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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【5章】隣人の施し
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隣人の施し 5-1

「どうも、こんにちは」

「あら、こんにちは」


 いとま探偵事務所にて相対する二人――暇仁はインターホンの音と共に既に誰が来るか分かっていたかのような仕草で玄関扉を開ける。目の前に立っていたのは黒髪ロングのスーツ姿の女性だった。透明な空気は暇仁を包みながら事務所内へと導かれるように入り込んでいく。


「……まさか暇さんがお出迎えしてくれるとは」

「おや、僕はご指名ではありませんでしたか?」

「いえ、とんでもないです。ただ意外でしたので」

「そうですか。立ち話も悪いのでまずはお上がり下さい」


 訪問者は暇仁の出迎えに少々驚くような仕草を見せるがすぐに平静さを保ち言葉を返す。そのまま暇仁に案内されるがまま事務所内にあるソファへ対面になる形でそれぞれ腰を下ろしたーー時刻は14時を過ぎた頃。


「本日はどのようなご用で?」

「えぇ、助手のお二人と親交を育もうと思いまして」

「あぁ、事務所にいらっしゃったようですね。二人から話は聞いていますよ」

「そうなんです。アポなしでの訪問は迷惑かと思いましたが、そんな私を歓迎してくれました」

「僕は歓迎ムードではありませんか?」

「いえ、二人とも初対面にも関わらず気さくに絡んでもらえたという意味です」

「僕とも初対面ですよね?これでも人見知りな性分なので二人の方が対人能力は高いのかもしれません」

「所長の佐々から色々とお話を聞いていましたから……そう言う暇さんは私のことをご存知なのですか?」

「もちろんです。それこそ佐々所長からお話を聞かせてもらいましたから……ねぇ、煤木さん」


 暇仁は訪問者の名を呼び相手はふと笑みを溢す――交わらない二人の会話はどこへ向かうのか。


「本来であれば私から挨拶するのが筋でしたね、失礼しました。改めまして佐々動物生命研究所の理事長秘書を務めている煤木と申します」

「改めてありがとうございます」


 人が衣替えを考え始める色取月の中旬頃、季節はまだまだ巡るまいと後ろ髪を引かれんばかりの勢いで居座ろうとしているそんなある日、訪問者である煤木はいとま探偵事務所の助手である三刀匁流と火芽纏へ会うべく当事務所を訪れたのだが、それを見越してなのか誰かの思惑によるものなのか定かではないが暇仁により阻まれた格好となった。


「それで……助手のお二人はどちらへ?」

「あぁ、彼らにはちょっと外出してもらっています」

「それは残念です。しかし、少し気になったのですが……私が来ることを事前に把握していた物言いに聞こえましたが?」

「想像にお任せしますよ」

「伊達に探偵業を営んでいない訳ですか」

「さて、どうでしょうか」

「聞いていた通りの方ですね」

 曖昧な問答に模糊な距離、二人は決して交わらない。


「佐々所長からどんな話を聞いていたかは知りませんが……因みに、二人とは何度か会っているんですか?」

「いえ、ほんの数ヶ月前に一度お会いした程度です。ですが、その際のやり取りが非常に愉快でしたので、またお話出来たらと」

「そうですか。それはそれは……本日はタイミングが悪かったですね」

「そうなりますね。やはり公私共に事前のアポ取りは大事だと学べました」

「それは重畳です」

「ふふっ、仕組んだ側の言葉ではありませんね」

「仕組んだ?はて……なにを指しているのでしょう」

 お互いに一方通行なまま。


「二人に会えなかったのは残念でしたが、それはまた次の機会にでも取っておきましょう……」

 煤木はポツリと言葉を呟き納得するような仕草を見せる。そして、吹っ切れた表情を見せながら暇仁へ質問を投げ掛けた。


「暇さんはこの後お忙しいですか?」

「僕ですか?惰眠を貪ることを繁忙と呼ばないのであれば閑散としているのかもしれません」

「随分と遠回りな言い方を……ふふっ、であれば良かったです」

「なにがですか?」

「暇さんがどう感じているかは分かりませんが私からしたらせっかくの機会でもあります。どうでしょう、少しばかり談笑に付き合ってはくれませんか?」

「それが本当に笑える内容であれば是非に」

 こうして思わぬ形で二人の戯れが始まった。それは笑える談話となるのか冷めた閑話となるのか。


「佐々とは普段どんな話をされているんですか?」

「差し支えぬ程度で言えば、そうですね……基本はただの雑談です」

「雑談?」

「言葉の通り雑な会話です。軽い愚痴を聞いたりお互いの近況や世間で起きている時事など、誰もが行なっている普通の会話ですかね」

「そうですか。私のことは佐々からなんと聞いていますか?」

「とても優秀で頼りになる見目麗しい女性と聞き及んでいますよ」

「ふふっ、お世辞と受け取っておきましょう」

「ただ、少し気になる発言をしていましたね」

「と、言いますと?」

「いえ、ね……こんなに評判の良い煤木さんが、"いつから秘書として側にいるのか"思い出せないと」

「へぇ……」

 暇仁は続ける。


「人間の記憶力なんて高が知れているので過去が薄れてしまうのは誰にでもあるし不自然じゃない。ただね、佐々所長だけではなく周囲の研究員の皆さんも同様なんだそうです」

「……」

「もともと印象が薄かったり入所まもない末端所員とかならともかく、研究所内で印象も強く評判の良い人間をそんな簡単に忘れるでしょうか?」

「秘書に任命されて何年も経っていますからね。私の社内評価とは関係なく、配属時期や入所時期まで覚えている人もなかなかいないと思いますけど」

「それもそうです」

「ましてや所員や関係者まで含めると数千人規模の人間に支えられて運営が成り立っていますので、その全ての人の所内の経歴を把握して記憶に留めておくのは至難ではありませんか?」

「それもそうです。煤木さんの論理に綻びはありません。ただ、綻びはなくても不足はあります」

「不足ですか?」

「えぇ、そもそもないんですよ」

「なにがないのですか?」


「契約書です」

「……契約書?」


「そう、雇用契約書――大手タレント事務所でも過去に問題になりましたが、労働において事業主と労働者の間で雇用に関する契約書の締結が基本的に行われます。個人事業主であっても業務の一部請負など発生した際は業務提携や業務委託に関する契約書の締結、非正規雇用者も同様です」

「……」

「労働条件を可視化して双方の合意証明に必要な大切な書類です。それにより、労働者側は事業主の課したルールに則り労働に従事する義務、事業主側には賃金の支払や雇用を守る義務がそれぞれ発生します。この形式ばったある種の儀式のような積み重ねが社会を生み出しています。契約書はお互いを縛る枷にも成り得ますがそれ以上にお互いを守る信用と信頼の一つの形です」

「……」

「その大切な雇用契約書がないんですよ、煤木さん……佐々動物生命研究所内のどこにも」

「紛失してしまったのではないですか?」

「その可能性ももちろん考えました。ですが、それはほぼ考慮に値しないと結論付けられています」

「何故です?」

「煤木さんであれば当然ご存知だと思いますが、研究所内のセキュリティは万全で佐々所長は特に情報漏洩やデータ紛失への対策に余念がありません。そんな彼の指揮下には専門の管理部を配置しており、人事と連携して個人法人問わず契約書類が厳重に管理されています。僕も正直驚きました、全ての書類が緻密に整理され保管してあったので無断で持ち去ろうとしてもすぐに露見してしまう。かの有名な怪盗でも難儀するでしょうね」


「研究所にお越しになられたのですか?」

「えぇ、煤木さんが不在の間を見計らって」

「そんなタイミングなど……」

「あったじゃないですか。我が事務所に訪問されたのは何度目でしたっけ?」


「あの時……」

「そうです。あなたが助手の二人へ訳の分からない講義をしていた空白の時間にお邪魔させてもらいました」


「そうでしたか……佐々や他の所員からはなにも聞かされていなかったもので」

「佐々所長が箝口令を敷いたようです。僕が訪問したことをね」

 煤木は想定外だったのだろう、これまでの涼しげな表情が僅かに崩れるのを食い止めることが出来ずにいた。それを尻目に暇仁は話を続ける。


「秘書に任命した辞令はあれど入所に伴う契約書が見当たらない。あなた以外の所員ならびに短期的に在籍したフリーランスから非正規雇用者に至るまで全ての書類はしっかり保管されているのに。その他の配達員や関係者の入退館記録も全てデータベース化されていました。そんな徹底した管理を行なっている研究所で特定の人物だけないのは何故でしょうか」

「どれだけ強固にしてどれだけ意識を巡らせても穴はあります。在籍している研究所を悪く言うつもりはありませんが、ほんの小さな綻びの結果ではないでしょうか」

「それはそうかもしれません。えぇ、もちろん有り得ることです、ゼロじゃない……ただ、どうでしょう?本当に小さな綻びの結果ですかね?人間誰しも失敗もすればミスもする……それは当たり前です。ですが、今回の件が人的な誤りではないのだとすると話は変わってきませんか?」


「どういうことでしょうか?」

「研究所と煤木さんはそもそも契約書の締結なんてしていないんじゃないですか?」

「……」

「そりゃないですよね?だって締結していないんだから。それなのに当然のように馴染んで当然のように働いて当然のように評価されている。ねぇ、煤木さん?」


「なんでしょうか?」

「いつから潜り込んでいるんですか?」

「……」

 煤木は答えず表情も変えない。


「あぁ、いえね……その経緯や目的が気にならないと言えば嘘になる、それは確かです。ですが、謎を謎めかすことを美学と考えている僕にしては流儀に反しているとは分かっているんです。このまま謎めいた美女が知人の秘書として働き続けることを黙認するのも乙なものですからね」

「美学ですか」

「そうです。佐々所長から聞いているかもしれませんが僕は何事にも湧き立つ美学を優先させます。それが信条でもありますかね。その結果、自分含めて誰かが損しようが傷付こうが死のうが全く気にならないんです。助手からは病気と揶揄されて悲しいです……ですが、今更考えを改めることは出来ませんし更生したいとも思いません。謎は謎だからこそ美しいんです。真実が最も尊く事実が極めて価値があると誰もが思いがちですが……そうじゃない世界観があって良いと考えています。だって、詳らかな世界ってつまらないじゃないですか?様々な謎に日々囲まれながら生きることでほんの少しのストレスとリスクを許容する、それが刺激となり活性化に繋がるということもあるものです」

 暇仁の美学に呆気に取られながらもなにか思うような表情を煤木は見せる。


「まさかですね……」

「なにがですか?」


「いえ、まさか……自身のことで暇さんの無解決が発動するとは」

「僕はなにもしていないですよ」

「ふふっ、それは辻褄が合いませんよ。研究所と連携して私の不在時を狙った行動のアレコレ……佐々とは出会ってまだそれほど期間も流れてはいないと認識していますが、いつそんなに裏工作が出来る程に親交を深めたんですか?」

「人との繋がりは期間ではないんです」

「……」

「とは言え、数年も前からあなたは研究所で勤務しているのは周知の事実ですから……僕は本当になにもしていませんよ。ただの社会科見学とでも思って下さい」

「そうですか」


「ですが、この先のことを考えると……また話が変わってしまうかもしれません」

「……と、言いますと?」


「煤木さんが研究所に潜り込んだ本当の狙いもそうですが……やはり僕にとって大切な二人に近寄った理由……所謂、動機ってやつですね」

「動機ですか」

「その2つの点と点がバラバラのまま結び付かなければ、このまま黙認するのもやぶさかではなかったのですが……もしも、もしもですよ!その点と点が線になるのであれば看過することは出来ません」

「……」


「まだ、これからですよ。"済んだ話"になるのは」


 暇仁は不敵な笑みを溢し煤木の表情は平坦なまま。

5章開始。次話は23日7:00に投稿予定です。

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