ねるこのはて 3-3
白さを全面に押し出した謎のお店――押し出したと言うより白々しい程の白しかない……デザイン性の欠片もなく窓もなければ自動扉でもない異様な外観。分かりやすいイメージで言えば真っ白の四角柱を立てて入り口部分に白の開き戸を設けただけの建築物。おいおい、仮にも出店しているのであれば集客について少しは考えなかったのか?こんな店に誰が好んで入ろうか……日の光がバンバン反射して目が眩しいな、おい!チカチカする……!美術さん泣かせの天然レフ板だ、全身が美白になっていくー!
「ヒメちゃん、入るよ」
「え、えぇ……はい」
気味の悪い構造物の扉がそっと開く。さて、中はどんな魔境になっているのか……って、ま、眩しい!し、白い!白い白い!視点が定まらない!え、ここどこ!?
「いらっしゃいませ」
「きゃあああ!!!」
突然挨拶されたと思ったら目の前の白い空間から顔だけ浮かんでるぅううう!!!
「本日はなにをご所望で?」
首から上だけの存在が店員を装ってるぅううう!!!
「お久しぶりです。相変わらず悪趣味な店ですね」
「これはこれは……珍しいお客様だ。お久しぶりです、仁さん」
「ヒメちゃん、安心して。内装や設備を白一色に塗装しているだけで、目の前の首はちゃんと胴体のある人間だ」
「その説明でどう安心しろと!?」
仁さんとのやり取りを見て白い悪夢こと首だけ存在が言葉を発する。
「驚かせてしまって失礼しました。来客の皆様を怖がらせるつもりはないのですよ」
「嘘吐け!」
よぉく目の前の存在を見ると、スーツ?タキシード?手袋?靴?なんだか分からないけど全身白でコーディネートされているであろう男性が笑顔で迎えてくれていた。いや、だからと言って普通に怖いわ!!
「僕は昔から白が好きでして……それで自分で店を開く時には白一色にしたいと考えていたんです」
「お客さんを呼ぶつもりあります……?」
好みは個人の自由で夢や理想も個人の勝手ではあるのだが、実行したらどうなるか考えてなさ過ぎるでしょ……
「彼は集客なんて気にしていないよ、自分の思考を表現したいだけだ」
仁さんはぶっきらぼうな感じで白い男性を評した。
「紹介が遅れました、私は店主の微睡と申します。今後とも是非ご贔屓に」
ご贔屓にと言われても願い下げである。最悪な第一印象を刻まれた私だった。
「彼とは数年前に出会って少し関わってそれきりだったんだが……去年からここに店舗を構えていたのを知ったんだ、まさかだったよ」
去年からあったの!?そっちの方が驚きだ……人間は見たい世界しか見ないと言うのは本当なんだと改めて実感した。
「それで、ご用は仁さんですか?それともお連れ様ですか?」
白い悪夢こと微睡さんが店主らしく尋ねてくる。
「あぁ、僕だよ。ちょっと枕の新調を考えていてね。せっかく近くにいるんだ、相談するのは君しかいないだろうと」
「お目が高いと言いますか、仁さんの選択肢に入れて頂けて嬉しい限りですよ。えぇ、そのご相談には私が適任でしょう」
元々知り合いとは言え、この異空間になにも臆していないのは流石の仁さんだった。私は若干具合が悪くなってきたよ……白ってこんなに圧強かったんだなぁ……
「では、詳しい話を伺いましょうか。お二人ともこちらへどうぞ」
案内のまま真っ白のソファへ腰を掛ける。いや、どこになにがあるか全然分からないから何度かなにかにぶつかったり転びそうになったけどね……ただ、少しずつ目が慣れてきたのか周囲の異空間の輪郭を認識し始めてきた。照明も昼白色で統一されており、壁も床も机もソファも商品であろうベッドや枕に至っても全て白……
「宜しければ、こちらをお飲み下さい」
白いグラスに入ったミネラルウォーターを二人分用意してくれたのは有難いが、飲み物は白に関連してないんだと謎の安心感を得てしまう。カル◯スとか出てくると思った。
「ご覧の通り、当店は寝具の販売や睡眠についてのご相談を承っております」
いやいやいや、見たら分かるよね感を出すな!未だになにも分かってないよ、こっちは!
「仁さんはご存知ですが、私は睡眠学の研究チームに一時期参加しておりまして、その時の知識や経験を一般のお客様にも実感してもらい少しでも睡眠の良さを知ってもらうことを第一に実店舗を開業するに至りました」
「はぁ……(興味なし)」
「僕が微睡さんと会ったのもその頃でしたか?」
「そうですね、チームを抜ける直前だった記憶です」
時期は分からないけど数年前には二人は出会っていたのだろう、多分。
「そうでしたか、あれから心境の変化などはありましたか?」
「なかなか手厳しい……相変わらずですね、仁さんは」
仁さんが言葉を差し込むと微睡さんは苦笑する。2人の過去になにかあったのだろうか。
「仁さんには色々と参考になるお話を聞かせてもらいましたが、あの頃と変わらず思い描いている私の夢は一つです」
「寝たら忘れる訳にはいかなかったんですね」
「寝ても覚めても私は夢の奴隷ですよ」
二人にしか分からない過去からの延長戦のような気がした。
「仁さんには釈迦に説法ですので、お連れ様に質問宜しいですか?」
「……あ、はい!」
「これも一つの縁なので、まずはお名前を聞いても?」
「あぁ、私は火芽纏と申します」
「素敵なお名前ですね」
「良く言われます」
おや、調子が戻ってきたか?
「それは結構。では火芽さん……睡眠とはどんな状態ですか?」
「睡眠ですか……?た、確か……現状考えられている睡眠を定義する4つだかの指標に当て嵌まっている状態で合ってますか?」
「素晴らしい!まさか定義に触れる方がいらっしゃるなんて!火芽さんも睡眠に関心がおありで?」
「いえ、小学校でたまたま習っていたもので……」
「最近の義務教育は馬鹿に出来ませんね」
仁さんが横でニヤニヤしているのを完全に無視した。
「火芽さんの回答の通り、現在は4つの指標で睡眠と判断しています。睡眠について分かっていないことがまだまだ多いのが現状でもあります。ですが、分からないから適当な睡眠をして良い訳がありません。分からないなりにも快適な睡眠を得ることが大切なんです」
「はぁ……(興味なし)」
「因みに、人類は当たり前のように睡眠という行為を受け入れていますが他の生物はどうですか?」
「眠らない生物はいないだか見つかっていないとかなんとか……」
「なんと素晴らしい!!もしかして睡眠を専攻されていましたか!?」
「いえ、一般教養ってやつです」
「睡眠リテラシーが広がっているのを感じて嬉しい限りです!」
仁さんが横でニヤニヤしているのを完全に無視した。
「お客さんにもいつも質問されているんですか?」
「比較的そうですね。ただ今回は仁さんのお連れ様ということもありましたので、睡眠の基礎からしっかり知ってもらおうと考えておりましたが……いやはや、やはり仁さんと一緒に行動するだけはあるようです」
もっと褒めてくれて良いんだよ?
「もし満足いく回答がなければ3時間程みっちりとご説明しようと考えておりました」
「ハハッ、ソウデシタカ……」
危ねぇえええ!仁さん、ナイス!!
「三代欲求に数えられる睡眠ですが優先度はあまり高くないのが現状です。眠るということに真剣にならなければ向上もないのに」
専門家だけあって熱量が凄いな。
「ただ寝れば解決される問題ではありません。お二人であれば周知のことかと思いますが、より良い睡眠を追求しなければ脳も体も十分なパフォーマンスを発揮出来ないのです!」
ただ寝れば解決されるとのうのうと思ってました。
「そうだよ、ヒメちゃん?」
「え、えぇ……もちろん分かっていまふよ?」
仁さん、こんな面倒臭そうな人物を前にキラーパスしてこないで!思わず噛んじゃったじゃん!
「火芽さん、睡眠に必要なことはご存知ですか?」
「知らないよ!なんで私ばっかり質問してくるの!?」
必要なことですか、えっと、そうですね……
「ヒメちゃん、本音と建前が逆になってるよ」
「愉快な人ですね、火芽さんは」
「はぁわ!し、失礼しました……」
築き上げた私の知的なイメージが……
「最初から下落しているから気にする必要ないよ」
黙らっしゃい!!
「すみません、必要なことは思い当たりません」
「そうですか、もちろん構いませんよ」
微睡さんは顔色も変えずに優しく接してくれるのだが、如何せん首から上だけ逆白浮き(顔面の主張が強すぎる)して威圧感がハンパないよ、素直に受け取れない……いや、未だに怖いからね?
「睡眠に必要なこと――量、規則性、質の3つになります」
「量、規則性、質ですか」
「そうです。この3点をしっかりクリアしなければ本当の睡眠には至れません」
「はぁ……(興味なし)」
正直な話、微睡さんの説明は一向に頭に入ってこないのだが彼の熱意を無下にする訳にもいかず根性で相手をしている。
「1点目は量――こちらは当たり前に聞こえると思いますが睡眠時間をしっかり確保する必要があります」
「そうですね」
「一般平均で大人は6〜8時間の睡眠が適していると言われておりますが個人差が激しくあまり参考にしない方が良いでしょう」
「そうなんですね」
「日本は先進国の中で一番睡眠時間が少ないというデータもあります」
「みんな、私のようにいっぱい寝よう!」
「ヒメちゃんのように暇な人ばかりじゃないからね」
黙らっしゃい!寝るのが仕事の私!
「個人の睡眠時間の適量を測るにはいくつか方法があるのですが、例えば4日連続で寝れなくなるぐらい好きに寝てみて下さい。初日は8〜12時間程度寝る方が多いと思います。2日目から少しずつ減っていき4日目辺りの睡眠時間がおおよその上限だと認識してもらえれば良いでしょう。そうすると……意外と睡眠時間が足りていないことが分かるはずです」
「へぇー」
「だいたい1〜2時間程度は多くの睡眠を必要としているのが分かります。その足りていない分を睡眠負債と呼んでいます」
「睡眠でも借金みたいなことあるんだ……どうやって返済すれば良いんですか?」
「それは日々の睡眠時間を適量まで増やすことしかありませんね」
「結局そうなんですね。じゃあ、寝溜めをする人っているじゃないですか?それは意味あるんですか?」
「寝溜めは睡眠負債を解消する行為としての意味はありますが、普段より寝たから翌日は長起き出来るといった睡眠の貯蓄的な意味はありません。そもそも睡眠に貯蓄は出来ないというのが現在の考えです」
「負債は減らせても貯蓄は出来ない……」
「4時間睡眠を5日程度続けると完徹と同様レベルまで脳や身体のパフォーマンスが下がりますし、6時間睡眠でも10日程度で完徹レベルまで下がります」
「時間の確保って結構重要ですね!」
「睡眠不足だと脳や身体への悪影響はもちろん成人病や鬱病などの発症リスクも上がりますし利他的な思考も低下します。例えば海外の話でアメリカ時間というタイムゾーンがあるのですが、夏時間へ切り替わるタイミングで1時間程度の睡眠時間が減ると言われています。その時はチャリティ額やボランティア参加率が格段に下がったという研究データもあるぐらいです」
「そんなに違うんですね!」
そもそもアメリカ時間なんて初めて聞いたよ。まずパスポートすら持っていない。
「以上が量についての簡単なご説明になります」
「睡眠時間の確保って大切なんですね」
「理解頂けて嬉しいです。続いて2点目は規則性――簡単に言うと、毎日同じ時間帯に寝て起きるということです」
「睡眠の習慣化って感じですか?」
「そう捉えてもらって良いでしょう。人類は基本的に夜に寝て朝になったら起きるというサイクルで今まで存続してきました。個人差はあれど現在もこのサイクルが1番適しています」
「そんな気がします」
「どんな時間でも寝たら良いってことにはなりません。もちろん寝ないよりはマシですが」
「ただ仕事柄や生活によってはそうならない人もいますよね?」
「その通りです。日本は特にですが規則性のある睡眠が出来ている人ばかりではありません。不規則な人が多いと言った方が早いかもしれません。子育てや介護、夜勤のあるシフト勤務など、そうしたくても出来ない人も多いんじゃないでしょうか?」
「そうですよね」
「そういう人は残念ながら最適な睡眠からどうしても遠ざかってしまうと言わざるを得ません。他の2要素で補ってもらうしかないですね」
「不規則な睡眠だとどうなるんですか?」
「やはり体調面への悪影響、女性だと乳癌のリスクも上がるといった研究データも発表されています」
「大変ですね」
「睡眠だけに焦点すると、やはり夜寝て朝起きるというサイクルの生活を習慣にされた方が良いでしょうね」
「気を付けます!」
「3点目は質――睡眠時間を確保して規則的なサイクルを習慣にされても質が悪ければ十分な睡眠とは言えません」
「うんうん」
「個人の体質を理解した上で、飲食、外部環境、寝具等を整える必要があります」
「体質の理解ですか……?」
「そうです。簡単に分類すると朝型と夜型の違いになります。10代は朝型、20〜30代は夜型へ移行、それ以降は朝型へ戻っていくのが一般的な推移なのですが、その中でも人それぞれ推移や変化も違います」
「へぇー」
「自分が朝型か夜型かチェックするサイトもネットにはあるので気になった際は調べてみるのも良いでしょう」
「楽しそう!」
「質の向上にはまず自身の体質をしっかり理解することが大切です。その上で睡眠の導入へ進みます」
「導入ですか?」
「睡眠前の飲食や寝る環境ですね。やはり寝る直前のニコチンやアルコールの摂取はNGです」
「寝酒ってありませんでしたっけ?」
「寝溜めと同じで自分の行動を正当化する為の言い訳でしかないと言っておきます」
うわっ、急に辛辣。
「後は、適した気温で静かな暗い環境作りも大切です」
「あ、やっぱり静かな方が良いんですね」
「そうですね。個人差はあるにはあるのですが、やはり出来るだけ音のない方が良い睡眠が出来ると考えられています。聴覚は人が思っている以上に敏感なので、音があると無意識にそれを取り込もうと脳が信号を出してしまいます。睡眠にとっては余計な活動を脳へ促してしまう」
「ヒーリングBGMとかありません?」
「寝る直前まで聴いてリラックスして、いざ寝る時には音を止めるのが良いでしょう」
「そうですかー。いつもメタルとか聴きながら寝ていたので良くなかったんですねー」
「逆にそれで寝れるんだね、ヒメちゃんは」
仁さんに変な目で見られているのを完全に無視した。
「今回来店された理由は仁さんの枕の新調でしたよね?そちらはこの質の部分に関係しています」
「枕が違うとやはり質も変わりますか?」
「もちろん!もちろんもちろんもちろんです!」
怖っ!!
「枕を選ぶ際は、大きく分けるとフィット感、中身が大切です」
やっと本題に入った。枕のこととか完全に忘れてたよ。
「まずはフィット感――サイズ、硬さ、高さなどです。人は一晩で20回ほど寝返りするので頭が枕から落ちないサイズが良いです。硬さですが硬い素材から柔らかい素材など色々あるので人それぞれの好みで変わります。それぞれのデメリットは硬い素材は首や体にフィットせずに寝心地が悪くなる可能性があります。柔らかい素材は首や体が沈み込んでしまって寝返りが打ち辛くなって寝心地が悪くなる可能性があります。枕の役目は頭と首の隙間を埋めることでもあるので高さも気にしましょう。適した高さではないと寝心地が悪くなるので、頭とマットレスが並行になるイメージで高さを選ぶと一般的には良いと言われています」
「ほえほえ」
「次に中身ですが、羽根、羽毛、ウレタン、そば柄、パイプ、ビーズ、粒わた、ファイバーなどがあります。こちらも人それぞれの好みに合わせるのが良いでしょう」
「ほいほい」
「以上の点を踏まえて、自分に合った柔軟性と復元力のある枕にすると良いでしょう。スマホ時代になりストレートネックに悩む方も増えたと思いますが、そんな方は高反発ウレタンやファイバー系の耐久性の高い素材が有効と言われています」
「現代人へのサポートもバッチリだ!」
「僕はスマホを長時間操作することが殆どないけど、ヒメちゃんには参考になったんじゃない?」
「そうですね!寝る時はストレートネック対策枕を使いながらスマホを長時間触ります!」
「……好きにしなよ」
私への好感度が下がる音が聞こえた気がする。
「いかがでしたか?ご説明した点をしっかり理解してこれからに活かしてもらえれば、お二人の睡眠はきっと激変すると思いますよ」
「そ、そうですね……」
微睡さんには私のボケが刺さらないみたいだ。
「良い睡眠をしたくなりましたか?」
「はい、色々と参考になりました!」
「それはなにより。では、ご所望の枕選びへ進み――」
「これからは私も冬眠したいと考えていたので、その為に快適な睡眠ライフを送ろうと思います!」
「あっ、ヒメちゃん!その単語は――」
仁さんが急いで止めようとした言葉を遮るように微睡さんは呟いていく。
「冬眠……火芽さん……あなたは冬眠と言いましたか?」
「え、えぇ……はい」
「そうですか……冬眠……冬眠にご興味があると……?」
「あ、いや、えっと……」
「そうですよね!やはり冬眠にご興味がありますよね!?そうだと思っていましたよ!!」
地雷を踏んだ気がした。ただでさえ顔だけ主張が強くなっている状態で身を乗り出すように顔を近付けられると余計に怖いよっ!!
「人類冬眠化計画についてお話しましょう」
人気アニメのパロディみたいな計画名を聞かされた私はきっと選択を誤ったのだろう。横で溜息を溢している仁さんに肩をポンと軽く叩かれたのだった。
次話は8日7:00に投稿予定です。




