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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【3章】ねるこのはて
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ねるこのはて 3-5

「いやー、良い買い物が出来たよ」

 ニコニコの笑顔で肉屋さんのコロッケをホクホクと頬張る仁さん。


「気に入った枕が見つかって良かったですね!……相変わらずここのコロッケ美味しい!」

 私もコロッケを食べながら仁さんへ笑顔を返す。肉屋さんのコロッケって美味しいよね……出来立てが一番だからついつい帰宅するまで待てずに食べてしまう。自宅で食べるコロッケより20%増しで美味しく感じる現象になにか名称などはないのだろうか?あるのであれば教えて欲しい気分。


 仁さんは枕を私はみんなの食料をそれぞれ購入して事務所兼自宅へ帰っている最中なのだ。夕方前の元気な空に見守られながら雲と並走しているようだった。


「どんな枕を購入したんですか?」

「微睡さんが色々とアドバイスしてくれてね、今回は奮発してポリエチレン製の高級枕にしたよ」

「良いヤツじゃないですか!(仕事もまともにしないで良いご身分ですこと)」

「おや、なにか含みを感じるけど?」

「気のせいですわ、ホホホ」

「気のせいなら問題ないね」

「問題しかねぇよ!(えぇ、何も問題ありませんわ)」

「化けの皮が剥がれたな!正体を見せろ!」

「こんないたいけな美少女を捕まえて化物扱いなんて……愚かなこと」

「君の発言が余りにも痛くて愚かしいよ」

「そこまで言わなくても!!」


「ところで、今日の夕飯はなにかな?」

 華麗に話題をすり替えられた。


「おめぇに食わせる夕飯はねぇ!」

「頭痛が痛くなってないかい?」

「にゃろめいよ!」

「引き出しが古いよ、ヒメちゃん」

「今日の夕飯はカレーです」


「お、いいね。カレーの王子様かい?」

「お子様でも食べられるやつ!懐かしいですね……」

「子供用カレーとして親しまれているけど、そこには企業の努力がしっかりと刻まれているんだ。1950年代以降から学校給食でカレーが全国的に採用され始めて、1970年代から即席カレーが増え始め家庭の食卓にも様々なカレーが登場している。その中でも、子供の安全・安心・健康をコンセプトに親子の愛情を表現するべく栄養バランスに配慮されているのがカレーの王子様だ。カルシウムの摂取を目的としたクリームブイヨンルウとスパイス&ハーブの香りが豊かなカレールウの2種類をパックしてカレー業界初のツインパックの開発に成功しているんだ!」

「え、企業の広報の方ですか?」

「1983年の発売からカレーの王子様はリニューアルを繰り返して2014年には日本食糧新聞社のロングセラー賞を受賞している」

「その新聞社も賞も初めて聞きましたよ」

「後は……決して忘れてはいけないのはパッケージにいる王子様キャラクターだよね」

「あぁ、可愛らしい王子様いましたね」

「もちろんオリジナルキャラクターなんだけど、初代の王子様は当時の女性社員が書いたラフが社内で好評になり本採用されたんだ」

「デザイナーさんに頼んだ訳じゃないんですね。外注費が浮いて最高じゃないですか!ドン・キホーテの店内BGMでお馴染みのMiracle Shopping〜ドン・キホーテのテーマ〜も元社員の方が作られたって話ですし、社内完結するなら権利の問題も気にする必要ないですし最高のコスパですよね」

「気にするのはそこなんだ……あのBGMの曲名を初めて知ったよ。君も企業の回し者なんじゃないのかい?」

「いえいえ、こんなのは常識ですよ」

「そんな常識は知らなかったけど……変なことだけ知ってるよね、ヒメちゃんは」

「それ程ではありません」

「褒めてないけどね」

 カレーの王子様の歴史を流暢に話せる人に言われる筋合いが果たしてあるのか……?


「残念ながらカレーの王子様ではないですけど、どこにでも売ってる中辛のカレールウを買ったのでそれを使います」

「そうかい。期待しているよ」

「匁流君は夕飯の時間に帰って来ますかね?」

「さぁね、ただ作り置きしておけば勝手に食べるだろうから人数分用意して構わないと思うよ」

「分かりました」


 当たり前の毎日にいつも通りの会話といつもと変わらない面子――一緒に暮らしているのだから当然と言えば当然なのだが、その当たり前が異様で異質で不思議でしかないと感じることがある。このまま当たり前の日々を享受していても良いのか?本当は違うのではないか?仁さんや匁流君と楽しい会話を繰り広げている最中も頭の隅ではどうしても考えてしまう。それは何故か――この先はどうしても思考がストップしてしまい見えない壁に拒まれている私がいる。それはそうだろう……だって、それは、余りにも――


「急に黙ってどうしたんだい?」

「え、あっ、いえ……」


「それなら良いけど、なにかあれば遠慮なく言ってくれ」

「……仁さんは凄いなって思って」


「急にどうしたんだい?」

「先程の微睡さんもそうですけど……私の知らないところで色んな人と相対してキッチリと成果?結果?を残しているんで……私には出来ないことばかりです……」


 これは本当……私にはあんな優秀な頭脳を持つであろう癖強変人の相手なんて全く出来ない。社会経験の違いなのか知識レベルの違いなのか処理速度の脳の違いなのか瞬発力や臨機応変速度が違うのかそもそもの才能の違いなのか……なにがどう違うと問われれば全体的に大きく違うと言う他ないのだが、私の価値観や固定概念なんてどれだけ甘く薄く狭い世界だったのかを思い知らされるばかりだ。微睡さんやいつぞやの煤木さんだったり……


「そんなに自分を卑下する必要はないと思うけどね」

「いや、どう考えても私には手が余る人をいとも簡単に捌いているじゃないですか!」

「そんなことはないよ」

「だって……!」

「ヒメちゃん。君がなにに対して焦って自分で自分の首を絞めているのか分からないから、このまま君に共感したり同調することは出来ない……期待に添えずにごめんね」

「そこまで察しているならもう少し頑張れ!(いえ、そんなことないです……私も変なこと言っちゃってごめんなさい)」

 あっ、本音と建前がさっきからぐちゃぐちゃだ。


「おじさんに若い子の機微を察しろって……考えている以上に難儀なことなんだよ?」

「あんた探偵でしょうが!そこは得意の洞察力を活かして若い子の機微を汲んで下さいよ!」

「……まともな仕事なんて全然しないけど、そんな探偵でも大丈夫そ?」

「あー……説得力強ぉ……」

 そうだった、この人は能力の有無問わず真っ当な探偵じゃなかったや……


「なんだって良いじゃないか。僕はヒメちゃんがどんな人間であってもそのまま受け入れるだけさ」

「それは有り難いですが(それはそれで問題もありそうだけど)……」


「なにかを比較しようとすると誰だって隣の芝は青く見えてくるものさ。気分が下がっていたり悩んでいれば特にね。一概には言えないけど、自己評価をあえて下げることで可哀想な自分に酔いたい状態もそうなりやすい。そうやってなんとか誤魔化しながら人は毎日を生きているに過ぎない。年齢や性別はもちろん才能があろうとなかろうと悩みの種は尽きない。金持ちは金持ちなりに悩みはあるし貧乏なら貧乏なりの悩みはある、誰だって同じなのさ。君には君の得手不得手があるし僕には僕の得手不得手がある……それだけだよ。だから、変に気にする必要はないし優劣を比較して一喜一憂する暇があるのなら自分に出来ることをしっかり行えばそれで問題ないのさ。出来る者が出来ることを、超える者が超えることを、各々全うするだけで世界は回る。それが社会の形成に繋がり文化を育む訳だ」

「仁さん……」


「とは言うものの、そんな巷にありふれた陳腐な綺麗事を僕が言うとは……まさか、思っていないよね?」

 仁さんの声は抑揚もなく当たり前のようにフラットに続いていく。私は顔を下に向けたまま。

 

「もちろん、さっき言ったことも間違いではないけど君には全くもって無意味なアドバイスだ」

「……どういうことですか?」

 私は顔を下に向けたまま。


「だってヒメちゃんは違うでしょ?」

「えっと、それは、つまり……」

 私は顔を下に向けたまま。


「さっきの微睡さんに対してもそうさ。初対面の相手に圧倒されているような素振りはしてたけど……あんなことを平然と言える人間なんて殆どいないんだよ?」

 私は顔を下に向けたまま。


「あまつさえ相手の印象や興味を落とさずに場を終えられている……常軌を逸している」

 地面に縫い付けられた影はいつになっても私を追い抜こうとはしない。


「それだけで十分に一線を画している。僕や彼らをアチラ側に置いて自分と線引きをしているようだけどそれは間違っている――君も立派にコチラ側だ。有り体に言うとイカれている」

「イカれているって……酷くないですか?」

「悪く聞こえてしまったなら謝るけど決してマイナスな意味で言っている訳ではない。正当に評価して褒めているんだよ……君は十分イカれている」

「念押ししないで下さいよ……!」

「なら言い直そう――ヒメちゃんは逸脱している……寧ろ脱線している、かな?」

「より悪くなってませんか……?」

「そうかい?僕はポジティブな気持ちで伝えているつもりだよ?」

「全くそう感じられないです……」

「なら仕方ない。ただ勘違いしないで欲しいんだけど――」

 仁さんの声は一定のトーンを保ったまま。


「ヒメちゃんが逸脱していても脱線していても常軌を逸した変人だったとしても僕は変わらず君を君のまま受け入れるよ」


 帰り際の何気ない会話。雑談混じりにああでもないこうでもないと言葉を交わしている――そこに意味があるのかないのか判断が付かないまま2人は普段通りの距離で歩いている……影はその背中をただ見つめるだけ。


 そんな中、微睡さんとの会話を思い出す――私に対して意見を求めた彼へ向けた自分なりの表現を。異様な空間で異質な存在感を漂わせている店主が本当に求めていたであう相手に躱されて発生した前哨戦。雌雄を決する前の言わばウォーミングアップで意図せずに白黒付いてしまったのだ。思惑は破棄されて目的が台無しにされた。彼の無念を考えると少し不便に感じてしまうが、それはあくまで結果論であり私には無関係である。その選択をしたのは本人であり私に苦情を言われても詮無いことだ、潔く諦めてもらうしかない。私は私なりに求められていることに対して誠実に受け止めて真摯に対応したと自負しているし、あの視界がぼんやりと歪んで思考も捻じ曲がりそうな環境下に置いて緊張しながらも頑張った方である。それでもお気に召さないのであれば私の能力不足であり仁さんの采配ミスでもあるので、これもまた潔く諦めてもらうしかない。どうしようもない場所でどうしようもない質問を豪速球で投げられたのだ、バットに当たっただけでも褒められて然るべきだと思う(当たってはいたよね?)。


 あの発言により場の空気が一変した――微睡さんは時間が止まったように呆気に取られて仁さんは笑うのを堪えるように体を震わせていた。私からしたら聞かれたから答えただけって感覚なのだが、発言だけを切り取ると初対面の相手への内容ではないのは確かなので強めに反論や苛立ちを露わにされるのかと思えば、微睡さんは今までの圧が嘘だったかのように優しい雰囲気を漂わせてニッコリと笑顔で「ありがとうございます」とだけ返してくれた。そこからは本来の用事である仁さんの枕探しに移行して結果的に良い物を見繕ってくれて購入に至ったのだった。結果オーライなのかどうかは定かではないが、私としては後々になって仁さんに小言を吐かれないかだけが気になるところだ。言いたいことは言えたのでこのまま無事にことなきを得られればそれで良い。

 

「寝て育つのが欲望だけなら善良な庶民が睡眠負債を抱えるのは当然では?」


 今晩のカレールウのブレンドについて考えながら、あの時の言葉を思い出す。




 ―― ねるこのはて 無解決

3章終了。次話は12日7:00に投稿予定です。

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