Hello world 1-2
暇 仁――いとま探偵事務所所長にして唯一の探偵。「彼」や「お前」と呼んでいたのは決して紹介するのが面倒だった訳でも失念していた訳でもない……うん、決して。探偵である仁さんの助手的支援や雑務などを私ともう一人で分担している。無理矢理転がり込んだ手前もあるので、私の場合はみんなの生活の面倒や雑用をやることが多いのは仕方がないことなのだ、決して能力が不足しているという不名誉な理由ではない……そうとも、決して。外見的特徴は、髪ボサボサで身なりを気にしていないのが明白な無精髭を生やした中肉中背、細い目(笑顔で目がクシャっとなる時が可愛い……腹立つ)、身に付けている時計は安物、服装は意味不明(作務衣だったりアロハシャツだったりどこで買ったのか気になる謎のデザインTシャツなど)で、スーツ着用時なんて余りのギャップに脳がバグってしまい胸キュンが止まらなかったのは秘密だ。年齢は30〜40代ぐらいで学歴や経歴は不明、探偵業を始めてそこそこ長いらしい。
情報が少ない?憶測が多い?それはそうだろう――私も知らないのだから。仁さんは自分のことをとにかく語りたがらない。引き出そうと試みたこともあるのだが全く口を割らない。業界的に守秘義務なことが多いのは分かるが、それとこれとは話が違う……探偵相手に尋問することがここまで難しいことなのかと実感する。せっかく公私混同の生活をしているのだから少しぐらい開示してくれても良さそうなものだが、仁さんは意識の有無を問わず明確に一線を引いている気がする。昔のやんちゃ話や黒歴史による羞恥心からくる秘匿ではない――意図的であり露骨なまでに作為的だ。それが少し寂しくもあるが、仮に色々と知ってしまったら……今までの生活が一変するというか崩壊してしまう気もして、これ以上踏み込むことが出来ない。謎を暴くのが仕事の人間自身がなにより謎で一番のブラックボックスというのも難儀な話である。あくまで勝手な妄想だから信憑性なんてものはなにもない。過去がどうだったかより今のその人を評価するのが私なのだ。うん、良い女。
「僕の紹介から最後は自分の自慢になってない?……ねぇねぇ?」
だから、地の文を勝手に読むな。
「私の知っている情報は全て出しましたよ?足りないというのならもっと教えて下さい」
「謎めく探偵って絵になるだろ?」
「自分で言うな。なんなら私たちは一生イラスト化なんてされませんよ」
「それは残念」
残念とは言葉だけで、なにも感じていないであろう表情のまま食後のコーヒーを口に含んでいる(仁さんはブラック派)。猫ちゃんがプリントされたカップでコーヒーを嗜む姿は一部界隈(当社比)で歓喜な風景だが、謎めいているのは本当なんだよなぁ……
「仁さん、本日のご予定は?」
「うーんね……コーヒー飲んだらソファに横たわるでしょ?」
「はいはい」
「その後はテレビ見るでしょー?」
「はぁ」
「お昼になったらヒメちゃんの美味しいご飯食べるでしょー?」
「あっ、はい……」
「日課のランニング行ったりゴロゴロするでしょー?」
「はぁ……」
「夜になったらご飯食べてお風呂入って寝る。以上!」
「……」
「いやぁー充実した一日を満喫出来そうだね」
「仕事しろよ!!!」
いや、マジで働け。
普段の生活費は所長の貯蓄から捻出されており、お財布の紐を奥さんに握られている旦那さんの如く月初にまとまった金額を手渡しされる。それで三人分の食費や雑費等を賄い家計簿にコツコツまとめるのも私の立派な仕事だ。みんな浪費癖はないので金銭的な問題はないし入用なら頼めばすぐに渡してくれる。ただ、仕入れがなければ出費がかさむばかりでいつかは尽きてしまうのが自然の摂理――仁さんは基本的に事務所に引きこもっているか、日課のランニングかブラりと散歩や徘徊程度、まともに仕事している姿なんて記憶の最奥にひっそりと残る程度しか目撃していない。超絶低頻度の仕事量でどう工面しているんだろう?依頼料をぼったくってる?大量のパトロンやエンジェルさんが裏にいるのか?も、もしや!危険な業界からの援助?想像は尽きないがお金のことも一切の開示がないなぁと今更ながらに思う。あ、怪しい……
「お仕事はどうされました?」
「うーんとね、休み!」
「年中無休だろうが」
「そうだっけ?」
弊社は自社サイトもなければ宣伝広告の類いも一切行っていない。れ、令和ですよ……?悪戯電話が煩わしいという意味不明な理由で固定電話も見当たらない(探偵事務所に固定電話がないのならどうやって問合せをすれば良いのだろうか?)。定休日は特にないようなので年中無休という体にはなっているが……逆説的に毎日定休日となっていないか?
「依頼や案件はなにかないんですか?」
「ないよ」
「嘘吐け、出せ!」
「そんなに働きたいなんて珍しい人種もいたもんだなー」
仁さんは本当に嫌そうにしながら渋々と席を立ちそのまま自身の書斎に入っていく。類を見ない牛歩だった気もするが無視しよう。暫く待っているといくつか書類を持って戻ってきた。
「こんは感じかな」
手に持った書類をテーブル上へ無造作に広げる。
・浮気調査
・行方不明者捜索
・ストーカー調査
・学校内のいじめ調査
・UMA捜索
・素行調査
・信用調査
・クライオニクス技術の必要性
・秘密結社潜入
・犬の散歩代行
・幼児預かり
・UAP(未確認空中現象)調査
・退職代行
探偵業をなんだと思っているのかと苦言を呈したくなる依頼は放置するとして……妥当な依頼も複数あるじゃん!放置している理由はなに!?
「ちゃんとした依頼もあるじゃないですか!」
「それはそうだけど……」
小説やドラマなどでは、警察と協力したり出し抜いたりしながら凶悪な事件に立ち向かい見事に解決に導くポジションで登場することが多い探偵だが、それはあくまでフィクションであり架空な登場人物である。人それぞれ感覚の違いはあれど現実の探偵は地味だと私は思っている。なにかの調査で尾行や張り込みをやり続けることなんて当たり前、関係各所への事情聴取するだけの時もある。役所の窓口で手続きするだけの簡単な依頼もあるのが地味さを強調している。殺人や密室などのトリックを暴き犯人を突き止めるなんて探偵の出る幕では全くない(捜査権や逮捕権の権限がそもそもない)し、そんなこと勝手にやっていたらこちらが犯人より先に警察のご厄介になってしまう。それに増して伝えておくべきは……基本儲からない!一部を除くとして、探偵の個人年収なんて一般サラリーマンと大差なく煌びやかで華々しい生活なんて、とても、とても送れない。その点も地味さを加速させる要因だ。フィクション上の探偵の格好良さは言うまでもないが現実はどうだろう?認可されている立派な職業ではあるけど割に合わないと思う人もいるだろう。何事にも例外は存在するけど世知辛いよね。
「浮気や素行調査なんて一般的な探偵のお仕事なんですから仁さんなら慣れているでしょ?」
「そりゃあ、まぁ……」
「乗り気じゃないですね……なにが不満なんですか?」
「不満はないけど」
「なら、なんです?」
「強いて言うなら……」
「……言うなら?」
「働きたくない」
「死ね」
引きこもりニートをどうにか外に出そうと奮闘する方々の凄さを改めて讃えたい。こんなあっさり物騒な発言なんてしないだろう……まだまだな、私。
「国民の義務は?」
「洗脳、怠慢、納税」
「一方的搾取を受け入れている!?」
いやいや、そこは「脱税」とか「投げ銭」にして全てボケて下さいよ。何故に納税だけしっかりしているんだ。もちろん滅茶苦茶重要なんだけど……脱税、ダメ絶対。怠慢は仁さんの性格的に言いそうだけど、教育を洗脳と言い換えているのがタチ悪い。その歪んだ思想をまず教育した方が良いだろう。
「教育、勤労、納税ですよ。ほら、国民は働かないといけないんです」
「ヒメちゃんの現在の職業は?」
「ぐぅ……」
思わぬ反撃でなにも答えられない。今更ながら、いとま探偵事務所との労働契約書を取り交わした記憶はなく、家事手伝いの真似事をしているだけの居候でしかない。えっ、仁さんを責め立てようと思ったにも関わらず自身へ特大のブーメランが飛んできてしまった。とんだ自爆な私だった。
「……無職です」
「だよね?一緒に惰性を貪ろう!」
「同意しかねますけど反論出来ない……」
「仁さーん!お客様っす!」
そんなダメダメな二人がダメダメな会話で時間を無駄に使っていると、ガチャっと玄関扉の開く音と共に威勢の良い声が耳に入ってくる。完全にオフモードだった私は急な出来事に焦りつつ仁さんを横目で見ると、彼は非常に嫌そうな表情をしていた。そんなに仕事したくないのか……?
「たまたま建物前で出会したので連れて来たっす!なんか仁さんに用があるみたいっすよ?恨み辛みのある因縁の相手だったらドンマイ!って、ウケる」
一人で勝手にウケているのは、三刀 匁流――いとま探偵事務所の正式な従業員であり仁さんの第一助手。私が居候として入り浸っている前からこの事務所に住んでおり、仁さんとの付き合いもそこそこ長いご様子。彼はいつも明るく悪言を吐き笑顔の絶えない活発な男子(年齢不詳)で、自身の発言にツボっては周囲を変な空気にさせるのが特技であり、生活リズムも不規則で好き勝手に生きている感じが逆に羨ましくもある。
匁流君の紹介は程々に、突然の訪問者をダイニング奥のリビング兼客間へ案内する。ボロボロの三人掛けソファに座ってもらうことに心を痛めながら(どちらかと言えば恥ずかしい)、次の展開を未熟ながら勝手にソワソワして待っていた。
それにしても、ゆっくり歩く人だな……歩幅が狭いのもあるけど(事務所内がゴミの散乱で障害物競争状態という訳では決してない、決して!)、体を動かすのが怖いのかなってほどに恐る恐るに見える。針金のような細い体を稼働させ客人はゆっくりと席へ腰を下ろした。
「わざわざお越しにならなくても良かったのに……意外と律儀なんですね」
「はっは、そうですね。どうしても直接挨拶したくなりまして」
「そうでしたか」
そんな挨拶を交わしつつ仁さんはソファの対面にある椅子へ移動した。はっきりとした判断はもちろん付かないけれど、明るめな声の印象とは裏腹な表情が私の心臓をチクリと突く。
「それで?」
「あなたとお話が出来て身の振り方が決まりました。元より理論は構築しており後は完成を待つばかりという段階でしたからね……まずは"自分が自分である為"に動こうと思います」
「それなら致し方ないですね。あなたがそれで良いなら僕は尊重しますよ」
「ありがとうございます」
客人の声はか細くしゃがれている様子(風邪か?)、深々と帽子を被っていることもあり表情はあまり見えてこない。
「時期は決まっているんですか?」
「もちろんです。最終工程を急ピッチで進めているので秋口頃にはと予定しています」
「……分かりました」
「色々と汲んでくれた仁さんには本当に感謝していますよ。やはり改めて顔を見ながらお話出来て良かった」
「……」
「では、私はこれで失礼しますね」
仁さんといくつか会話を交わした後、まだ来て早々だろうに客人は席を立つ。思わず二人のやり取りを静観してしまいお茶の用意も出来ずにいた私だった。
先程まで仕事しろと目上の男性に苦言を呈していた私ですが、いざ仕事が急に舞い込んできたらなにも出来ないって……そっ、そういう時もあるよ、ねー?(泣きそう)
次話は23日(火)7:00に投稿予定です。




