「番外編」 卒業式までの1週間
あの日から、気づけば卒業まであと一週間になっていた。
あと一週間で、彼が卒業してしまう。
バレンタインの日。
私は勇気を出して、彼の下駄箱にチョコを入れた。
でも名前は書けなかった。
書いたのは、学年とクラスと出席番号だけ。
やっぱり、わからなかったのかな。
何も起きないまま、時間だけが過ぎていった。
ホワイトデーは一週間後。
卒業式の日でもある。
何か起こるかな。
……まさかね。
そんなことを思いながら、私は卒業式の総練習の日を迎えた。
周りはみんな「めんどくさい」って言っていたけれど、私は少しだけ楽しみだった。
彼と同じ空間にいられるから。
体育館には、在校生の席と卒業生の席が向かい合うように並べられていた。
私は座るとすぐに、卒業生側を見た。
眠そうにしている生徒。
隣とコソコソ話している生徒。
ざわざわした空気の中で、私は彼の姿を探していた。
そして見つけた。
少し離れた席に座る、彼の横顔。
その瞬間、ふいに目が合った。
遠いのに、ちゃんとわかった。
あ、今、目が合った。
私と彼しか気づいていないような、小さな一瞬だった。
先生も気づいていない。
誰にも怒られない。
だから私は、何度も彼の方を見てしまった。
この時間が、ずっと終わらなければいいのにと思った。
卒業証書授与の練習が始まり、彼が在校生の前を歩いていく。
その時も、彼はこっちを見てくれていた気がした。
私は心の中で、そっと呼ぶ。
――さっちゃん。
あの時、あなたは何を思って私を見ていたんだろう。
そして一週間後。
卒業式の日。
私は三階の窓から、登校してくる彼を見つめていた。
今日で最後なんだ。
そう思うだけで、胸がぎゅっと苦しくなる。
彼がふと顔を上げた。
また目が合った。
嬉しくて、胸がうるさいくらいドキドキした。
すると彼は、そのまま校舎へ入っていき――しばらくして三階まで来てくれた。
「ゆき」
そう呼ばれた瞬間、周りの一年生たちが小さくざわついた。
彼は少し寒そうにしながら、ホワイトデーのお返しと手紙を差し出してくれた。
嬉しかった。
今まで遠くから見つめているだけだった存在が、こんなに近くにいる。
夢みたいだった。
卒業式本番。
寂しくないわけじゃなかった。
今日で、本当に最後なんだと思った。
でも、彼からもらった手紙があったから。
総練習の日みたいに、「終わってほしくない」と思ってしまう苦しさはなかった。
それよりも――。
今までで一番、嬉しい日になった。
卒業式の途中、彼はまた何度かこっちを見てくれた。
卒業証書を受け取って歩く時も、少しだけ笑ってくれた気がした。
気のせいじゃないよね。
そう思ったから、私は最後に勇気を出した。
「第二ボタン、ください」
「好き」という言葉は、去年の秋に友達を通して伝えてもらっていた。
だけど本当は自分の口から伝えたかった。
ずっと後悔していた。
だから第二ボタンだけは、最後に自分の口でお願いしたかった。
きっとあなたがくれたあの手紙のおかげで、勇気がもらえたんだ。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
卒業前の、あの独特な空気や、目が合うだけで嬉しかった頃の気持ちを書きたくて、このお話を書きました。
遠くから見つめるだけだった恋が、最後に少しだけ前に進めた思い出です。
もし同じような青春の記憶がある方がいたら、よかったら感想で教えてください。




