Hello world 1-4
仁さんのご病気のせいで1000文字以上も無駄に失われた、どうしてくれる!?
「ご持病については心中察しますが、それでは仕事にならないんですよ……」
今まで何度も聞いた「謎は謎だから美しい」というフレーズ――なんか哲学感を醸し出しているが結局はただの言い訳なのだ。仕事をしなければ物語が進まない。
「くはっはっ!仁さんは相変わらずっすねー」
匁流君は他人事のように大袈裟に笑っている。君も関係者なんだよ?
「長々と能書き並べてましたが結局は面倒なだけじゃないんですか?」
「そうとも言う!」
そうとも言うな、弁明しろ!
「クライオニクスやらなんやらの依頼にこだわる必要はないですが、なにか依頼請けないと生活出来なくなっちゃいますよ!」
「大丈夫、まだ貯金はある!」
そういうことじゃない。
「まぁまぁ、ヒメちゃん落ち着いて」
仁さんが私を宥める素振りをしているが、一体誰のせいだと……!
「あなたの職業はなんですか?」
「え、探偵だけど?知ってるよね」
「もちろん知ってます。私が忘れた訳ではありません。仁さんがどうにもお忘れになられているようなので」
「うん?ちゃんと覚えているよ」
「なら仕事しろやぁぁあああ!!!」
「「怖っ!!!」」
男性陣がビクッと体を震わす。もちろん仁さんへ向けた言葉なのだが、匁流君はもう少し私の側に付いて欲しい。
「そんなにカッカすると……可愛い顔が台無しっすよ?」
匁流君がご機嫌取りに走っていた。露骨さがより機嫌を悪くさせる。イライラな私なのだ。
「はい、この話はおしまい!」
パンパンと手を叩いて会話を終わらした仁さん。いや、プンプンにさせている原因側が終わらせてどうする。せめて仁さんが私の機嫌取りしましょうよ。
「むぅ……」
発散されない苛立ちを抱えてウズウズしている私を尻目に匁流君は仁さんへ言葉を向ける。
「OKっす、仁さん。じゃあこの依頼はなしってことでいいっすね?代わりに断っておきますか?」
「いや、それは大丈夫。もう"済んだ話"だからね」
その言葉を受け匁流君の表情が少し緩んだように見えた。
「あー……そういうことっすか。ってことはさっきの客人は……へぇ、ほーん、OKっす、バッチリ理解出来たっす!仁さんはホント言葉が足りないというか説明する気がないっていうかなんというか」
「そういう訳だ。後は頼むよ」
「御意っす!」
「いつも悪いね、頼りにしているよ」
「そう思うなら態度を改めて欲しいっすね」
「ははっ、そりゃそうだ。考えておく」
匁流君はなにかを察したようで後方彼女面で仁さんと話している。付き合いが長いだけあって二人の独特の空気感が完成されており私が入り込めない会話が度々あったりするのが少し寂しい。
「「ご馳走様でした」」
「お粗末様でした」
食事中の出来事だとハッと思い出して三人で片付けに入る。匁流君が食器を台所へ運び私が人数分のコーヒーを用意して仁さんがニコニコ顔で見守っている(働け)。年季の入った室内だったり家具だったりするのだがキッチン周りだけは比較的綺麗なのが少し可笑しかったりする。お風呂場やトイレもそうだが三人とも水まわりへの意識は謎に高いのだ。
洗い物をしながらコーヒーを飲んでると(食器を洗いたい欲とコーヒーを飲みたい欲の両立を目指した結果だ、行儀が悪いのは許して)、仁さんが小銭入れをプラプラと私の視界に入るように揺らしているのに気付く。
「どうしました?」
「落ち着いたらで良いからさ、ちょっと切手と封筒を買って来てくれないかい?今日か明日にも投函しないといけない書類があるんだよね」
「あ、はい。洗い物が終わったら行ってきますね」
「ありがとう。ついでになにか足りてない備品とかあるならまとめて買って来ても良いからね」
「仁さんの仕事やる気スイッチはどこに売ってますかね?」
「それは先日廃番になったばかりだから難しいんじゃないかな?」
「それでは、仕事しないあなたではなく仕事をちゃんとする仁さんはどこに売ってますかね?」
「駄目だよ、ヒメちゃん!」
「あ、失礼しました」
軽口とは言え流石に失礼が過ぎたか……?
「仕事をちゃんとする仁さんなんて……そもそもどの世界線にも存在していない!」
気にした私が馬鹿でした。
「そうですか、それは本当に残念無念です」
そんな馬鹿なやり取りをしていると匁流君が声を掛けてくる。
「ヒメちゃんおつかいっすか?俺も行くっす!」
「匁流君もなにか用事でもあるの?」
「うーん……まぁ、そんなところっす!」
「そうなんだ、それじゃ一緒に行こうか」
「おつかいって歳じゃお互いないっすけどねー、ウケる」
仲間に加えるとパッシブ効果で全体に毒ダメージを受けるメンバーをパーティーに加えた気分だ。味方の意味ってなんだっけ?
そんなこんなで、私と匁流君の二人で事務所を後にして買い物へ向かう。晴れ間に雲が現れては気持ち良く流れていく。まだ昼間ということもあり風が全身を撫でてくるようだ。卯の花月だからか、だんだんと暖かくなってきて世界に活気が満ちている気がした。そんな季節のパワーを体中に取り込みながら、頼まれていたのは切手と封筒だし近くの郵便局で買えば良いだろうなんて考えながら歩を進める。
「さっきは怒ってたっすねー、ヒメちゃん」
「えっ?……あぁ、いやだって、仁さんが」
「そろそろ慣れないとっすね」
「慣れないといけないんだ」
「そうっす!仁さんは基本的に正攻法で仕事なんてしないんすから!」
「だから仕事しないと私たちの生活も今まで通りに出来なくなっちゃうかもしれないんだよ?」
「そうなんすけどねー、ただお財布の中身は季節と比例して暖かくなってそうっすけど」
「た、確かに……」
全然仕事していないはずの仁さんではあるがお金に困っている姿はそれ以上に見たことがない。懐事情が見えない故の妄想や本人が強がって隠している可能性もなくはないのだが、彼はどうやって収入を得ているんだろうか。
「だから、なんとかなるんじゃないっすか?」
「そんなお気楽な……」
きっと私は貧乏性で心配性でもあるのだろうが、見えないからこそ余計に気にしてしまうのは仕方がないと思いませんか、奥さん!?
「うーん、どうやったら仕事してくれるんだろう?」
「それこそ宇宙の解明以上に難儀な話っすねー」
そんな難易度高い話だっけ?……ん、あれ?
「ねぇ」
「なんすか?」
「さっきなんて言ってたっけ?」
なんか聞き逃した気がする……。
「うん?ヒメちゃんのスカートが春風でひらりと舞い上がった話っすか?」
どんな世界線の話だ、そんな事実はない。
「クマさんプリントのパンツ可愛かったっすよ?」
改めて言うがそんな事実はない。今日の私が穿いているのは黒の……って、おっとっと!罠に嵌るところだった。
「存在しない記憶の話じゃなくて!」
「えー」
「えーじゃありません」
「あぁ、宇宙の解明っすか?」
「その前!」
「うーん、あぁ!正攻法では仕事しないって話っすか?」
「そう、それ!」
正攻法では仕事をしない――ということは、正攻法以外での仕事はしている……?
「お、ヒメちゃんのくせに気付いたんすか!凄いっすねー!」
馬鹿にされていることだけは明白だった。
「そこ詳しく!」
「詳しくって言われても……そのままの意味っすから」
「ちゃんと言語化して!」
「しょうがないっすね、えっと……仁さんは正式な仕事になる前に片付けているってことっすよ」
先程まで優しかった風がその時だけは意思があるかのようにブワッっと強く体を叩いた気がした。
「仕事になる前に片付けている……はい?」
「そうっす!ある意味で、これが仁さんの正攻法なのでヒメちゃんもそろそろ慣れないとっす!」
どう慣れろと……?
「ちょ、ちょっと待って。まだ理解が追い付いていないんだけど」
「頭悪いっすねー」
うるせぇ。
「分かった、分かったっす!その為に付いて来たところもあるので説明するっす!」
「その為に付いて来たならっ!私を馬鹿にする流れいらなかったよね!?」
「じゃれ愛っす、ウケる」
うぜぇ……
「まぁまぁ落ち着いて、ね?」
嗜め方が余計に腹立つ!
「どこから説明したら馬鹿なヒメちゃんに伝わるっすかねー?」
「馬鹿なヒメちゃんにもちゃんと分かるように説明しなさい」
「もう認めているじゃないっすか」
「うるさい!ほら、さっさと話す!」
「うーんと……なら少し休みながら話しましょう」
私たちは最寄り駅近辺にある郵便局から少し手前の距離にある公園に入り、お互いブランコに座りながら話を続けることになった。
「仁さんの基本方針は"事件や仕事の発生前に終わらせて初めからなかったことにする"っす!」
「初めからなかったことにする……」
馬鹿なヒメちゃんには全然分からない。
「事件の未解決ではなく……"無解決"になるように全力を出すって感じっすかねー。事件が起きなければ解決する必要もないでしょ?依頼になり得る事象や事柄を先んじて潰しておく。例え案件として世に出るまでに間に合わなくても、その依頼内容を見て動いた時には既に遅し……人知れずに片付けて初めからないものになっている。そうすれば――」
「謎は謎のままになる」
匁流君が少し間を置いて紡いだ言葉は、耳を通ざすに心に直接突き刺さるようだった。
「で、でも……それって、おかしくない?」
「なにがっすか?」
「確かに事前に終わらせれば探偵として仕事を請ける必要はないけど、結局はなにかしらの成果が出てないといけないでしょ?それなら仕事となにが違うの?」
「確かに矛盾しているっすよね!ただ仁さんの行動から逆算すると、あくまで美学の問題というか認識の違いなのかなって思うっす!」
「美学?」
「そうっす!探偵として謎を解決させてパズルを完成させずに、個人として謎のまま終わらせれば探偵の出る幕はない。ピースの欠けたパズルのままっす」
「で、でも!それでも結局は謎ではなくなるよね?」
「そうっすねー!第三者には『あの件ってなんだったんだろう』と謎めかし、世間に全てが公になるまでの時間稼ぎになれば十分なのかもしれないっすね」
「それになんの意味があるの?」
「だから美学っすよ!謎は残るっすから」
「そんな無茶な……」
「そんな無茶をこなしちゃうのが、我らがいとま探偵事務所の所長っすよ!」
「分かった!分からないけど分かった!」
気持ちの整理も情報の整頓もまるで出来ていない。ただ、彼と生活を共にすることで理解している点を繋いでいくと見えてくる部分も確かにあった。
「どっちっすか」
「全然分かってないけど分かった振りをするよ!で、今回はどんな事件?依頼?を無解決にしたの!?」
「それはっすね!時系列などを逆算して考えると予想は立てられるんすけど、さっき突然の来客があったじゃないっすか?」
「うん」
「あの人が依頼人になり得た人物っすね、たぶん」
「あの人が!?」
「そうっす!謎の客人の依頼を事前に潰したっぽいすね、届いている依頼書の時期的に一番関係ありそうなのが……クライオニクスの件だと思われるっす!」
クライオニクス――冷凍保存にて寿命が尽きるのを先延ばしにさせる技術。
「さっき話題に挙がった例の件ね……」
「依頼書になる前に先んじて情報を仁さんに伝えてはいたので、それを頼りにカタをつけたと思われるっす!」
「でも、あくまで予想で確定ではないんでしょ?」
「それはもちろん仁さん本人に聞いてみないことには確証は得られないっすけど、"済んだ話"と言っていたの覚えてます?仁さんは無解決対応した件を話す際に"済んだ話"って必ず付け加えるんすよ。なので超高確率でこの件で決まりっす!」
「そ、そうなんだ……」
そっちの謎は読み解かないといけないのか……なんて面倒な伝達方法なのだろう。彼の行動原理を理解していないと聞き流してしまうレベルだ。もちろん私はしっかり聞き流してた派。
「なので、正式な仕事は殆どしないっすけど無解決にした謝礼は貰っているので生活費も安心って感じなんじゃないっすか?」
「無解決でも謝礼はもらうんだ……」
それはなにかの法に抵触しないのか?
「相手方が良ければ問題ないっすよ、多分。仁さんの性格的に無理に取り立てないっすからね」
「流石は匁流君だね。仁さんのことをちゃんと把握している……私は全然まだまだだよ」
「いやーどうなんすかね。付き合いの長さ故の問題じゃないっすか?ヒメちゃんもその内慣れてくるっすよ」
「そうだと良いけど……」
「ただ、仁さんがちゃんと説明しないのが駄目に決まってるんすけどね!」
「それはそう!!」
匁流君の予想というか憶測というか推理のようななにかで理解出来た部分もあったが、逆に理解から余計に遠ざかった部分もあるのが本音。釈然としない点も多いし仁さんの目的も全然分からない。このままスルーして良いのかすら判断出来ない。ただ現状で言えることは、相手も満足しており仁さんもそれで良いなら今後も拗れたり悪いことにはならないんだろうという安心感があるということだ。
これもまだ解決しなくてもいい――謎は謎だから美しいかどうかは別として、今は心の端に謎のまま優しく置いておこう。いずれ分かる、その時まで。
「少し話し過ぎたっすね、そろそろ帰りましょう!」
「そうだね。今の内から紫外線対策しないとだけど日焼け止め塗るの忘れたまま出掛けちゃったから正直言うと早めに帰宅したいと思ってたよ」
「さっきまで本作の根幹部分の話をしていた気がするんすけどそんなこと考えてたんすねー。乙女はなかなかに謎が多い生物っす!」
「あれ、これって帰路につきながら話せば良かったんじゃ?って、少し前から思ってたのは……内緒だよ?」
「乙女の神秘力を駆使してもヒメちゃんのクズさを謎めかすことは出来ないみたいっすねー」
二人はゆっくりと静かに公園を後にする。無言が心地良い時もあるでしょ?そんな気分なのだが、隣で歩く匁流君が少し呆れているというか憐みの表情を私へ向けているのはきっと気のせいだろう。
分からないことにモヤモヤしたり知らないことにオロオロしたり出来ないことにヤキモキするのは知性や感情を獲得した人類のある種当然の摂理であり、もしかしたら本能から発せられる信号なのかもしれないが、分かったことでガッカリしたり知ったことでムカムカしたり出来たことでモンモンとすることもあるってことはそれこそ事前に理解しておく必要があるんだ。分からない方が幸せなこともあるし知らない方が得なこともあるし出来ない方が豊かなこともある。私にとってはまだ答えは出ないけど、その内きっと見つかるのかもしれない。
空は風光り少しだけ色合いを変えて積雲と人々の行方を見守っていた――その感情はきっと永遠の謎のまま。
「「ただいま!」」
事務所へ帰ってきた私と匁流君の二人は、帰宅の挨拶もほどほどに各々の部屋に進んでいく。
「二人ともおかえり」
仁さんはいつものニコっとした笑顔(可愛い)で迎えてくれたが、少しだけ微妙な表情を見え隠れさせていた。
「仁さん、どうしました?」
匁流君との話である種の満足感を得ていたので、夕食の時間まで部屋で余韻に浸りつつダラダラゴロゴロとする大切な予定があるから用があるなら早くして欲しい。
「えっと、ヒメちゃん……?」
「はい、なんでしょう?」
「頼んでいた切手と封筒は?」
「……」
「ん?」
「……おつかいの成否は謎のままでも美しいですか?」
本当にままならない。
仕事をしない探偵に明るい悪言助手、そして仕事をまともに遂行出来ない居候――三人の不思議な日々は、きっと明日も続いていく。
「はぁ……なにやってるんだろ、私」
足取りが重いのを同伴した匁流君のせいに少しだけしつつ、夕暮れに染まっていく景色をぼんやりと眺めながら歩く。
「匁流君の夕食にだけ唐辛子を大量に入れておこう……うん、それだ!」
この性格の矯正も冷凍保存して未来に託したいものです。
―― Hello world 無解決
1章は次話(25日7:00投稿予定)まで続きます。




