火芽纏 7-1
「ですので……命令通り、纏さんの目的も暴かせてもらいます」
匁流君の誠意が私を抉り出すーー仁さん風に言えば「美しくない謎解きの時間」のはじまりはじまり。
「まず……纏さんがいとま探偵事務所を訪ねて来たのは春先でしたよね?」
「うん、そうだね」
「率直な確認ですが、その理由は?」
「……」
「纏さんが来た時のことは今でも覚えています……歩く姿に力はなく陰鬱さや落胆さを背負っているかのようでした。ただ――」
「……ただ?」
「瞳の奥に小さな火種が見えました。なにかの強い意思が宿っているようでした」
「……」
「だから最初は依頼人かなとも思ったんですが、仁さんが『住む場所がないんだろ?なら一緒に住もう』って言い出した時には驚きましたよ」
「そうだね……うん、そうだった」
あの時の仁さんを今でも鮮明に覚えている――私の名前を聞いた途端に察したかのように表情がどんどん柔らかくなったんだ。
「それを聞くや否や纏さんも纏さんで『それなら家事全般は全て私がやります』って続けて……」
「ははっ、驚いた?」
「もちろん!二人とも通じるものでもあったのか……あの時の俺はただ見守ることしか出来なかったです」
「気苦労掛けちゃったね、ごめん」
「別に構わないですよ。それはそれで刺激的な日々を送れそうな予感もありましたし、それに纏さんにも興味が生まれました」
「私に?」
「そうです。あんな悲壮感を抱いて絶望と友達契約でも済ませたような空気を身に纏っているのに、瞳の中にはちゃんと意思が宿っている……俺も職業柄思うことがありました。『この人の深淵にはなにかがある』って!」
「それも職業病なのかな?」
「ははっ、そうかもしれませんね」
本来の口調に戻ったせいかどこか大人びた雰囲気を醸し出していたが、笑った時の表情は私の知っている匁流君のままだった。
「それで、匁流君はまずは全てを受けて入れてから一緒に暮らしつつ身辺調査に入った感じなのかな?」
「ざっくり言えば、そんな感じですね……ただ、纏さんに対しては仕事と言うより興味本位が先行していたので、仁さんとは違って空いた時間を使って緩く調べていました」
「そうなんだ。それで私の目的が分かったの?」
「結果的にはそうですが、状況を把握するまでに時間は掛かりましたね……」
「本気で調査してなかったから?」
「まぁ、もしかしたらそれも影響があったのかもしれませんが……非常に巧妙でして……」
「巧妙……?なにが?」
「真相を隠蔽する為に施した偽装工作が、ね……」
「隠蔽、偽装工作……」
その言葉により心に刺さったままの違和感が息を吹き返す。
「いやー、あれは見事でしたね。杏さんなら兎も角、俺レベルでは見破るのに時間が掛かりましたよ……うっかり見過ごす可能性もありました」
「まだ要領を得ていないんだけど……」
グツグツと煮え立つ感情を隠しつつ、匁流君が言っていることにピンときていない部分が多いのも確か。
「それは仕方ないです。"纏さんはなにもしていない"――いえ、実際にはなにかはしたんですが……俺が苦労したのはその後のことです。先程も触れた偽装による真相の隠蔽です」
「なら、その隠蔽って誰が……?」
「仁さんですよ」
仁さん?
「暇仁がやらかしているんです。全く……困りましたよ」
「仁さんがなにかしたの……?」
なんて白々しいことか。
「ははっ、纏さんも今なら分かるでしょう……そもそも、当時から『もしかしたら……』とか考えていたんじゃないですか?」
「な、ななななんのことかな……?」
私の下手過ぎる演技に「それでは自白しているのと大差ないですよ」と、匁流君は笑って受け流す。
「あなたも思っていたはずです。いえ、思わなければ色々と破綻しています……だって、その為でもあるんでしょ?」
「……」
「両親を殺したことを裁いて欲しくて、いとま探偵事務所を訪れたんですから……そろそろ身に纏った謎を解き放つときですよ、纏さん、いや――火芽"明莉"さん?」
匁流君の言葉を聞いて、心に刺さったまま抜けずにいた想いがドバッと弾け飛ぶ。久々に聞いた名前は他人事のようにコロコロと足元を転がるばかり。
「殺人犯として裁いて欲しい……最初はその思いだけだったかもしれません。ですが、気付いたときには自分が起こした凄惨な事件が別モノとして綺麗サッパリと片付けられている」
「……」
「"自分の行いがなかったことにされている"――これから探偵事務所へ出向いて自首しようとしている人からしたら、さぞ意味不明で困惑されたことでしょう」
「……」
「この場合、"無罪放免と受け取り喜ぶ人間"と"存在否定と受け取り自ら主張する人間"のだいたい2パターンになりますが……あなたは後者を選んだ。罰せられる恐怖より存在の消失に耐えられなかった」
匁流君の話を肯定も否定もせずにしっかりと噛み締めるように聞き入れる。大きく広がる下流に身を委ね緩やかに揺られるように。今更、どうしようもないしどうしたいもない。私に出来ることは全てを受け入れて相手と向き合うことだけ。
「名前を偽るという本末転倒振りは今思うと些か苦言を呈したくなりますけど……」
「ドラマやアニメに出てくるような探偵さんみたいだよ、今の匁流君は」
「そんな大層な者じゃないですけどね。それで……明莉さんから異論反論ありますか?」
「ううん、否定するところなんて一つもないよ」
「そうですか」
「明莉って、自分の名前のはずなのに今更呼ばれると少し照れくさいね……」
「名前を偽ったことがないので気持ちに同感出来ない部分はありますが……」
「そうだよね、変なこと言ってごめんね」
私はどんな表情で匁流君と会話しているんだろうか。自分のことなのに全く見当も付かない。笑ってる?怒ってる?悲しんでいる?無表情?
「私の名前――明莉はどうやって看破したの?」
「それは簡単な話で、対象の事件があった家庭のことを調べれば氏名なんてすぐですよ」
「そっか、そうだよね」
「それに……近隣地域で調べても火芽纏という名は戸籍上存在しませんでした。火芽という名字が珍しかったので仮初の事件に辿り着くまではあっという間でしたけど」
私の存在が一枚一枚丁寧に捲られていく。最後になにが残るのだろうか。
「別に今更誤魔化すつもりもないんだけど……私が起こした事件を仁さんが隠蔽したことにより偽装された内容だけが公になったってことで合ってるよね?」
「合ってますね」
「その偽装工作を看破して真相に辿り着けたのは凄いね、やっぱり匁流君も探偵さんだ」
「……他人事のように話すんですね」
「あぁ、違うの!他人事とか責任転嫁するつもりはないよ!ただ……」
「ただ?」
「"纏である自分"に慣れ過ぎたのかな……?半年前のことなのに、当時のこと――"明莉である自分"がどんどん記憶から薄れているんだよ……どっちにせよ自分の問題なのは絶対に忘れていないし、今更逃げるつもりもないんだけど……」
「忘れていく感じですか?」
「結局はそうなのかもしれない。ただ実感としては、纏と偽ったあの日から明莉が死んだ気がして……石が空気などに長い間晒されることによって少しずつ崩れて土になっていくような、実体のある物がどんどんと透けていくような……ちゃんと言語化出来ない、ごめん」
「パッと消えるのではなく少しずつ風化していくような感覚なんでしょうね」
「そうだと思う」
自分のことがなにより難しくて理解出来ていない。とは言え、他人のことを分かったつもりもない。詰まるところ、私はなにも分かっていないただの子供でしかない。
「……二人を殺めた日を境に心にポッカリと穴が空いた気がした。それが日に日に成長している感じかな?拡大していくのが何故か分かる。それに比例して明莉が失われていく――私の約15年間が虫食い問題のように黒く潰されていく。もう実家がどこにあるのかさえ思い出せない」
「そうですか……」
「記憶障害でもあるのかな?診断してないから分からないけど……えっと、ただ、ただね!それのせいにして同情を誘ったり責任転嫁するつもりは全くないからね!!」
「えぇ、分かってますよ」
匁流君の笑顔は変わらない――纏に対しても、明莉に対しても。
「私は……火芽明莉だった者で火芽纏のような者でしかない。中途半端な欠陥品なのかな」
「それはどうでしょう……?」
「だってそうでしょ?殺人事件を犯しておいて未だに裁かれずにのうのうと生き恥を晒している」
「……」
匁流君はなにも言わずに聞いてくれる。
「いとま探偵事務所に行けば、探偵さんが犯罪を華麗に暴いて犯人を突き止めてくれる。そうなれば、目的通り――"自分の意思"による行動の結果を得られると思ったんだよ。私は私の意思で選択したかった……今回はその結果なだけ、両親を恨んでいたし拒絶したいぐらい嫌いでもあった、だけどそれだけじゃない――両親の望むままを提供するロボットではない……血の通った感情のある生き物なんだって知って欲しかった。親がいなければなにも出来ず自立も出来ない子供ではあったけど、それでも個人として認めて欲しかった……所有物でもプログラムを組まれたAIでもない……両親の研究に必要なモルモットじゃない……」
気付けば涙が溢れていた。止水弁が壊れたのか制御が効かない……太ももや地面に落ちていく水滴が心情を物語る。
「そうですね。あなたの考えも分かります……」
感情を抑えられていない私の肩を優しくポンポンと叩き、変わらない笑顔で話を聞いてくれている匁流君を見て余計に涙が溢れてくる。
「ただ、それを証明したい気持ちなだけだった……」
「……そうですね」
「けど、私は間違えた。考えも行動もなにもかも……人を殺してまで存在を確立させる必要なんてない、もっと他の方法もあったんじゃないか、考えたところで私の小さい脳じゃなにも解決なんて出来やしない。だから……」
「だから、その道のプロに頼もうとした」
「そう……殺した直後に警察へ駆け込めば良かったんだろうね……数日経って世界が一変しちゃった」
「……知ってます」
「ふふっ、そうだよね」
「それに、実は自白済みってこと理解していますか?」
「……えっ?」
匁流君は優しい笑顔を少しだけ歪ませる。
「ははっ、やはり忘れてますよね。いつぞや俺と明莉さんで怪談話で盛り上がったこと覚えていますか?」
「……確か、事務所内を暗くしてロウソクの明かりだけで話したんだっけ?」
「そうです、それです!その時に、明莉さんが話してくれたのが仮初ではなく本当の事件内容でした」
「……そうだっけ?全然覚えてない」
「その時のノリと勢い余って無自覚に話してしまったんでしょうね」
「はは……笑えねぇ……」
本当に笑えない。
「安心して下さい。その頃には全ての真相を突き止めていたので!」
「それは安心するところなのかな……?」
「それもそうですね」
雑談の流れで自白とかバカ過ぎるでしょ、私。違う意味で泣きたいよ……全く。
「ただね、未だに不透明な点があるのは確かです」
「不透明な点……?」
「そうなんです。事の真相を把握したのは良いんですが、いとま探偵事務所と火芽明莉の接点が分かっていない」
私といとま探偵事務所の接点――火芽明莉と暇仁との関係性。
「どうしてか、仁さんが関わっていそうな部分だけ靄が掛かったように全貌が見えなくなる……流石は無解決探偵と言うべきでしょうか、そんな能力があるならもっと働いて下さいよって……それは別の話ですね」
「ははっ、それはそうだよね」
暇仁はいつでも暇仁なのだろう。それが分かって少しだけ心が暖かくなった。
「反転した世界で、ふと思い出したんだよ……"いとま探偵事務所"という存在と"じん"という名の人を……」
「ほぅ、それは何故?」
「私もちゃんと覚えている訳じゃないんだけど、まだ幼かった頃の記憶ってやつなのかな?私がもっともっと子供の頃に父親が誰かと電話しているのを偶然聞いちゃって……その相手に向かって「じんさん」とか「いとま探偵事務所」とか言っていた気がする……その朧げな記憶が、私の行動を決定付けたのかもしれない」
「その過去の記憶を辿った結果だったんですね」
「うん、そうだと思う……」
警察ではなく探偵――事件内容を鑑みれば見当違いも甚だしいのだが当時の私にはそれしかなかった。
「それに事務所の場所を検索したら意外と近かったのが助長させたのかもね」
「あぁ、それもあると思いますよ。事件現場――もとい明莉さんの実家からそんなに遠くないですからね、徒歩圏内ですから」
匁流君と話していると少しずつ鮮明になっていく部分に気付く。明莉としての記憶を辿っても実家の場所は判明しない。ただ、纏の記憶を辿ると誰かとその場所へ行ったような……?
「様々な要因が重なった結果として辿り着いたという訳ですね。それを考えると、もしかしたら……」
「……なに?」
「火芽夫婦は、いとま探偵事務所を訪れたことがあるかもしれないと。そこに明莉さんも一緒だった可能性も考えられます。まだ物心付く前で記憶にないだけとか」
「……」
そうなのかな……過去にいとま探偵事務所に来たことがある……?うーん、父親と仁さんが知り合いだから可能性は有り得るか……うーん、全然思い出せない。
「あくまで可能性の話ですから。全然気にしないで下さい」
「思い出したら言うね」
今の話で謎が一つ浮き彫りになったことに気付く。
"纏"という名前について――咄嗟に思い付いたから?どこかでたまたま見かけた?漫画やアニメの登場人物にその名前があったから?何故その名前にしたのか全く思い出せない。命名者である私自身が謎に遊ばれている感覚だ。
「さて、こんなところですかね……あなたの纏っていた謎は概ね脱げましたか?」
「うん、色々と煩わせちゃってごめんね」
「とんでもない」
「……匁流君は、私のことどう思ってる?」
「えっ、こんなタイミングで愛の告白って、ウケる」
キョトンとした顔を私へ見せる……いや、違ぇよ!ここで口調を戻すな、ややこしい!仮に愛の告白だったらウケ狙いな訳ねぇだろ!
「ははっ、冗談はさておき……質問の意図を聞いても?」
「だから、私について――親殺しの凶悪犯罪者が今日に至るまでのうのうとお天道様の下で暮らしていること。裁かれたいと口では吐いていた割に仁さんの提案に二つ返事をして自ら打ち明けないまま半年以上経っている愚行さ、だよ」
恐る恐る匁流君の様子を窺う――この期に及んで他人の顔色を気にするなんて……自己愛が過ぎる、本当に気持ち悪いよ、私。
「そうですね……こんな俺でも多少の正義を志す気持ちはありますから、当然思うところはいくつかあります。しっかり司法で裁かれて責任を果たして欲しいとも思います。ですが、表上は"あなたはなにもしていない"ことになっている――あなたは無罪放免で誰も手も足も出せない状況でもあります。そもそもなにもしていない相手をどう立件するのかという話にもなりますしね。だから、現状の個人的な感情として、人としては好きだが罪をしっかりと自覚して猛省して欲しいって感じでしょうか」
「そっか……」
「暇仁の面目躍如たる活躍のおかげですね。無解決ここに極まれり……本当に面倒だ。能ある鷹は爪を隠すとは言いますが、それにしても隠し過ぎですよ……色々と」
「……」
「あなたが変な行動を起こさず、善行を積み重ね、静かに慎ましやかな生活を今後も送るのであれば……俺は全てを受け入れて黙認します」
「……それが匁流君の答え」
「非常に忸怩たる思いですよ、目の前に犯人がいるのになにも出来ないなんて……それもこれも全て仁さんのせいです」
「……なんか、ごめんなさい」
いつでも笑顔が絶えない匁流君が、この時ばかりは苦虫を噛んだ表情で私を見つめていた。
「あぁ、もう!なにが無解決探偵だ!ニッチなサイエンス学者の暴走ぐらいならそれで良しと思えますが、凶悪犯罪者が目の前にいて本人から自白も得ているのに指を咥えて見ていることしか出来ないなんて……家庭環境や少年法でいくらか情状酌量の余地があるとは言え、無罪判決ではなく"なかったこと"として扱われる。そもそもないことに手出しは出来ませんからね、クソッ!」
怒ってる……ごめんなさい。
「犯人役と娘役をどうやってか仕入れて、まず両親と娘役を改めて刃物で刺して殺すよう犯人役へ促し、そのまま家にガソリンをひたひたに撒いて無理心中するよう誘う――本当の娘に関わる痕跡や指紋なんて一切残らないよう念入りに焼いた。代わりに犯人役の痕跡だけは上手く残す……推理小説に出てくるトリックのようでした。捜査は行われましたが"犯人役による火芽一家殺人事件"として幕を下ろしています」
「そういうことになっていたんだ……」
「隠蔽工作の技術もさることながら手回しも巧みでした。捜査打ち切り後、どうにかして工作したと思われる物的証拠などかき集めて警察や各機関へ相談したのですが『本件は解決済みで追加捜査の必要性はなし』と一点張り。門前払い同然の対応でした……近隣住民にも色々と取材したんですが大した成果は得られなかったです」
用意周到過ぎるよ、仁さん……
「見事に完敗です。俺では"無解決"をひっくり返すことは出来ませんでした。ここまでしますか、普通!?」
「わ、私に聞かれても……」
仁さんの動機――そこまでするのは何故か?多大な労力と罪人の咎を背負ってまで成し遂げた理由は?自分の為、私の為、誰の為?
「だからこそ!せっかく仁さんが身を粉にして場を演出したんです、動機は未だに分からず終いですが……本人の意思問わず結果的に救われたんですからね?身勝手な行動をして混乱を招くのは控えて下さいよ!」
「そ、そうなんだけど……」
一般的には有難いことだと思う……こんな奇跡はまず起こらない。仁さんの美学か気まぐれか――結果的に私は救われたのだから。このまま静かに暮らせば良いのだ……それが絶対に正解だもん。きっと、そう。
「返事は?」
「……はい」
その間を匁流君は目敏く察知したのか怪訝な表情へと変化させる。
「本当に理解していますか?」
「う、うん!もちろん!」
「はぁ……嘘が下手ですね」
「そ、そんなこと……」
「仁さんに会いたいですか?」
「うん、会いたい」
迷いはない。もう一度会って話したい。
「そうですか……俺としては正直複雑な思いです。別に嫌っている訳ではないですが、仁さんがお役御免となり退場した以上、明莉さんと再会させたくないとも考えてしまいます」
「そっか……でも……」
匁流君の立場からしたらそうだろう。結果だけ見ると、仁さんも私も完全犯罪を達成している似た者同士……公にならない以上、真相がどうであれ私たちは無罪と変わらない。そんな二人を今更会わせてもロクなことが起きないと考えるのは至極当然だ。
「……分かりました。少しだけ考えさせて下さい」
「ありがとう、匁流君」
「さてと……これからどうしますか?」
「これから?」
これから……とても大事な選択だ。
「仁さんのことは一先ず考えないとして……これからもいとま探偵事務所に居候を続けますか?」
「……流石の私もそこまで図々しくはないよ」
「やはり、そうですか」
匁流君は判断に迷う表情で私を見つめる。
「せっかく匁流君が誠意を見せてくれたからね、私もこのままじゃいけないでしょ?」
「警察に駆け込んで自首とかしないで下さいよ?」
「分かってるよ!迷惑は掛けない、きっと、たぶん、善処する……」
「信用ならない発言は止めてください……」
溜息混じりだがいつもの優しい匁流君の表情に戻った、それが今はとても嬉しい。
「私は"無罪"という罰をちゃんと背負って……これからも自分の意思で生きるよ」
「そうして下さい。それがあなたには必要です」
そう言って彼も私も笑い合った。
もう昨日までの生活には戻れない――誰の為でもない自分が自分である為に必要なこと。自分の意思で選択することを求めた私には本来なら不要な日々だった。ちょっとした回り道、少しの間の休憩、物事を知る為の待機時間、そんなところだ。
「今まで本当にありがとう」
「どういたしまして」
「短い期間だったけど楽しかったよ」
「俺もです」
「「…………」」
言葉はないがお互いになにかを確かめ合う時間――相手の考えていることは分からないが、きっと伝わっていると良いな。
「じゃあ、帰りますか!」
「うん、そうだね!」
ベンチから立ち上がり「うっ……ううん!」と両腕を上げて背伸びをする。公園を出たら全てが変わって全てが終わる。今後は匁流君との楽しいお話はなかなか出来なくなるだろう、仕方がない……寄り道して手にした束の間のボーナスタイムと思っておこう。
公園から出た二人は歩幅を合わせたまま帰路につく。無言で暫しの間歩いていたがポツリと独り言のような小声が空を舞う。
「……帰ったら"いる"んだよね?」
「えぇ、"います"よ。きっと二人とも」
それ以上の言葉はいらない。
見に纏った虚構の果てに明るみになった現実――委ねた者、手を差し伸べた者、認めた者、解明する者、様々な要因によって今を作り出している。その結果であれば甘んじて受け入れよう。逃げても目を逸らしても蓋をしても偽っても誤魔化しても身に纏ってもなにも覆らない。今更ながら少しだけ理解出来た気がする。
なにも為せなくてもなにも手に入らなくてもなにもかも失ったとしても……その経験が自分を形作るのだから。それだけは忘れてはいけないんだ、きっと。私は私の謎を脱いだ先を見よう。見据えて見定めて一歩を踏み出そう――その先が壁でも崖でも嵐でも進むことが必要だから。生き永らえることは決して良い意味ばかりではないけど、それが今を作ってくれた人たちへの感謝になると信じて。
「あぁ、そうだ!確か……いとま探偵事務所のジンって言ってたよね……?父と交流あるなら話が早い――その人に私を裁いてもらおう」
今まで背中に寄り掛かっていたあの日の思い付きがどこかへ離れていく。ふんわりと軽やかに――行き場を失って彷徨うのとは違い、ひまわりの新芽が太陽を追い掛けて成長するように明確な意思を持って。
こうして火芽明莉の子供じみた計画は破綻した。
次話は4日7:00に投稿予定です。




