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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【7章】火芽纏
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火芽纏 7-2

「また会えたかな、纏ちゃん」

「先日はどうも、ヒメちゃん」


 匁流君と事務所へ帰宅し扉を開けると――案の定、想定通り、だろうねと思う存在が目の前に立っていた。


「この前は火芽さんだったのに心境の変化かな?それとも距離が近付いて仲良くなれたのかな?」

「残念ながらそのどちらでもないです」


「なら、どうしてかな?」

「だって……"ヒメちゃん"は本来あなたを呼ぶ名だよね」

 私の言葉を聞いて目を細めた彼女はゆっくりとした口調のまま続ける。


「やっと気付いた。それともようやく目が覚めたのかな?」

「目が覚めたに近いんでしょうね。人のことは言えませんが……あなたも私に対して謎めかしているんだろうなって今更ですが分かります」

「理解してくれて嬉しいかな」

 そう言う彼女は少しだけ表情を崩した。


「あぁ!匁流君、ヒメちゃんおかえり!朝早くから二人で散歩なんて珍しいね」

 間を割くようなタイミングでリビングから絃間杏さんが玄関まで向かってくる。


「おはようございます、絃間さん」

「ただいま、杏さん!」

 私は匁流君は絃間さんへ挨拶を返す。


「ヒメちゃんには改めて説明しないといけないこともあるし、ここじゃなんだからリビングへ移動しよう」

 絃間さんの呼び掛けに応じるように一同は動き出す。


「さてさて、匁流君には今更説明不要だろうからヒメちゃんへ改めての紹介と挨拶をしようじゃないか!」

「お願いします」

 四人はリビングへ移動して思い思いの席に座る。それを見るや絃間さんは全員に聞こえるように話し出した。


「もしかしたら匁流君から事前に説明を受けているかもしれないし、そうじゃなくても既に察しは付いているだろうけど……彼女は"絃間(いとま) (ひめ)"と言って、私の娘だ」

 案の定、想定通り、だろうね。


「年はヒメちゃんと同世代ぐらいかな。まだ早計とは分かっているが、ゆくゆくは匁流君と一緒にこの探偵事務所を任せようと思っている」

 絃間さんは娘である姫さんを指差す。


「そうでしたか」

「……」

 匁流君は静観を貫いている。


「二人は既に面識はあるんだったね。姫は異なる名前をふざけて告げていたみたいだけど勘弁してあげて欲しい。同世代の友人が少ないもので、つい舞い上がってしまったのだろう」

「お母さん、やめて。私が友達がいなくて距離感のバグったコミュ障みたいになっているかな」

「その通りだろう?」

 親子の会話――私が断絶させた現実の風景。


「そういう訳だ。親があれこれ言うのも違うと思うが……せっかくだし仲良くしてあげて欲しい。どうだろう、ヒメちゃん?」

「分かりました。それと絃間さん……私は火芽であっても纏ではなく"明莉"です。呼び方は任せますが姫ちゃんもいるんで明莉と呼んでもらった方が色々と都合が良いかと」

「そうかいそうかい!君はどうやら全てを受け入れたみたいで嬉しいよ!その為の散歩かな?匁流君もニクいことをする……どうであれ天晴れだ!では、これからは明莉ちゃんと呼ばせてもらうよ?」

「えぇ、構いません」

 絃間さんの表情がパァっと明るくなり嬉しそうな笑みを溢す。


「君も罪な男だね、匁流君。情でも湧いたのかな?ちょっと前まではそんな配慮するような子じゃなかったのに……人は成長するものだね」

「そんなんじゃないっすよ!明莉さんが昨日から困惑してたんで少しぐらいは整理させてあげた方が良くないっすか?」

「そうかい、今回は君の意見を受け入れようじゃないか。それで?色々と整理は付けたのかな?」

「そうっすね!少なくても俺は満足したっす!」

 上司と部下の会話、仲間同士の会話、理解し合っている二人の会話――匁流君は気付けばいつもの下手な後輩口調に戻っていた。


「なら結構。あのバカが言葉通りのバカなことをしたせいで明莉ちゃんにも迷惑を掛けたね」

「……」

 あのバカ――今はいない誰かを思い浮かべる。


「お母さん、私の話は終わっていない」

「そうだった!姫と明莉ちゃんの話だったね」

 ちょっとした間を突いて姫ちゃんが会話に割って入る。


「話の途中かな、明莉と名乗った以上……本当の自分を理解したと思って良いのかな?」

「うん、そう思ってもらって大丈夫だと思う」

「そう」


「人見知りな娘を慮っただけでしょうに……」

「お母さん、邪魔しないで欲しいかな」

 絃間さんの横槍をピシャリと弾く姫ちゃん。


「じゃあ明莉ちゃんのことを教えて?」

「答えられることなら」


「あなたの名前は?」

「火芽明莉」


「あなたの両親は?」

「既に亡くなってる」


「その理由は?」

「私が刺して殺したから」


「なんで刺したの?」

「両親の作ったロボットじゃないと証明する為」


「証明の必要性はあった?」

「あった」


「なんで?」

「なにもしなければ死んでいたから」


「その根拠は?」

「親に言われたことがある」


「教えて?」

「18歳の誕生日、私たちの研究が実を結ぶ――その為にこれからも生きなさい。安心して大丈夫、あなたの存在は……"記憶"はずっと生き続けるから」


「そう」

「うん」


「生きていて楽しい?」

「楽しくない。でも生きなきゃいけない」


「なんで?」

「それが罰だと思うから」


「罪悪感はある?」

「両親に対してはない。罪を犯したことにはある」


「いとま探偵事務所で偽りの生活をした理由は?」

「仁さんの誘いに乗ったのが始まりだけど、共に生活することによって裁いてもらえる可能性が高まると思ったから」


「その成果はあった?」

「ご覧の通りの有様です」


「自分から申告しなかったのは?」

「最初の頃はそのつもりだったけど、ぬるま湯の環境に甘えてしまったから」


「常人ごっこは楽しかった?」

「それなりに」


「これからどうするの?」

「仁さんもいなくなっちゃったし……居候は解消かな。事務所を出て誰かさんを探すことになると思う」


「探してどうしたいの?」

「もう一度話したい」


「どんな話がしたい?」

「内緒」


「教えてくれて、ありがとうかな」

「どういたしまして」

 絃間姫と火芽明莉の問答は静かに終わる――お互いに(特に私かな?)取り繕わず会話が出来た気がした……と言っても、私が質問に答えていただけなんだけど。


「ねぇ、姫ちゃん?」

「なにかな?」


「"あなたの代替"としてのうのうと暮らしていてごめんなさい。この事務所を我が物顔で彷徨いていたことも謝ります」

 代替品――どういう経緯だったのか、裏ではどんなやり取りがあったのか、誰の思惑なのか、私にはまだまだ分からないことが多いけど……いとま探偵事務所で私に求められていた役割は、きっと"絃間姫"の代わりなんだ。だからこそ、どちらとも取れる"ヒメちゃん"という呼び方になったと思うし、絃間さんが本当の所長であること、匁流君の「子供と遊んだり」発言……謎だらけの妄想かもしれないけど、そう考えると腑に落ちる部分が色々とある。


「気にしなくて良いかな」

「……」


「私は私で普段通り暮らしていたし。事務所へ遊びに行くこともあったけど明莉ちゃんが暮らし始めた頃はお母さんからの指示もあって立ち寄らなかっただけ。仁君へ挨拶出来なかったことは残念だけど、タイミングの問題に過ぎないから仕方がないと割り切れるかな。だから、別に重く受け止めなくて大丈夫かな」

「そっか、ありがとう」


「それよりも、明莉ちゃんが"明莉ちゃんとして"生きて行く方が嬉しいかな。誰かの代替じゃない唯一の個人として、これからも犯した罪と向き合って欲しいかな」

「……うん、分かった」

 絃間姫の心が伝わったように思える。彼女は一貫して"明莉"と言葉を交わしたかったのだと。


「二人とも良いやり取りだ、お母さんは嬉しく思うよ!」

「邪魔しないで欲しいかな」

 私たちの会話に少しだけ心がホッコりとしたところで、絃間さんが続けて私へ語り掛ける。


「明莉ちゃん」

「はい」


「仁君の独断専行により、君の意思を踏み躙るだけに飽き足らず"無解決"という牢獄のような毎日を送らせてしまうこと……本当に申し訳ない。彼の代わりに改めて謝罪します」

 そう言うと、絃間さんは立ち上がり私へ向けて深々と頭を下げた。


「気にしないで下さい!あ、頭を上げて下さい…元を辿れば私が全て悪いんですから。変な気を起こして罪を犯したのも私です……!」

「彼に所長代理を任せたのは私――明莉ちゃんのことは完全に死角を突いて行われた……匁流君にもバレないように綿密に計画された行動なのが分かる。これは私の監督不行届きが原因で発生したものと言う他ない」

「そうなのかもしれませんが……」


「君はもうこの世には存在しない扱いだ。火芽明莉の死亡届も既に受理されている。国からの支援も援助も受けられない――定職には就けないし、国民保険にも加入出来ない、車の免許さえ取得出来ない。病院へ行っても保険適用出来ないから全額負担……他にも色々と不便なことは多いだろう。これが国民の生活と言えるだろうか?火芽明莉は確かに大罪を犯した、それを償う責任があり意思もあった。それら全てを無に帰す行動を取ったのが暇仁だ。身勝手な判断で"無解決"にした彼の罪は重い」

「……」

 無解決が悪いのではなく責任の範疇を超えた領域にも関わらず自己判断で実行したことに罪がある――優しい声色とは裏腹に個人的な感情を混ぜて話しているように思えた。


「表社会で"火芽明莉"の名は一切使えない。日常生活でも多大な制限が掛かるだろう。自業自得とも言えなくはないが、今となっては後の祭り……君に償う意思と司法に出る志があっても今更意味はない。全てが全て暇仁の思惑通りになってしまった。だから改めて言わせて欲しい……申し訳ございません」

 絃間さんの瞳から本気度がビンビン伝わってくる。初めて会ったときは「仁さんの席を奪おうとしている胡散臭い人」ぐらいに思っていたが、完全にお門違いだ……見る目のないことが今は本当に恥ずかしい。


「謝罪してくれてありがとうございます。気持ちは伝わりました。仁さんにも罪があるのかもしれませんが、私は私の罪を誰かに譲る気はありませんので……どんな困難があっても受け入れます」

 これで良い――このぐらい生き辛い方が罰になる。前科が付いてお務めを果たした人はもっと大変かもしれない。投げ出したり開き直っている訳ではない、私に必要な試練なのだから。


「そう言ってもらえると助かる。私も君の支援をしたい気持ちはあるのだが、どうにも培った人脈と環境がそれを許してくれなくてね……」

「お気持ちだけで結構です。色々と考えてくれてありがとうございます」

 素直に、そう思えた。


「いつ出て行くのかな?」

 姫ちゃんは感情の読めない表情のまま聞いてくる。


「そうだね……思い立ったが吉日ってことわざもあるぐらいだし、みんなと話終えたらすぐに出発しようかな」

「分かった」

 相変わらず読み取れない表情のままだが少しだけ声のトーンが下がった気がした。寂しがってくれているのかな?


「そうかい、動き出すことは素晴らしいけどもう少しぐらい一緒に住んでも良いでしょうに……でも、明莉ちゃんが自分の意思で決めたことだ、その心意気に従おう」

 絃間さんはそう言うと……そのまま私の手を取り、ある物を渡してきた。


「もしものことを考えて先手を打っておいたのが功を奏したようだ。全面的な支援は出来ないがちょっとしたプレゼントぐらいは用意しててね。もし良かったら受け取って欲しい」

 手のひらに乗せられた物を見て……流石の私も色々と察することが出来た。


「良いんですか……?」

「あぁ、もちろん!さっきも言った通り君は死んだことになっている。住民票を除籍されている訳だから国民としてカウントされていない。ただの未登録少女だ……そんな君がこれからを生きる為にも必要かと思ってね。まともな仕事に就けないのだから、このままじゃ人が生きて行く上で必要不可欠な生活基盤を満たせないだろ?当然だが支払いは気にしないでくれ、仁君の暴走に対する私なりの責任と思ってくれて良いよ」

「あ、ありがとうございますっ……!」

 表面がギザギザとした鍵山が特徴の一般的なシリンダーキー。ヘッド部分にはホルダーが付けられており、部屋番号であろう数字が記載されていた――そう、これはきっと私の今後の住処。


「謝罪の気持ちも当然あるけど、もちろんそれだけじゃない。この部屋に住んでもらうことで君の動向も少しは把握しやすくなるだろ?君はなかなか特殊な立ち位置だからね……完全放置の我関せずともいかない訳だ、その点は許して欲しい」

 気まずそうな表情を浮かべる絃間さんを見て、なんだか可笑しくなってしまったのは何故だろう。


「そのぐらい気にしませんよ。どうぞ、好きに監視でも尾行でもして下さい!」

「そんな大袈裟にするつもりはないから安心してくれ。たまに家に訪問して様子を確認したり君と会って話したり程度だ、雁字搦めにするつもりはないよ」

「分かりました、お任せします」

「ありがとう。あぁ、念の為伝えておくと……電気、ガス、水道は開通済みだから好きに使ってくれ。常識の範囲内で使用しているなら支払いは求めない。後は連絡手段だが、室内にスマホが置いてあるから使って欲しい。後々連絡が取れなくなってしまうと面倒だからね」

「なにからなにまでありがとうございます!」

「このぐらいはさせてくれ。君の今後を考えると足りないぐらいだが過保護になっても意味がない。まともな職に就けなくても探せばバイトぐらいなんとかなるだろう……それで衣食は賄ってくれ」

「もちろんです!どうにかします……!」

「良い返事だ」


「遊びに行くかな。たまにね……」

「うん、待ってるよ」

 絃間親子の言葉につい涙が出そうになったのをグッと抑える。それにしても、絃間杏さんは――そう、ちゃんとした大人だった。誤解のない状態で彼女を見ると経験や振舞いの練度が違い過ぎる……落ち着いた態度のまま崩さない。私もいつかこうなれるのかな……?


「じゃあ……行きますね」

「分かったよ、少し経ったらまた連絡する」

「またね、かな……」

 二人との別れも済ませて立ち上がる。すると、今まで静かに見守っていた匁流君がようやく口を開く。


「明莉さん」

「今まで本当にありがとう、匁流君」


「色々と楽しかったです」

「私もだよ」


「これから苦難な道が広がっています。どうにか負けずに歩き続けて下さい」

「分かった、絶対に負けないから!」


「その言葉を聞いて安心しました……あ、ちょっと耳を貸して下さい」

「えっ、なに……?」

 匁流君が私の耳元へ口を寄せて囁くような小声で"あること"を伝えた。


「……考えてくれてたんだ、ありがとう!」

「今回だけですよ」


「頑張るね、私!自分の人生どうにかしてみせるよ!」

「えぇ、頑張って下さいっす!」

 匁流君はとびっきりの笑顔で私を見送ってくれた。うん、もう悔いはない。後は私次第だ!


「皆さん、今までご迷惑をお掛けしてすみませんでした。これからも面倒事に巻き込んでしまうかもしれませんが……精一杯生きますので、どうか見守って下さい。本当にありがとうございました!!」


 玄関扉を開けて外の世界へ出る――昨日と変わらない風景のはずなのに、どうしてここまで違って見えるんだろうか……心境が移ろうことで一変することを思い知る。


「匁流君、伝えて良いなんて許可出したかい?」

「申し訳ありません。ですが、どうしても伝えたくて……」

「ふふっ、守秘義務があるでしょうに……ただまぁ、今回だけは目を瞑ろう」

「感謝するっす!」

「口調がぐちゃぐちゃかな」

 遠くの方から聞こえてくる声に、つい笑いたくなってしまったが今は違う。目覚めた太陽から日差しの挨拶、頬を優しく撫でる風、いつもの街並にいつもの道――昨日と同じようでなにもかも違う今日。世界はこんなにも明るくて綺麗だったなんて知らなかった。下ろしたての靴を履いたらいつもより歩くのが楽しくなる気分を味わっているようだ。この高揚感が気持ち良い……生きるとはこういうことなのかもしれない。類を見ないテンションの上昇に少し困惑もしたが、すぐに慣れてしまうのであれば今はそのドギマギさをエンジョイしたい。そんな都合の良いことを考えながら行く先が決まっているようなフラフラしているだけのような足取り――慣れない感覚に身体が追い付いていないんだろう。


 さぁ、あと少し……明莉も纏もそれを望んでいる。解決しようと無解決で終わろうと構わない。


 昨日よ、バイバイ。明日は今日の私次第――例え、気休めでも自己満足でも。


 


 ―― 火芽纏 無解決

次話は5日7:00に投稿予定です。

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