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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【幕間】呼出 1
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呼出 1

 いとま探偵事務所から少し離れた場所にある喫茶店。性別問わず入店しやすさを重視した外装のカフェではなく、昔ながらの味わいのある店舗で、外から見ると閑散とした雰囲気を一見漂わせているが、店内に入ると常連客がいつもの席で、いつものメニューを頼んでいる、知る人ぞ知る穴場。静けさがある種のBGMになっている空間に一人の男が入店する。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「いえ、待ち合わせです」

 男は店内を見渡していると、奥の席から手を振る人物を見つける。


「やっほー!こっちこっち!」

「あぁ」

 呼び込む人物の対面の席に男は静かに腰を下ろす。


「ご注文は?」

「アイスコーヒーのナシナシで」

 見計らったように来た店員へコーヒーの注文をする。


「仁君、雀荘じゃないんだからナシナシって今時言わないよ?」

「良いんだよ、この店はこれでちゃんと伝わるんだから」

 暇仁の発言に呆れさを醸し出した笑みを返す。


「相変わらずだね……なんか老け込んだんじゃない?ナシナシなんて若い子は言わないの知ってる?」

「知らん。若人とコミュニケーション取る機会なんてないからね」

「あれ?事務所で囲っている女の子いなかった?」

「……おい。もう少し別の言い方があるだろ」

「なにかな?事実でしょうに」


「……」

 暇仁は無言の圧で相手へ返答する。


「黙秘権かな?会話する為にわざわざ呼んだのに、お口にチャックされたら困っちゃうよ?」

「ふん……」


「お待たせしました、アイスコーヒーになります」

 不毛なやり取りを終わらせるが如く、注文したコーヒーが届けられる。二人の会話は途切れ、瞬間的な静寂が場を支配する。暇仁からしたら冷静になる都合の良いタイミングでもあった。


「……はぁ、お前と話すといつもこうなる。全くもって時間の無駄だ」

「そうだね。仁君が大人になってくれると助かる!」

「相変わらず自分勝手な奴だ」

 呆れながら目線を移動させ、グラスにたっぷりと入っている氷でキンキンに冷やされたコーヒーを手に取り口へ運ぶ暇仁――木染月の下旬頃、濃淡鮮やかな青を背景に、白の塊が散り散りになって表現されている空の下、霞むことを許さない日の光に照らされた外気が、ボワンと湿度を帯びて全身に纏わり付いてくる。そんな中、呼び出しに対して後ろ向きな気分のまま応じた暇仁は、指定された店まで足を運んだという流れ。少し外に出ただけで汗が滲み、冷房によって冷やされた店内との温度差で、今にも噴き出してきそうなところをグッと気合で堪える。ゴクゴクと喉を鳴らして飲む様は、全身の汗を洗い流すようだ。


「それはお互い様でしょうに……まぁ、分かるよ。自分のことは案外自分が一番分からないものさ」

 呼出主は既に頼んでいたアイスティーには手を付けていないようで、それに目もくれず理解のある表情を大袈裟に作っていた。


「なにも分かっていないのに分かったような口振りをするな」

「どちらでも同じでしょ。本当のところは誰にも分からない……あなたの望んでいる答えでもある」


「僕が望んでいる?」

「そう。これは十分に――謎と言える」

 ニヤリと口を不快に歪ませる。


「言えるか」

「そんなことはないはずだよ。解決も解析も分析も分解も探究も究明も全部が全部、無粋とかなんとか言ってなかった?なら……私の理解も本当のところは私以外に知りようがない。それは奇しくも第三者からしたら立派な謎になっていると思わない?」


「モノは言い様だな」

「その権化である仁君には言われたくないね」


「似たもの同士みたいに括るな」

「でも実際に似たようなものだと思うけどね」


「はぁ……」

 冗談ではない本気な嫌悪感を全身から漂わせる暇仁に対して、気にする素振りすらない呼出主は続ける。


「本人の目の前で大きな溜息は良くないね。鏡から自分自身が出てきた感覚なのかな?」

「そっちの方がまだマシだ」


「鏡よ鏡よ鏡さん、映し出されている自分自身を現実に出現させて下さいってお願いしてみたら?」

「それをしてなにになる?」


「仁君の間抜けな顔を拝めるよ?」

「だろうな」

 ケラケラと軽薄さを隠そうとしない笑みが余計に暇仁の苛立ちを加速させる。


「でもさ、実際問題……鏡の中の自分も本当の自分ではないんだよね」

「なにが言いたい?」


「え、だってそうでしょ?鏡の一般的な反射率は約90%なんだから約10%は反射せずに空間に消えてしまう……と言うことは、鏡を見ても90%の自分としかご対面出来ない訳です」

「だから?」


「その闇に消えた10%にロマンを感じないのかな?そのパンドラの箱をあえて開けずに愉しむのが仁君の趣向でしょ」

「別に」

 暇仁は謎が何故美しいのか理解していないであろう呼出主へ向けて、素っ気ない返答をする。


「え、なんで?」

「ただでさえ瞳というレンズを通して世界を視認しているんだ、その時点で100%からはほど遠い。例え反射率が限りなく100%に近い鏡があっても、その光情報を網膜から視神経を巡り脳へ送られ処理を行うのだから、人は見えていると自分勝手に思い込んでいるだけで実際はどうだか分からない。見た人間の数だけ認識している世界の色合いは違うだろう、そこにロマンもなにもないよ」


「変なこだわりだね」

「それに、100%の自分なんて仮に見えても気持ちの良いものでもないだろう」


「それは一理あるね。なら、ミラー効果よろしく目の前の相手を見て我が身を省みようか」

「上手いこと言ったつもりか」


「じゃあ、90%の自分と合わせ鏡みたいな似たもの同士と相対するのならどっちが良いのさ?」

「その二択なら後者だな」


「おぉ、ツンデレさんかー?」

「合わせ鏡なら、回数を重ねる毎に反射率は下降していずれは視認出来なくなるからな」


「嫌な理由だ……じゃあ魔鏡を用意して私を映し出すようにしておくよ」

「魔鏡現象――鏡背面に小さな破線を複数施して、光の反射で任意の文様を映し出す技術か。古くは紀元前1世紀頃の透光鑑を始め、日本では江戸時代に隠れキリシタンが弾圧から逃れる為に秘蔵していたことでも有名だな」


「いつの時代も人類は知恵を絞って歴史を繋いでいるんだ……感慨深い」

 うんうんと首を上下に動かしながら頷く呼出主。


「だから知ったような口を叩くな」

 相手の軽薄な相槌につい語気が強くなってしまう。


「事実でしょうに、全く……仁君は本当に私に厳しい」

「そうせざるを得ない歴史をお前が紡いできたんだろ」


「上手く返されてしまった。案外悔しいものだね」

「知らん」


「おー、怖い怖い。そんな君へ魔鏡を用いた無限鏡をプレゼントしよう」

「お前が永遠に映し出されるって拷問か……?」


「魔鏡と無限鏡のブレンドは中々に攻めた内容だ、どこまでも続く私の笑顔にキュンと胸を撃ち抜かれるだろうね」

「そのまま心不全になって息絶えるだろうな」


「ククっ、それは面白いね!」

「面白がるな、犯人はお前だ」


「お、探偵っぽい発言だねー、人生で一度は言ってみたい台詞だ!」

「……」


「だんまりか、仁君はイジり甲斐がないねー。鏡の中の自分みたいな私が目の前にいるんだよ?もっと楽しんでよ!」

「……」

 本当に嫌そうな表情で返す暇仁。


「まぁ、いいか。鏡の中の自分が他人に思えてしまうことも、実際には良いことではないしね」

「鏡現象か?」


「それそれ!鏡現象――鏡に映った自分を他人と認識して会話などを行う現象で、アルツハイマー型認知症の患者に起きることがあるよね」

「あぁ、記憶の逆行性喪失が原因と考えられているんだったか?」


「そうだね。人は幼い頃に、鏡や写真の中の自分を自分として認識する鏡像自己認知を獲得する。人間の他には、チンパンジー、イルカ、カラスなどが獲得すると知られているね。基本的には高度な社会生活を形成している動物にみられる能力でもある。だから安心していいよ、もしもの時は私が介護してあげるから!」

「そうなる前に安楽死でもするとしよう」


「安楽死なんて国が認めている訳ないじゃん。出来たとしても尊厳死ぐらいでしょ」

「お前に介護されるぐらいなら自死でも構わない」

「頑なだねー。そんなに嫌?」

「嫌だ」

 本心からの否定。


「ククっ、嫌われたものだねー。悲しくなっちゃうぜ」

「心にもないことを」

「心にもないからね」

「それはそうか」

 明らかに軽んじたような表情で言葉を繋げる相手に苛立つこそすれ、それ以上に感情が動くこともなく暇仁も反応を続ける。二人の関係性はいつからか固定化されて、移ろうことなく絶対の距離感が成立してしまっていた。決して交わることはない。


「……で、話って?」

「うん?」


 この時間が本当に無意味であると暇仁は考えて、強制的に話題を変える。それに対して呼出主はとぼけた様子で躱していく。


「話があるって呼び出したのはお前だろ?」

「せっかちさんだねー」


「悠長にしている暇はないんだ。さっさと本題に入ってくれ」

「えー、せっかく会ったんだからもう少しゆっくりしようよ」


「仕事がある」

「嘘吐きー!まともに依頼なんて請けてないでしょうに……仕事を言い訳にして逃げるのは大人としてどうなのかな?」


「うるさい」

「ちゃんと仕事して三刀君と火芽ちゃんを安心させてあげないと!」


「うるさい。二人は関係ない」

「冷たいねぇ……一緒に住んでおいて無関係は嘘でしょうに。君は色んな意味で保護者なんだよ?」


「言い換えるよ。お前には関係ないことだ」

 表情こそ動かないものの確実に思うことがあると分かる語気に、呼出主は気にする素振りをしつつもその陰には愉快さを覗かせていた。


「仁君、怒ったかな?」

「……帰っていいか?」

 暇仁は目の前の相手とまともな会話が出来ないと括り席を立とうとする。


「ちょっと待ってよ!謝らないけど話したいことがあるのは本当だから、ね?ね?」

「お前が謝るなんて露ほども思っていない。で、なんだ?」

 グラスの中の氷がカランと鳴ったのが合図――瞬時に嫌な予感が脳を巡り暇仁は身構える。


「えっとね!歴野(れきの) 大貴(だいき)さんとは、ちゃんとお話出来たかな?」


 呼出主は口にする――数ヶ月前に出会い会話を交わした後、自身を見つめ直すべく"解放者"に名乗り出た男の名を。

次話は13日7:00に投稿予定です。

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