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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【1章】Hello world
6/38

Hello world 1-0

 "北関東某所にある小さな研究所での音声記録1"


「本日はお越しくださり、本当にありがとうございます」

「どうも」

「あなたなら来てくれると信じていましたよ」

「ははっ、あまり来たくはなかったんですけどね」

「手厳しいですね。では、こちらへお座り下さい」

「早速ですが、呼ばれた理由を教えて頂けますか?」

「言わなくても既に分かっているのでは?」

「さぁ、どうでしょうか」

「ご存知の通りと言いますか周りを見たら一目瞭然ですが、私の理論を基にした研究開発をここで行っています」

「はぁ」

「その完成の目処が立ちましたので仁さんに一目見て頂きたくお呼びしました」


「……」

「どうですか?」

「どうと聞かれても……答えに困りますね」

「はっは、それもそうですね。分かりやすい装置や設備があるって訳でもありませんし。では、改めてご説明しましょう」

「お願いします」


「こちらにあるのが……私の理想であり研究所全体の悲願でもある"人類の死からの解放"を実現する装置になります」

「それはそれは……また大層な」


「構造は至って単純ですが、こちらにある強化ガラス容器に特別性の培養液が入っています。本来の液は数年を掛けてどんどん濁っていき状態が悪くなることもあるのですが、その期限を大幅に延ばすことに成功したことに加え、容器に接続されているノズルから新しい液と定期的に循環されていくので状態劣化の恐れは限りなく払拭出来ています」

「……」

「もちろん厳重な密閉状態を確保しているので、そこはご安心を」

「凄いですね、それで?」

「容器は特殊加工されており、よく見ると分かるのですが全面をセンサーが張り巡らされています。それがなにを指すか分かりますか?」

「察しの悪い僕には、なにがなにやら……」

「はっは、ご謙遜を……では続けますね。容器は地下にある超高性能コンピュータと接続されており先ほどのセンサーを通して内部状態の管理を精密に行っています。実際に稼働した際は容器も地下に格納されますので災害などの影響を限りなく抑えています」

「……」


「ねっ、シンプルな構造でしょう?結局は精度と持続性、それに耐久力が重要なんです」

「機器の凄さは伝わったのですが、重要なことが抜けていますよ?」

「はい?」

「……この容器に"なに"を入れるんですか?」

「そんなの決まっているじゃないですか――"人間の脳"です」


「……」

「自社開発した超防水性のBCI(ブレイン・コンピューター・インターフェイス)を脳に埋め込み培養液の入った容器に入れる。それをセンサーによってモニタリングしつつ管理していく……未来永劫ね」

「脳にBCIを埋め込む、ですか」

「脳インプラントはご存知ですよね?現在、世界各国で人間と機械の融合・共生を目指すべく研究開発が行われています。AI研究もその一環ですね」

「……」

「この脳インプラント技術を加速させて死からの解放を実現させます」

「世界で行われている昨今の研究は生温いと感じており、私の研究はそれに終止符を打ったと自負しています」


「はぁ……」

「死への克服を実現させる為には、論理的であり再現性が確保されていることが必須です」

「……と、言うと?」

「生身の人体ではそもそも実現は出来ません。どう頑張っても120年前後で細胞の限界が訪れる。活性酸素による酸化故の老化、染色体DNAの両端にあるテロメアが細胞分裂の度に短くなりいずれ分裂不能となることで生命の死へ繋がる可能性も掴んでいます。癌などの異常細胞の発生やウイルスによる感染症も完全に防ぐことは出来ない……天災などの天変地異や人同士の争いや戦争ではあまりに脆いでしょう?」

「……」

「では、トランスヒューマニズムによる克服が正攻法と言えるでしょう。身体を科学的に拡張させる概念であり人体のサイボーグ化や脳とAIの融合など、最先端テクノロジーで死を乗り越える考えに至ると思います。私の理論も広義的にはトランスヒューマニズムに類されます」

「だから?」


「ただ、私は物理的な克服ではなく認識的な克服が第一だと考えます」


「認識の克服……?」

「そうですね、トランスヒューマニズムの中でクライオニクスという考えがあります。もちろんご存知ですよね?……私はこのクライオニクスを嫌悪しています」

「何故ですか?」

「クライオニクスは法的死を迎えた人体や脳を冷凍保存させて技術革新した未来で復活させてもらうという考えであり、その為の技術ではあるのですが……これって根本からズレていると思いませんか?」

「そうなんですか?」

「未来人へ問題の丸投げ、責任転嫁、物事の先送り、現在に対する事なかれ主義、余りにも他責を問うものばかりの理論なのは周知の事実ですが、私がそれ以上に問題だと考えているのは――死んだら駄目じゃないんですか?」


「……」

「そもそもが寿命の大幅延長や命を救う為の考えのはずが、死を迎えた被験者が対象ならなんの意味があるのかと。そこには法律や利権などの障害があったことは想像に難くないですが、それでは人類の進化を促せないんです。ねぇ、仁さん?」

「なんでしょう?」


「死んでから蘇った自分は……本当に"自分"ですか?」


「……」

「死の判定基準は、呼吸停止、心拍停止、瞳孔散大が一般的解釈です。呼吸と血液循環の完全停止、脳機能の完全停止により蘇生不能な状態が継続した時でもみなされます。そんな状態では、当然ですが意識も消え去り自我は失われます。仮に蘇生技術が向上して現在の死の認定を覆すことが出来たとして、その時に目覚めた意識は本当に自分のままでしょうか?」


「……」

「当たり前だと思っていた自分の所有物である人体――脳、心臓、血液、呼吸、細胞などはそのままなので継続して肉体に依存されますが、魂とも呼べる自意識の部分はどこに紐付いているのでしょう?臓器移植した患者の好みが術後に変化したり思考変化の報告も現在では珍しくない。それで本当に自分は自分のままと言えるのでしょうか?延命出来たところで自我が侵食されていては……自分に限りなく似た別人になっていませんか?」

「さぁ、どうでしょうね」

「自分は自分であると絶対認識出来るからこそ存在証明が成り立ちます。その永続こそ寿命延長や死への克服のはず!」

「……自己の絶対認識、ですか」

「肉体の蘇生だけでは意味ないんですよ。自分は自分であると絶対認識を持ったままの生命活動継続がなによりも重要で優先されるべき!」

「……だから」

「クライオニクスなんて他人任せで曖昧なものでは誰も救えない……ではどうする?先程お伝えした認識的克服を実現させる必要がありました。だからこそ――」


「生きたままの脳が必要、と……」


「その通り!死んで境界線が曖昧になったものではなく存命中の純粋な自意識だから意味がある。生きている人間の脳へBCIを埋め込み管理する――なにか聞いたことはありませんか?」

「なんです?」


「"水槽の中の脳"を実現させ……私は魂の救済を行う!」


「水槽の中の脳……」

「そうです。元は懐疑主義派の思考実験なのですが私の理想にはピッタリの理論でして……意識を司るのは何処ですか?認識はどこからやってきますか?現実はどこで把握しますか?それは全ては脳で管理されています。脳の電気信号により身体中に伝播されていきますので、感情も認識も自我も魂と呼ばれる存在は脳から発生していると私は考えています。その大事な大事な脳さえ生きていれば我々は存在を失わずに済むんです」

「そういうものですかね……」

「独自開発した仮想現実と脳をリンクし仮想現実内で自身のアバターを顕現させる――元の肉体からは切り離されますが、老化や寿命の概念から外れた存在として生き続けることが出来る!そうなれば自我という絶対認識を失うことなく生命活動を永続させることが可能だ、これが私の打ち立てた新たな理論であり死からの救済になります!」


「……」

「いかがですか?世の中にはシミュレーション仮説という考えもあり参考にした部分はあるのですが、実用化に成功したのは私だけでしょう!後は――」

「被験者を募るだけ……ですか」

「はっは、その通りになります」


「はぁ……」

「そんなに不安がらないで下さい。私の理論は完璧です。後は実際に稼働させるだけで誰でも楽園へ行くことが出来るのです!」

「誰でも、ですか?」

「……少しだけ盛り上がり過ぎましたね。誰でも装置への移植自体は可能ですが……私としては少し思うところがあるのが本音です」

「思うところとはなんです?」


「初回の被験者を弊社では"解放者"と呼んでいますが、解放者とは――言わば開拓者でもあります。最低限の社会形成を構築する為にNPCの配置はしていますが、生命活動している人間は仮想世界にはいない。であれば、より良く世界を開拓し導ける人間が良いと思ってしまうのは開発者である私の我儘ではないでしょう?法律やモラルの程度は現実世界と同様に設定しているので、その楽園の最初の解放者は柔軟な思考と遵法精神を備えた人間であるべきだ」

「……」

「なので……仁さんも最初の被験者として候補に挙げています。もちろん本人の意思が最優先ですが」

「僕ですか……」

「そうです。どうですか?」

「僕は長生きしたいと考えていないので」

「それはそれは」

「それが僕を先んじて呼んだ理由ですか?」

「そうですね。解放者へ立候補して頂ければ最高ですが、そうでなくても私の理想に賛同して頂けるだけで十分意味があります」

「僕なんかの賛同ですか?」

「はっは、自己評価が低いですね。あなたの噂はかねてより聞いていますよ?それとは別に、今回はあなたを推薦した人がいたのもキッカケですね、その方からあなたのことを聞いてとても興味が湧いたので個別にご連絡した次第です」


「僕を推薦した人物……誰ですか?」

「その方は前々から付き合いのある顧客でもあるので個人情報は開示は出来ません……申し訳ありません。ですが、その内分かると思うので、その時をお楽しみに」

「僕の直感が『知らない方が良い』と叫んだんで、一生耳を塞いでおきます」


「そう言わずに……仁さん、改めてお願いになります。解放者として死の因果に縛られずに新しい世界を導いてくれませんか?」

「せっかくのお話ですが……あなたのことを人殺しにしたくないのでお断りします」

「時にはモラルを捨てる覚悟が必要です!今の社会では認められなくても将来的には必ず意見は変わるはず――急速な進歩には小さな犠牲は付き物とは考えませんか?」

「考えたことありませんね」

「そうですか……残念です。で、では!解放者にならずとも私の理想に賛同して頂けませんか?」


「……そういうことですか」

「はい?」

「仮に僕が解放者とやらにならず賛同もしなかった場合はどうするつもりですか?」

「それは……」

「この研究所へ来る前に色々と調べたのですが、クライオニクスをダシにした本来の意図と異なる依頼書を各所に既に送り始めていますよね?」

「……」

「医師などの医療関係者に多く送っているのは判明しています。他の業界にもツバ付けているのかもしれませんが短期間の調査では深くまでは追えませんでした。誰が僕を最初の解放者に推薦したかは分かりませんし知りたくもないですが、本当に僕である必要性ってありますか?」

「それはもちろん!」

「そうでしょうか。言葉通りの意味での被験者が必要なだけでは?理論が完璧で成功率100%の魂の救済と本気で言えるなら……コソコソ動いているのが不思議でなりません。論文発表したりメディアに公表したり堂々としないのは何故でしょうか?」

「……」

「あなたが声を掛けている人たちは一見すると遵法精神のある立派な職業をされている方が多いようですが、結局はそういう人たちに認められているという実績が欲しいだけじゃないですか?もしくは、医療関係者になにか思うところでもあるではないか、と……これは僕の憶測ですがね」


「お、私は、そんなこと……」

「僕に白羽の矢が立ったのも……解放者を希望すればそれはそれで良し、断られても賛同すれば箔が付く。探偵業をしている人間なら少なからず正義感があり遵法精神も備えていそうですからね。それに僕は無名で交友関係にも乏しい人間だ、突然消息不明になっても殆ど騒がれない」

「……」

「殺人対象としてはもってこいと思いませんか?探偵であれば刑事事件にも首を突っ込み犯人と相対することも有り得る――犯人の逆上により死んでしまって連絡が取れなくなることもあるのではないかと」

「……」

「残念ながら、現実の探偵はそんな切った張ったの世界ではないんです。刑事事件に変に首を突っ込んだら探偵側が逮捕されてしまうのが当然で、そんな都合の良い職業でもないんです。僕ではあなたの理想は叶えられませんよ。それに、生きた人間から脳だけ取り外しても呼吸停止、心拍停止、瞳孔散大の徴候は見えませんか?脳がないので脳死どころの騒ぎではありません。それは死ではないのですか?詰まるところ、議論の余地がある時点で完璧とは程遠い――だって試験運用の一つも出来ていないのだから。そりゃ実験や試験したいですよね、研究者なのであれば」

「はっは……これは手厳しい」

「私怨があろうとなかろうと僕には関係ないですし興味もないです。ただ、他人の救済の前にまずはご自身について……もう少し向き合ってみてはいかがですか?」


「……それが、あなたの答えですか?」

「はい」


「そうですか」

「脳細胞は他の器官と異なり入れ替わらないと今まで考えられていましたが、短期記憶を司る海馬という部位の神経細胞の入れ替わりが近年解ってきています。そういう意味ではやはり変わらないものはないとも解釈出来てしまう。水槽の中の脳をベースとしたあなたの理論も"脳"が最重要でなによりも尊く扱われる存在だ、僕がなにを言いたいか分かりますか?」

「……なんでしょう?」


「あなたの目指している自己同一性の絶対認識ですら……実はあなただと思い込んで盲信している誰かの意見かもしれませんよ」

「それは認めたくはない考えですね……」


「そうですよね、分かっていますよ。人は1人で勝手に助かるだけって誰かが適当なことを言っていましたが……今回の教訓はこれに尽きるのかもしれません。他人は他人で勝手に幸せを求めて助かる道を模索するので自分は自分でしか救えないんです。残されている時間が少ないのであれば、余計ね」

「……」


「僕からの話は以上です。ご希望に添えず申し訳ありません。では、失礼しますね」


「仁さん……」

「なんでしょう?」

「あなたは話に聞く以上の人でした。最初に話せて本当に良かった……是非もう一度お会いしたいものです」

「そんな大層な人間じゃありませんよ」

「では、今回は話を聞いてもらった分ということで報酬は近日中にお振込みします」

「僕は依頼を請けてはいないしなにもしていません、報酬も当然不要です」

「まぁまぁそう言わずに……私にはもう意味のない物ですから」

 ―― 記録終了


 "音声記録2"


 あぁ、なかなか見所のある人だった。彼には嫌われてしまったかな、それも致し方ないのかもしれない。私は私の理想が完全と信じてこれまで進んで来た……もちろん今でもその気持ちは変わらない。けれど、それだけでは足りないことが露呈した気がしてしまったんだ。しかし、この計画はもう動き出して止まることは許されない。楽園の完成まであと少しのところまで来ている……絶対に実現させる……!私はこのシステムこそが人々を救済へと導く進化の形として最適だと考えている。死からの解放を目的としているのは本当なんだ……仁さんは信じてくれないかもしれないけどね。


 死は生命に対して平等に訪れるものであり根源的恐怖だ。言わば絶対的で機械的なプログラムのようでもある。であれば、死という現象及び状態そのものを取り除く必要がある。対症療法ではなく原因療法でなければならない。病気や腫瘍と結局は同じ……私に残された時間はほぼないだろう、そもそもの病気の進行と薬物療法で体はボロボロになり放射線治療や手術ではどうにもならないと医師から匙を投げられている状態……複数の機関を巡っても答えは変わらなかった。自分と向き合えか……なかなかどうして彼は厳しかった……だが、不器用なりの優しさも感じられた気がしたよ……所員から解放者の候補に元々挙げられていたけれど踏ん切りが付かなかったのも見透かされていたのだろうね。なんとも情けない話だ。


 完璧とは程遠い、完全に満たない、問題の未解決――それなら実際にモデレーションすれば良いのだ。何故これを考えなかったのか……いや、考えてはいたが選択から外していたのは、きっと……自分でも判っていたんだ、まだゴールではないと。そこから目を逸らしたかっただけだ……この期に及んで、なんと恥ずかしい。


 身の振り方は自分で決める――そこから見つめ直そう。残り僅かの人生を私自身の理論で覆そう。最初の解放者となり次の解放者の為の土台を作るのも大切だ、それが開発者の責任なのだろう……もう作り物の人格も必要ない、私……いや、"俺"が生き永らえることで世界への証明とする!俺は俺だと自信を持って宣言する!絶対認識を維持させてやる!死というプログラムを俺のシステムで塗り替える……!!!

 

 希望を未来に丸投げせずに今日を生きる全ての人類へこの記録を残す。あなたの明日は俺が楽園を用意して待ってるから。


 最後に、このシステム"Hello World"が未来永劫続きますように。

 

 ―― 記録終了

1章はここまで。

2章(次話)は26日7:00投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
いきなり哲学的になりましたね。千文字に至りそうな雰囲気がそこらかしこに(笑)
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