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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【5章】隣人の施し
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隣人の施し 5-3

「細胞内共生進化を知っていますか?」

 その問いに暇仁は応じない。

 

「もちろん博識でいらっしゃる暇さんはご存知だとは思いますが……」


 細胞内共生進化――原核生物が真核生物の細胞内に取り込まれて共生するで、ミトコンドリアや葉緑体などの細胞小器官が誕生したという1970年にリン・マーギュリスが提唱した説。


「α-プロテオバクテリアは酸素をエネルギーに変換させる別の生物を細胞内に共生させてミトコンドリアへと至り、その後にシアノバクテリアが光合成をする生物を細胞内へ共生させて葉緑体へと進化しました。また、真核生物の鞭毛は原核生物が共生した結果の産物です」

「……」

「根拠はいくつかあるのですが……有名なのはミトコンドリアは性質の異なる2重膜を持つことと、核ゲノムとは別にバクテリア由来の環状のゲノムを持っていることなどですかね」

「ご説明ありがとうございます。それで、その共生進化がどうしたんですか?」

 突っ込みたいことは山程ある。しかし、感情に任せて機を逃しては本末転倒なのを暇仁は理解している。今はただ、相手のペースに合わせて慎重に話を進めるだけ。


「人間とミトコンドリアの関係は非常に密接です。人を構成する細胞内に含まれており、エネルギーを生み出したり細胞の生存や働きに欠かせない役割を担っています。分かりやすい例で言うと、人含めた真核生物の多くが活動する為に必要なエネルギーを酸素を使って生み出していますが、元々酸素は毒性の要素でしかなく体内に取り込みエネルギーへ変換するなんて機能は有していませんでした。バクテリアが共生進化を経て細胞内で活動しているお陰という訳です。また、ミトコンドリアを細胞外へ取り出したら生きていくことが出来ません。つまり、元々は単独で生きていたものが細胞と共生することで新たな生存方法を確立したのです。真核生物との切っても切れない関係の始まりですね」

「……」

「その他にも真核生物と共生している生物は色々と存在しています。乳酸菌やビフィズス菌などの腸内細菌も共生微生物として有名です。昨今の健康志向により腸内フローラ環境を良くする健康認識が高まったり、それを促す商品も多く販売されています」

 なかなか要領を得ないという感想しか暇仁の脳内にはなかった。「だからどうした」と話を遮りたくなるぐらいに結論が見えない。煤木は結局なにを言いたいのか?


「暇さんにこんな話は釈迦に説法かもしれませんが、人類が人類たる理由はもっと奇跡の連続を理解しないといけません。宇宙という余りにも広大な世界の中で人間レベルの知的生命体の存在が地球でしか観測されていないのも正にそうです。私の存在は一旦置いておきますが……ね」

 全くもって置いておけないはずでは?と暇仁は訝しんだ。


「天の川銀河には1兆個以上もの浮遊惑星があり恒星は約2,000〜4,000億個存在していると考えられています。我々がいる地球は当たり前ですが惑星ですから、そう考えると1兆分の1の確率で地球という奇跡が生まれました。ふふっ、単純計算過ぎますか?」

「そうですね」

「研究の際は緻密な計算が求められますが雑談ではどんぶり勘定のざっくり数値ぐらいが話が早いというものです。まぁ、それは良いとして……そんな奇跡の惑星である地球ですが、実はそんなに珍しい存在ではないかもしれないという話はご存知ですか?」

「それは初耳です」

「それはそれは……数年前の観測データから示唆されたことですが、天の川銀河の中で地球型惑星が100億個程度存在するというものです」

「地球型惑星?」

「簡単に言えば、地球と同サイズの岩石で出来た惑星のことです。それと、恒星の周囲で惑星が極端な高温にも低温にならず惑星表面に液体の水が保てる領域を指すハビタブルゾーンに存在していなければなりません」

「はぁ、条件がいくつかあるんですね」

「仕方ないことです……また、地球のように自転軸の傾きに安定性があることも大切です。安定した傾きは生物の生命活動において非常に重要で、例えば火星の自転軸は数万年単位で大きく変化しており気候が激しく変動する為に生命の定着には不向きと言われています。突然変異でタコ型星人とかはいるかもしれませんが」

「また旧世代的な宇宙人を出してきましたね……」

 タコ型の宇宙人が光線銃を構えているイラストは昔からよく見たことがある。昨今ではリトルグレイ型が主流になっているが、これはかの有名な映画の影響なのだろうかと暇仁はふと思った。「本題はどこの宇宙へ旅立ってしまったのか?」という気持ちだけが宙を舞う。


「そういう生命体の有無は分かりませんが、地球に似た惑星が多く存在しているのであれば、人類以外の知的生命体の可能性へと論理が飛躍せざるを得ないという訳です」

「可能性がないとは言いませんが……」

 目の前で饒舌に語る煤木を見つめる暇仁は含みのある苦笑を溢す。


「因みに、惑星に生命が誕生する条件はなんでしょうか?」

「有機物、液体としての水、エネルギーですか?」

「正解です、流石ですね。他には先程説明したハビタブルゾーンにある地球型惑星であること、重力のバランス、内部温度、プレート・テクトニクス(磁場)も非常に重要です。様々な要因が重なり合って現在を構築するに至っているんです」

「そうですか」

 話の軸がコロコロと変わる煤木の進め方に意図を測りかねる暇仁。全ての説明が余談の無駄話でしかないと考え出している程に。


「共生進化、地球型惑星、生命誕生の条件――地球に生きるあなた方はそんなマクロな奇跡の上で成り立っています。それをただの結果論として片付けていませんか?」

「さぁ、どうでしょう?そもそもそこまで深く考えたことがありませんから」


「それは勿体無い。実に勿体無いですよ、暇さん」

「はぁ……」


「この星に生きる人類という存在は私から見たら少々甘いと言いますか浅慮であると思っています」

「何故そう思うんですか?」

「何故って、暇さん……本気で聞いていますか?」

「僕はいつだって本気ですよ」

 ふざけた笑みを見せても煤木の反応はない。


「なにかが欠けたら現在はあり得ない……そんな天文学的確率を乗り越えた人類は正に奇跡の存在とも言えるんです。なら、何故――」


「なら何故、更なる奇跡を起こそうとしないんですか?」


「なにが言いたいんですか?」

「奇跡によって産み出された現生人類は奇跡の因子を持って生きていると言えます」

「強引ですね……」

 直接的な否定はしないにせよ確実に誤認がありこじつけ感が否めないと暇仁は苦い表情を浮かべる。それはそうだ、昔から奇跡という単語を連呼する人間にまともな奴は存在しないと経験として知っていたから。


「その奇跡の因子をそのまま眠らせたままで良いのですか?」

「そう言われても、ねぇ……」

「本当にこのままで良いんですか?本当に今が最高到達点ですか?本当になだらかな発展しか望めないんですか?本当に人類はこのままで良いんですか?本当に、本当に、本当に……」

「少し落ち着いて下さい」

 表情を変えない煤木だが内からなにかが燃え広がっていく。


「現在は決して終着点ではありません。ただの通過点です」

「それはそうでしょう、例え緩やかな進歩であっても数多くの有識者が日々トライアンドエラーを繰り返しているじゃないですか」

「それはその通りだと思います、決して否定しません。ただ、余りにも論点がズレている」


「そう思う理由は?」

「目的を達成する為に外部に頼り過ぎている」


「外部に頼っている?」

「トランスヒューマニズムは"ヒトと科学の融合"と謳っていますが……単純な話、人の機械化(サイボーグ)でしかなく外的機器やツールに頼った進化の可能性です。MR技術を活用した仮想空間内での人類の救済は正に他責進化と言えます。BCIを用いた人類の発展も同様です」

「他責進化ねぇ……」

「ヒトは脳の発達により他のどの生物より高度な知能を手に入れました。その知能を用いて社会を発展させて今に至ります。その中で世界の法則を方程式に当て嵌めて科学という武器を手に入れました。もちろんそれは正しい進歩と言えるでしょう……ただし、それ故にヒトという存在の進化を捨ててしまったのです」

「存在の進化を捨てた、ですか……」

 強い意志を言葉に乗せて話す煤木とは対照的にどんどん温度が下がっていく暇仁。これ以上聞いているのにも飽きてしまっている気持ちをどうにか抑えながらも謎が多い彼女の言動に注視していた。


「ヒトは外部に進化の可能性を求めて内から広がる進化には意識が低いのです。ですから、我々がその意識を変える一石となればと考えています」

「はぁ……それが治験ですか?」

「その通りです」

 ようやく本題に戻って来たことに少しばかりの安堵を覚えつつ、彼女の発言を妨げないよう暇仁は引き続き相槌に徹していた。


「日本という国は欧米諸国と比べると臨床試験が進みにくいと言われており日数換算では約5倍遅くなります。それには医療環境や習慣の違いが大きく関係しているのですが、万全を期して準備を行い安全に工程を進め安心をしっかり確保しなければ新薬を開発出来ません。人体への影響や最悪のケースとして死へ誘う可能性があるので無理はないのですが……それではいつまで経っても進化は出来ません」

「一刻も早い進化を望んでいればそうなんでしょうね」

「時間の存在証明については議論が逸れてしまうので、また良きタイミングでお話したいのですが」

「そうですね、また別の機会にしましょう」

 そんな機会など全く望んでいない暇仁は皮肉も込めてニッコリと明るく表情を見せる。ここまでコロコロと予測不能な展開を繰り広げた煤木に対して「どの面下げて」と思わず口から溢れそうになるのを必死に堪えた笑みでもある。ここで脱線されると本当に収集が付かなくなると暇仁はヒヤヒヤするばかり。


「悠長に構えていては人類が秘めている奇跡の因子が本当に失われてしまいます」

 だから奇跡の因子なんていう詐欺めいた存在がなんなのかをますば説明して欲しいと暇仁は内心ツッコミを入れた。


「失われてしまう前に勝手ながら人類の歩みを早めさせてもらいます。まずは、この日本から」

「迷惑極まりないですね……」

 思わず本音が吐露してしまう暇仁。


「今は迷惑と思うかもしれませんが進化の先を考えると決してそうは言っていられませんよ。次のステップへ進んだ人類は諸手を挙げて感謝するでしょう」

「そうですか……それで?治験と称して被験者を集めたのは人類の歩みを早める為ですか?」

「そうです。もちろん治験も実施します」

「その治験で、どんなヤバい成分を試すんです?」

 

「宇宙ウイルスです」

「うわぁ……」


 暇仁は思わず呆れ返った声を漏らす。

次話は27日7:00に投稿予定です。

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