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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【幕間】呼出 2
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呼出 2

「えっとね、歴野(れきの) 大貴(だいき)さんとはお話出来た?」

 歴野大貴――MR業界で数々の実績を叩き出し特にVR分野に秀でた学者である。想定外の名に暇仁は少し驚きつつ平静を装ったまま話を続ける。


「何故、その名を?」

「白々しいねぇー、本人からなにも聞いていないのかな?」

「なにも、とは?」

「誰かに紹介してもらったとか私から仁君のことを聞いたとか?」

「……やはりお前だったか」

「ほらー、話があったんじゃん!変に知らん振りしているのは余計に格好悪いよ?ねぇねぇ?」

「格好の良し悪しなんて気にしたことがない」

「あっそ……で?私のことはなんて聞いているのかな?」

「別に。とある顧客としか聞いていない」

「そっか、歴野さんもいけずだなー。ちゃんと私のことを伝えてくれても良かったのに……」

 作ったようないじけた表情を見せる呼出主に暇仁は無関心のまま触れようとはしない。


「何故だ?」

「えっ、なにが?」


「何故、僕を推薦した?」

 暇仁が求めている論点はここであり他の要素を排除した簡潔な言葉を投げ掛ける。


「そこ気になる?」

「いいから答えろ」


「仁君が解放者になったら面白そうだったから」

 間髪入れずに開示された理由は決して納得のいくものではなかった。


「面白そう……それだけか?」

「えっ、他に推薦する理由なんてある?」

 呼出主は本当に悪気のないであろうトーンで答える。


「そんなふざけた理由で歴野さんを納得させたのか?」

「彼も誰でも良いって訳じゃないだろうからそれだけでは納得はしないよ、仁君の人徳の賜物かな」

「そんな徳ならいらないさ」

 徳を積んだ結果が脳だけで生きるというのは善悪の判断が難しいが、少なくとも暇仁にはそれを喜べる材料にはならなかった。


「歴野さんも凄いよね、水槽の中の脳という仮説を現代科学で実現させたのだから!」

「論点をズラすな。脳とVRを繋げた世界に僕を差し出した理由は本当に面白そうなだけか?」

「もちろん、そうだよ!それ以外に理由はないではないけど、どれも些末な問題だし結果的にはどうでもいいレベルでしかない」

「お前は人の人生をなんだと思っているんだ?」

「人の人生は尊いものであるべきだよ、これは本音」

「……」


「ただ、君の人生が尊いかは別――暇仁がどうなろうと興味は湧かないね」

 それは余りにも澱みなく素直なまま。


「……聞いた僕が悪かった、相手が悪い」

「その通り!」

 心底呆れ返った表情を見せるが呼出主には通じない。その感情を読み解く努力を放棄している。


「歴野さんは僕を推薦されてどう思ったかな……」

「どうだろうね。多少の驚きは見せたがすぐに冷静になって色々と考えていたようだし案外良い人選だったんじゃないかな」

「僕にどんな印象を抱いていたかは定かではないけど、どう考えても良い人選には思えないな」

「それは歴野さんが最終的に決めることだからね、私としては良い人選だったと今でも思っているよ?」

「その理由は?」

「あんな訳分かんない世界でも仁君ならなんとかなるかなって!」

 ニカっと笑みを見せるがこの場面では逆効果なだけだった。暇仁は無視して続ける。


「なんとかなるっていう根拠は?」

「勘だよ、勘。私の直感がそう言っていたんだ」

「つまりは適当か」

「適当だろうと勘だろうと関係ないよ、そう感じたから推薦したまでのこと。後は当人同士の問題さ」

「推薦した責任を負わずに放棄すると?」

「責任は果たしているさ、結果的にはね」

「どう果たしている?」

 笑みを崩さずに声のトーンだけを一段階下げて言葉を発する。


「仁君を推薦した時点で歴野大貴による殺人を事前に止めている。彼はあろうことか世界の管理を他人に任せようとした……それは良くない。うん、本当に愚かな行為だ。自分で立案して開発から運営設備まで準備しておいて最後の最後に他人に責任を押し付けた。研究者を集って同じ志で研究開発するまでは構わない。それは普通のことだけど、あのシステムの名前はなんだっけな……あ、そうそう"Hello World"だったかな?そのシステム内部の世界育成ならびに社会運営は自分自身で行うべきなんだ。システム内をより良い環境にする為に、より多くの参加者が集まった際に不便なく暮らせる為にも根幹を掌握している発起人が先陣を切る必要がある。だって、未知なる世界で命を育もうとしているんだ、そのぐらいの気概は見せてくれないとユーザーは納得しないでしょうに」

「それと僕になんの関係が?」

「どうせ仁君は解放者になんてならないだろう?君はどちらかと言えば太く短い人生を歩みたい性格でしょうに。どれだけ正確でどれだけ完成されたシステムだろうと脳だけで生きたいとは思わないでしょ?それに、自分が断ったら別の誰かがターゲットになることぐらいは想像出来るだろうから君は必ず止めるはず。ねっ?歴野さんの犯行は封殺された訳なのです!」

 エッヘンと言わんばかりに両手を腰に当てて胸を前に出す姿勢に暇仁は多少の苛立ちを覚えつつも、呼出主の理論には一定の説得力があり少しばかり納得してしまう。

「そういう腹積りか……」


「ご存知の通り、日本含めた現行法ではHello World内の住人は戸籍上から除籍されて死亡扱いになる。VR世界上でどれだけ元気に生きていたとしても国は認めない、死人は死人だね。あくまでプログラムによって動作しているNPCと同じ扱いに成り下がる。ゲーム内キャラクターと同じだ……理不尽で不条理な原因で死が免れない人々の最後の楽園として生を謳歌出来るよう環境を整えようと尽力した彼の心意気は評すべきことだとは思う。ただ……時間がなかったのは仕方がないけど国のルールを蔑ろにしてしまったのはナンセンスと言わざるを得ない」


「……」

 暇仁は傍観の姿勢を崩さない。


「それにクライオニクスとの対比の話になるけど、彼はその運用に否定的だろうけど……私からしたらどんぐりの背比べ程度の違いにしか感じない。だってそうでしょ?クライオニクスは法的死を迎えた人体を対象として未来の技術によって蘇らせる方法論だけど、本人の意向があろうと現代の倫理観としては家族の反対含めて些か受け入れ難い意見も多く、医療機関でもない国から認可を得ていない団体が死後の肉体を独自に管理するのも禁止されている国は多いだろう。ましてや、病などで苦痛を伴う患者に対して『死ぬことなく痛みから解放される』や『寝ているだけで治療可能な時代を待つことが出来る』という自死を助長する可能性もある……前途多難な治療方法であるのは確かだ。それに対してHello Worldは存命者を対象としたシステムであり、生きたまま脳だけを摘出して専用機器と接続させて仮想現実上で自我の形成維持と人生継続が出来るという方法論。MR技術とシュミレーション仮説を掛け合わせ水槽の中の脳を実現させた異質なシステム――歴野大貴が目指した"自己の絶対認識を保ったまま存命させる"という現代医療や科学でどうにもならない人へ向けた終末療法。未来へ先延ばしや責任転嫁せずに立ち向かう点は素晴らしいが、クライオニクスと同様に難点が多いのも事実で、楽園へ向かうには存命時に脳を摘出しなければならないという点が非常に厄介なこと厄介なこと……脳だけの状態で活動させることに成功したとしてもそれを他人は生きていると認めるのだろうか?99%の人間は死んでいると思うよね、それはつまり……『殺した人間の脳を使って自身の仮想現実を開発させる』とも解釈可能だ。研究の為に他者の命すら利用する猟奇的で残虐な殺人者に映ってしまうのも無理はない。まずは論文を発表して識者に評価されてから時間を掛けてじっくりとアプローチしていかなければならないプロジェクトなんだよね、本来は。彼の事情を加味してもあんな焦った運用では余程のことがない限り世界の認識は変わらない、悲しいことにね」


「お前もまともなことが言えることに驚きを隠せそうにないよ」

 暇仁は深い深い溜息を溢す。


「褒めてもらって光栄だね」

「褒めてはいないけどな。けれど、間違ってはいない」


「そうでしょ?だからこそ、仁君を紹介したことは非常に効果的だった訳!」

「もし仮に……僕が歴野さんのプロジェクトに賛同したらどうしてたんだ?」

「えっ、そんなの……それはそれで面白いからなにも問題ないでしょ」

 悪びれもない発言に呆れを通り越した感情が暇仁を巡る。


「はぁ……お前と関わっても得をしないことは分かってはいたが、今回の件で改めて教訓として覚えておく」

「えー酷くない?結果的に人命を守ったんだよ?」

「その人命に僕は含まれているのか?」

「含まれていると思う?」

 両者は暫しの間視線を合わせるも呼出主の方から逸らし目の前のグラスを見つめる。


「あーあ、氷溶けちゃってる……こうなると美味しくないんだよね。おかわりはいる?」

「いらない……用が歴野さんの件だけならもう帰る」

「せっかく会ったのにつれないね。歴野さんには自分で作った箱庭で頑張ってもらおうじゃないか、陰ながら応援しているよ」

「そうかい、それなら僕に言わずに本人へ伝えたらどうだい?」

「そうしたいんだけどね……今だと忙しそうだし心の中に閉まっておくよ」

「……なら、僕は行くよ」

「あっ、ちょっと待って!まだまだ!」

 暇仁が席を立とうとしたところ呼出主は少し焦ったように引き留める。


「まだなにかあるのか?」

「別に大した話じゃないんだけど……」

 少しばかり口篭った仕草を見せつつ呼出主は言葉を続ける。


「仁君も既に動いているのは知っているからそこまで気にしていないけど、煤木という人物が火芽ちゃんに対して近い内にアプローチをしかけてくるよ。匁流君も含まれているかもね」

 想定内ではあったが暇仁の体が一瞬強張る。


「それのどこが大した話じゃないって?」

「ただアプローチを試みるって言っただけじゃん、これだけなら大した話でもないでしょうに」

「アプローチの内容と理由は?」

「聞かなくても察しは付くんじゃない?」

 キッと鋭い視線を送るも飄々と逸らされたのを感じ諦めた様子で暇仁は席を立つ。


「分かった、気にしておくよ」

「歴野さんへ勝手に紹介してしまったことへの詫びと受け取っておいてよ」

「勝手に言ってろ」

 暇仁は言葉を交わしつつテーブルに二人分の代金をそっと置く。


「私持ちで良いんだよ?」

「お前に借りは作らない。釣りがあったらそのまま貰っておけ」

「格好付けちゃって……せっかくだし今回は甘えようかな、ご馳走様!」


「ふん、じゃあな」

「またね……あっ、それと――」


 相容れない二人の会話はここで切れる。誰かの思想は誰かの思惑を呼び起こし誰かの元へ届けられる。抗うことすら叶わない誰かの意思は今日も明日も際限なく――誰かと誰かの邂逅はまた別のお話。

次話は20日7:00に投稿予定です。

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