を下ろすと、監督は車をUターンさせ、国道の反対側、バス停で道が広くなった所に車を止めた。まだ走ってる男子たちがやってくるには少し時間がある。バスは当分やってこないのを時刻表で確認すると、彼は車から、ノートとバインダーと筆記用具を取り出し、マネージャー嬢の傍らに立つ。すぐに、
「あっ、監督の文字は、何が書いてあるんだか、後で読めなくなるんで、こっちをお願いします」と、筆記用具一式を奪い取られ、ストップウォッチを押し付けられる。
遠目に見える走ってくる男子たちの集団は、少しバラけているように見える。
「そういうことか......」
ストップウォッチが表示する時間と見比べ、納得する監督。
ちなみに、このマネージャー嬢は同時に8個のストップウォッチを個別に扱うことが出来るということは、監督も含めた陸上部員全員の周知の事実だが、ここには、あいにく、1個しか持てきていない。メモリ機能をフル活用して対処しているが、操作をミスって止めてしまうだけならまだしも、うっかりクリアしてしまったら、目もあてられない結果になる。
☆ ☆
「6キロちてーん......18分56、57、58、59、19分、1、2、3......」
監督が時間を読み上げる傍らで、ノートに各個人の通過時間を書き留めていくマネージャー嬢。
「......28、29、30......おい、まだ走れるか?」
最後尾の男子は、ちょっと苦しそうではあるが、大きく頷いて、監督の目の前を通過していった。足取りはしっかりしている。
「前が速過ぎたんだから、気にせず、自分のペースで行け!」
「この3キロが、1キロ平均3分20秒だから、彼の実力から言っても、試走としては、悪くはないペースですね」
陸上部の長距離部員の中でも、スピードがあるヤツ、持久力に長けてるヤツ、色々といる。最後尾の彼は、5000mだと16分半程度の持ちタイムしかないが、10000mでも33分ちょっとで走りきっているため、そのままのペースでフルマラソンも走りきれるんではないか?という噂を持つ。先頭を走っていったヤツは、1500mならば4分そこそこで走りきるスピードを持つが、5000mになると16分を少しだけ切る持ちタイムになり、10000m以上の出場経験は無い。本当は駅伝を含めたロードレース要員ではないのだが、トラックがオフシーズンになったので、試走だけでも走りたい、との本人たっての希望で今日は走っている。
「これで、全員行った......わけではないよな?」
「ええ、あと1人、まだたどり着いてません」
「3キロのときは、居た、よな?」
「はい、集団になってましたが、全員居たことも、目視してます」
「しかたない。迎えに行ってくるから、お前は、先に次の中継点まで行っててくれ」
監督はストップウォッチと共に、車の鍵もマネージャー嬢に投げ渡す。
「中継点には、別働隊が行ってるし、どうせ間に合わないんで、私も、捜索に行きますよ。
それに、今日は、タスキをつなぐわけでもないですし...」
「いや、次の区間には、アイツがいるだろ。お前が早目に行って、状態を確認しとくのは、必須だ」
「あ~~、忘れてた~~、まったく、うちの、バカ兄貴ったら~~~もぉ~~~」
「そう、怒るなって。ほら、これで、蜜柑でも買って、走り終わった連中と一緒に食っててもいいから...」と千円札を渡す監督。
「監督、中継点の近くに美味しいケーキ屋があるんで、そっちでもいいですか?」
「こら、調子に乗るんじゃないっ!! あと、久々のマニュアルトランスミッション車だからといって、飛ばしすぎるなっ!!!」
「か、監督、どうして、そのこともご存知なのですか? てか、私の運転免許がAT車限定だったら、どうするつもりだったんですか??」
「それはない。お前の、兄貴から、しっかりと、聞いた」
などと言ってる間に、最後の1人が、走ってくるのが見えてきた。いや、もう、既に、走ってるとはいえない速度になっている。なんやか、足を引き摺っているようにも見える。
「あーっ、予定変更だ。300m先にドラッグストアがあるから、氷と湿布と包帯、買ってきてくれ」とマネージャー嬢に指示を出す監督。続けて、足を引き摺ってる男子を「お前は、そこで止まってろ。それ以上動いたら、怪我が酷くなる」と制止する。
マネージャー嬢は、大急ぎで車を駆って、ドラッグストアへ向う。監督は、足を引き摺っている最後の1人に駆け寄り、肩を貸す。そのまま防波堤が低くなっているところまで誘導し、そこに腰を下ろさせ、ランニングシューズを脱がす。見た目にはっきり判るぐらい、左足首がぷっくりと膨れ上がってる。
「なんだ、お前、9月に駅の階段から落ちて捻挫した所、まだ、治ってなかったのか?」
「監督、その時に僕が挫いたのは、右足です......」
「で、無意識のうちに、そっちをかばう走りになっていて、道端の斜めになってるところで、左足をやっちまった、ってところか?」
「......図星です」
と、背後で、車がUターンして急停車した気配を感じる。
「監督っ、氷と三角巾、買ってきました。あと、湿布は売り切れてたようで...」
「さんきゅ。これをここにあてて、ここを結んで、、、これでとりあえずはOKっと。後の座席に乗れるか? なんなら、リアゲート開けるけど...」
「何とか乗れそうです。すいません」
怪我人は後部座席に納まる。監督は助士席に乗り込み、運転席に向って、
「あと、お前、今、車をUターンさせながら止めた時、ハンドブレーキ引いたことは、とりあえず、許す」と話す。
「えーっ、なんで判ったんですか?」
「この道幅で、切り返し無しで一発でUターンするためには、それしか方法はない。ただ、怪我人が乗ってるから、次の中継点までは、あんまり無茶な運転は、するな。次の区間は、先に出てて良い旨、連絡はしとくから。元々、次の区間の途中計時は、別働隊の担当だったし...」
「はい、了解でぇす~~」と運転席のマネージャー嬢が、嬉々とした表情で返す。
☆ ☆ ☆
「そうそう......」と、監督は後部座席の怪我人に向かって話しかける。
「うちは、自分が現役の頃に居たところとは違って、大会には『参加することに意義がある』ってのがポリシーのチームだから、あんまり気にするな」
「えっ、監督が現役の頃に居た学校って、そんなに厳しい所だったんすか?」
「全国大会に出場するのにぎりぎり手が届きそうな所に居たチームだったからな。ま、当然といえば当然だろう。今のうちのチームみたいに、地区大会の予選は突破できるけど、本選ではほとんど区間で繰り上げスタートになっちまうチームとは、レベルが違う。というか、俺が現役退いた直後に、一気にこの地区のレベルが上がったし...その頃は地区大会の予選はなかったし、全国大会は1つだったからなぁ...」
「色々と、世の中、変わってきているのですね」と、マネージャー嬢がしみじみと返す。
「うむ。だが、この、海沿いの道の雰囲気とか、カーブの具合とか、アップダウンとかは、昔のまんまだ。何より、俺の中身も、あの頃のまんまだ」
「え、ということは、僕らも、いつかは全国大会、って考えてるんすか?」
「ばーか、逆だよ、逆。厳しいチームにいたけど、俺は、参加することに意義がある、というポリシーだった。実のところ、駅伝には、そんなに思い入れはなく、その後に来る、フルマラソンやロードレースのシーズンの方が好きだった」
「あ、だから...」
「そう。うちのチームは繰り上げスタートなんて、気にしない。白タスキ、ウェルカムだ。各自が出来る範囲で力を出し切れれば、それでベストだ」
「出来る範囲で、かまわないんすね?」
「そう。あ、でも、そこから区間賞とるのは、止めないぞ。そうなりゃ、万々歳だ」
「え?、繰り上げスタートでも、区間賞の対象になるんですか?」
「勿論、前の区間までに失格になってなけりゃ、ありだ。それよりも、折角、風光明媚な海岸線を走るんだから、その雰囲気を楽しまなきゃ損だぞ。お前もまだ1年生なんだから、今回の大会までに怪我を治すのが間に合わないかもしれんが、デートスポットに使えそうなところぐらいは、自らの目でチェックしとけ、こいつみたいに」と運転席を指差す監督。
「じゃぁ、ケーキ屋、寄っても良いですね?」
「駄目だ。今日は、怪我人の運搬が優先だ」
「だったら、駅に寄ることになるから、ケーキ屋は目の前...」
「そもそも、お前の場合は、デートスポットではなく、自分の楽しみのためだろうが?」
「ひっどーい、私にだって、ケーキをおねだりする彼氏の1人や2人ぐらいは...」
「...彼氏が1人や2人、って??」と、後部座席から率直な疑問の声が上がる。
「なんなら、あんたが、3人目。いや、5人目ぐらい、だったかしら?」
「...謹んで、辞退させていただきます」
そうこうするうちに、中継点が見えてきた。監督はその手前の薬局のところで車を降り、湿布を入手しに店に入る。マネージャー嬢は、中継点脇の広場に車を止め、走り終えた男子たちに、途中の計時結果を伝えている。ちなみに、荷物などは、今日は走らない部員や主に大学院生である若手のOBの協力の元、彼らの車で運んできている。
「さて、では、そろそろ、次の区間に行くぞ。今度は我々が途中計時担当だからな」
「え?、これだけ遅くなっても、まだ間に合います?」
「この区間は、極めて有効な近道があるから、楽勝だ。あ、駅を通るから、乗って行きたいやつは、後に乗れ。あ、こいつは家まで送るのを頼んじゃっていいのかな?」
監督は、怪我人と同じ下宿に住む若手OBに、予備の湿布を渡すと、今度は、自らが運転席に座る。
「駅を通るんだったら、ケーキ...」
「その時間は無い。それに駅に行くやつは居なさそうだから、更にショートカットする」
「ショートカットじゃなくて、ショートケーキ...(涙)」
その後、監督は、信じられないほど細い道を、信じられないような速度で通り抜けたため、助士席のマネージャー嬢が、不覚にも車酔いでグロッキーになり、途中計時できなくなったという事件が発生した......らしいが、それは、監督の現役時代の逸話も含めて、また、別な話、ということで。




