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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【1章】Hello world
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Hello world 1-1

「働け、この野郎!」


 物騒な挨拶から毎日が始まる。始めの頃のように「おはよう」と言っていた頃が懐かしい。そんな世間一般のやり取りは私たちの間柄には不要だろう。いや、実際には必要なのかもしれないが自ら放棄したという方が正しい。自己判断で不要品としてゴミ箱へポイしてしまったのだ、断捨離は昔から得意分野だったのが活きている。それを犠牲にして口が悪くなったミニマリストな私。


「ふぁ〜あ……うぅ、あぁ……お、おはよう。ヒメちゃん」


 そんなことを考えていると、欠伸と共に呑気な声が聞こえてくる……まったく、良いご身分ですこと。


「やっと起きましたね、掃除に邪魔なのでゴミ箱に入ってもらっていいですか?」

「……ヒメちゃんは相変わらずだね、ただ人は誰しもゴミ箱に入るという選択肢は持ち合わせてはいないんだ」

「あなたは良いゴミ分(ゴミのような身分の略)なので真っ当な選択肢なのでは?」

「その場合は、ゴミの分類はどうなるんだろうね?」


 日本の葬法は荼毘に付すのが一般的だと思うので、可燃ゴミ一択という不謹慎極まりないことを考えてしまうが、瞬時に我に返り「さぁ?」と話題を区切る。ダメダメ……毒舌キャラはまだしも不謹慎キャラは今後のブランディング的にもよろしくない。


「御託は良いので早く起きて下さいよ!ゴミ箱は冗談ですが掃除に邪魔なのは本当なので顔でも洗ってさっさと目覚めて下さいね」


 リビングの三人掛けソファに横たわる彼は、ナマケモノと張るんではないかという速度でのそりのそりと起き上がる動作をしている。本当に起きる気あります?年季の入ったソファなので至る所に生地のほつれや傷があるのだが、どこかの誰かさんがベッドで寝ることをすぐに放棄するせいもあり、老朽化に拍車を掛けているのは言うまでもない。


「うぅ……体が言うことを聞かない。これは、もしや金縛り現象か?」

「本当に金属糸で体中を縛りますよ?」

「それは性癖じゃないね、仕方がない……」


 なにが性癖じゃないだ、訳の分からないこと言ってないで早く起きて欲しい。しかも、仕方ないって言ったか?迷惑を掛けている側の態度とは到底思えない、本当に金属糸買ってこようかな。


「おまたせ、ヒメちゃん。君が好きで好きでたまらない掃除がようやく出来るよ!誰のおかげで好きで好きでたまらない掃除が出来るようになったのかな?そんな恩人に言うことがあるはずだよ」

「殺して火炙りにすんぞ」


「相変わらず辛辣だねぇ……」と小声でボヤきながら彼は洗面所へ向かうべくその場を離れた。どうしても腹の虫が治らず発言が過激になってしまうことを誰が責められるだろうか……悪くないよね、私?


 一室だけの部屋とは違い、この事務所は3LDKぐらいの間取りがあるので掃除するにもなかなか時間が掛かってしまう。手伝ってくれる人はいないでもないが、生活リズムが滅茶苦茶というか自由過ぎてタイミングがなかなか合わない。毎朝起きたら事務所の掃除をしてから朝食作りをするというのが私のルーティン(個人的なこだわり故に順番についての苦情は受け付けません)なので、掃除をしないと先へは進めないのだ。何事も一歩ずつ――うん、良い標語。


 そんなことを考えながら掃除を進めていく。ある程度終わろうかというところで浴室辺りからドタドタと足音が近付いてくるのが分かった。知らぬ間にお風呂でも入っていたのだろう、先に浴室から掃除して良かった。


「ヒメちゃ〜ん、ご飯ー!」

「私はご飯ではありません」

 古からあるテンプレ。

「本日の朝食はなにかな?」

「たまにはぁ〜どこかの誰かさんにぃ〜作ってほしいなぁ〜(棒)」

「お、シェフでも雇ったのかな?それは楽しみだね」

「お前だよ、お前。たまにはどうです?」

「ははっ、それは笑えるね。僕がキッチンに立つのかい?」

「今や男性でも料理スキルは大切ですよ?」

「それはバイリンガルじゃないと社会でやっていけないと言われているように聞こえるね」


 そんなハードル高いことなのか……料理も奥が深い分野だが言語と比べるレベルか?そこまでの無理難題はしていない気もする。


「それ以前に、私は約束を違えるつもりはないよ」

「え、約束?」


 そうそうと頷きつつ、彼はキッチン近くにあるテーブルの椅子に腰掛ける。そのままニヤリと薄い笑みを浮かべたまま言葉を続けた。上目遣いなのがまた腹立つ。


「君が言ったんだよ――炊事洗濯含めた雑用を全てやるから、このいとま探偵事務所に住み込みさせて欲しいって」

 あっ……そうでした。


 ここは、いとま探偵事務所――都内某所にある事務所利用可能な賃貸物件の一室。絢爛豪華な高層タワーマンションではもちろんなく、管理会社が本当に整備しているのか怪しく思えてくる程度の物件だ。外壁の塗装剥がれは随所にあり、外側にあるゴミ庫も分別なんて殆どされておらず散乱状態、集合ポストなんて不要なチラシがあちこちに捨てられており謎のヘコみが数箇所(弊社ポストは所長の指示でガムテームで閉められている)、二人乗りがやっとな古臭いエレベーター付きの低層マンションなのである。ほぼアパートと呼んだ方が良いだろう。ここで彼と私ともう一人の計三名で衣食住を共にしている。こんなオンボロダメダメ物件に事務所を構えているなんて営利目的としては落第点(よく開業出来たな)であり、欠格事由に該当していない謎をまず調べた方が良さそうな気がしないでもない。


「説明ありがとう、ヒメちゃん」

「地の文を見透かさないで下さい」


 昨今では当たり前になりつつある作中のメタ発言だが私は諸刃の剣であると考えている。フィクションをフィクションとして扱うことで作品の自由度拡張や笑いを誘ったりと良い面も多いのだが、その分、没入感を失わせたり架空の出来事はあくまで現実の代替でしかないと痛感してしまう。虚構と現実、嘘と真実、表と裏――創造や創作された世界の本当は全て偽りでしかなく、第三者である現実世界の住人の娯楽としてのみ存在を許されている。そうなると、作中に生きている我々は意義や意味をどう見出して、これからの日々を送ればいいのか?メタ発言すればする程、自分の首を絞めていることにはならないだろうか?嬉しいことや幸福が今後訪れても「どうせフィクションだしなー」と割り切ってしまうのではないか?なにを受け入れた上で生きて行けば良いのか分からなくなってくる。全ては誤認の上で成り立っているという恐怖を感じざるを得ない。


「おーい!あのー戻っておいでー」

「……あっ、はい」


 気付けば私は立ったまま呆けてたようで彼は不思議な物を見ているようにこちらを覗いていた。上目遣い腹立つ。


「そんなところでボーっとしてないで朝ごはんにしよう」

「はいはい、すぐ用意しますね」


 冷蔵庫の中身を確認し適当な献立を頭の中に浮かべる。取り出した食材を見てアタりを付けたのか彼はニコニコと笑顔で工程を見守っている。これも毎日のルーティンであり当たり前のようで少し異様な朝の風景だ。異様なのは何故か――それはもちろん、私が"とある事情"でこの事務所へ転がり込んだからである。本来であれば有り得ない状況であり奇跡が重なったとしか説明のしようがないのだが、このまま当然のように享受しても良いのか?もしかしたらとんでもない異常事態ではないのか?私は誤認の上で生活をしていないか?


 私――火芽(ひめ) (まとい)は、不安に苛まれたまま震える手を必死に抑え料理を皿によそう。例え皿が割れても買い直したり修理も出来るだろうが人の人生はそんな生易しくはない。いつかは割れてしまう日々だったら……?


「今朝も素晴らしい料理の数々だ!光り輝いているようだよ!これもヒメちゃんのおかげだ、感謝の気持ちを忘れずに一緒に食べようではないか」


 台詞クサイ発言をする彼を他所目に私もテーブルの椅子に腰掛ける。言ってて恥ずかしくないのか?


「そうですね、さっさと食べましょうか」


「「いただきます!」」と二人の声が重なる。温かい料理を口に運ぶことで暖かい雰囲気も一緒に身体へ入っていくように感じた。この気持ちは、偽りじゃないと良いな……


 我々のルーティン――今日という現実を映す為の大切な儀式。きっと明日も続くと信じて。

 

「ところでヒメちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「僕の紹介はしないのかな?」

「えっ?」


 メタ発言は些か気になるが今日も私は締まらない朝を送る。

次話は22日(月)7:00に投稿予定です。

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