ねるこのはて 3-1
「謎は謎のままが美しい!」
いつもの如く病が発症した、いとま探偵事務所所長。
「あーなんて美しい!謎という漢字だけでも見惚れるぐらいだ。迷い言と書いて謎――既に迷路に嵌っている様を良く表しているじゃないか。そう、迷って良いんだ!迷うことはなにも恥ずかしいことではないし間違ってもいない。人生に寄り道は付き物さ。そうだろ、みんな!?知らないことがあるなら知る機会が今後あるということだし分からないことがあるなら分かる機会が今後あるということ。まだ天井ではない、僕らはまだまだ成長期だ!青空学級を思い出してみよう、あの晴れ渡った空の下で雲に見守られながら学ぶ姿を……なんて素敵なんだ!あの頃に戻ってみようじゃないか!まだ何者でもなかった純粋無垢な心に還ろう。僕らはいつしか知ることが正しいことだと洗脳されて大人になった……それがあるべき社会の姿なのか?サンタさんがいると本気で信じていた頃を思い出そうではないか!玉虫色に煌めいた気持ちはどこへなくしてしまったんだ……そうか……そうだ……それだ!僕が探偵になった理由はそれを探す為だったんだ!いいや、それだけじゃ足りない……その為に生まれてきたと言っても過言ではない!僕らは生きてるだけで十分なんだ、それだけで偉いし誇っていこうじゃないか!」
「勝手に言ってろ!」
朝の目覚まし時計のアラーム音以上に人を不快にさせてくる……早起きが苦手な私からしたら最悪と言って差し支えない。
「なんだいなんだい、ヒメちゃん。とても目覚めが悪い様子じゃないか」
「誰のせいですか!?」
本当に誰のせいだと思っているのだ。
「ヒメちゃんが夜更かしして寝不足なのが悪いんだろう?」
「ち、ちゃうわ!」
た、確かに?ついつい漫画読んじゃってなかなか寝ませんでしたが……キリが良いところまでって思っていても結局は最後まで読んでしまうのは何故だろう?なにか学名や病名とかはないのだろうか?論文とか発表されてません?発表されていても私には論文を読み解ける頭脳は持ち合わせていないのですが。
「まぁ落ち着きなよ。せっかくの昼食後のコーヒーが不味くなってしまうよ?」
「コーヒー以外の要素で既に苦々しいですよ!」
「まぁ落ち着きなよ。せっかくの食後のコーヒーが台無しになってしまうよ?」
「言い直してより悪くするな!聞こえなかった訳じゃない!」
いつもの通りご覧の通りのやり取り――私たちの日常であり、いとま探偵事務所のアングラ界隈での知名度だけが上がってしまう原因なのであった。
「電話が終わった途端に病が発症しましたがどうしたんですか?」
「うん?あぁ、とある骨董品の盗難事件の犯人探しを頼まれたんだけど、面倒……いや、僕には手に負えないと思ったから断ったんだよね」
「面倒って言った!とうとう化けの皮を剥がしたな!」
「言ってない」
「言ったもん!」
「水掛け論だから流すけど、ってウケる」
他人の台詞回しをパクるな!それは匁流構文という彼のアイデンティティなんだぞ!小さなキャラ分けすらなくなってしまうと誰が話してるか分からなくなってしまうんだよ、作者の能力不足を舐めんな!!
「今からでも遅くないので依頼請けましょうよ!」
「うーん、なんか気が乗らないなー」
「せっかく真っ当な依頼が来たんだから、チャチャっと解決して表世界の評価も上げましょうよ!」
「チャチャって……ヒメちゃんも大概だよね」
クライオニクスとかクローンとか言ってた件より、どう考えてもよっぽど楽でしょうが。
「骨董品ですよ?凄く価値が高い物だったら報酬も比例して……ヒヒッ」
「笑い方が卑しいね」
「……失礼しました。仁さんであればそんな難しい依頼とは思えないんですが」
「そんなことはないだろう」
「何故です?」
「無事に事件を解決してごらん?犯人の動機、骨董品の本当の価値、事件の背景などが全て詳らかになってしまう」
「それのなにが問題なんです?」
「つまらなくない?」
ーーはい?
「このまま解決されなければ盗品の真の価値が有耶無耶になり、犯人のやむを得ない事情の有無、元々別の持ち主から盗まれていた可能性、全米が泣く背景など……その全てが大したことのない現実に堕とされてしまう。想像の余地がないということは悲しいことだよ?」
「まず被害者の悲しさを払拭しましょうよ」
「その程度は瑣末なことだろう」
「価値観ぶっ壊れてるな!」
「このまま闇に葬られてしまえば謎が謎を呼び込み風化しなくなる――こんなの面白いに決まっているじゃないか!」
「あなたに正義感はないんですか?」
「ない」
さいですか。
「だから依頼は請けない。盗品や被害者がどうなろうと関係ないし知ったことではない」
「バッサリですね……」
「大人になったものだよ」
絶対に違う。
愛逢月のとある日、昼食後のくつろぎ時間を満喫している仁さんと私。お互いダイニングでコーヒーを楽しんでいる最中に仁さんのスマホが鳴り今に至る。せっかくの依頼を当然の如く断った仁さんに対して私は漠然と気になったことを聞いた。
「ねぇ、仁さん」
「なんだい?」
「なんで探偵になったんですか?」
「そこに探偵があったからだよ」
聞いた私が馬鹿でした。
「いやいや、そんな登山家みたいな回答は求めてません!」
「うーん、これには深い事情があってだね……」
「はい、どんな内容であっても私はちゃんと受け止めます!」
おぉ!ようやく仁さんの自分語りをしてくれるまでの関係になれたのか!?
「公安委員会に届け出したら通ったから」
聞いた私が馬鹿でした。
「そりゃそうですが……私が知りたいのはそんなことではなくてですね……」
「案外簡単なんだよ、探偵を開業するのは」
「だからなんだ!」
「ははっ、まぁ昔のことだから忘れちゃったけど……当時の僕はやりたくなったんだろうね」
有耶無耶にしようとしてる。絶対になにか隠そうとしてる!
「当時のことをもっと思い出して下さい!頑張れ頑張れ!」
「応援されてもな……」
「フレー!フレー!仁さん!思い出せー!」
「思い出すことを躊躇うね」
「フレー!フレー!個人情報晒せ!今以上に寄生する為に私に情報を与えよ!密かに記録している仁さんデータベースを埋めさせろー!」
「化けの皮が剥がれてるのはどっちだよって話かな」
ハッ、しまった!私としたことが!
「もう過ぎた話だからなんだっていいんだよ、キッカケなんて曖昧なものは」
「自分の過去も謎にするな!」
「じゃあ、ヒメちゃんはなんで僕のところに転がり込んで来たの?」
「うっ……!」
私の核心部分にブーメランが飛んで来た、それも特大サイズの。
「え、えっと……」
「曖昧が嫌なんだよね?」
「……」
「事情や背景をほとんど聞かずに居候を許可したよね?」
「……」
「キッカケが重要なのであれば、ヒメちゃん自身のキッカケも詳らかにするのが筋だろうに」
「……」
「そうだろう?」
「……」
「ん?」
首を傾げる仕草可愛いな、腹立つ。
「……今日の夕飯はなにが良いですか?」
「ははっ、ヒメちゃんが作ってくれる料理ならなんでもいいよ」
私は話題を逸らした――本音を宝箱に閉まって大切に保管するように。開示して仁さんや匁流君との関係を壊したくなかったのかもしれないし、それによる変化が起きることを良しとしなかった。なんとも都合の良い話だ……他者に対しては根掘り葉掘り聞く癖に自分の核心部分は隠そうとする。これでは仁さんへ言及する筋合いはないし自分本位な我儘でしかない。もしかしたら仁さんのことだからなにかを掴んでいるのかもしれないが、怖くて自分から聞くことなんて出来ないし話を振られても答えられない。臆病と言ってしまえば綺麗に聞こえてしまうが単純に自己中心的な思考で自分が可愛いだけなのだ。可愛くてごめんと自己肯定を高めて開き直る程には成熟出来ていない。理解して欲しいけど自分からはなにも伝えられないから言わなくても察して全てを肯定して受け入れて欲しいと考えているのかもしれない――そんなつもりはないと思っているが本当のところはどうなのか?自分のことは案外分からないものだと誰かが言っていたが、過去を美化して認識を着色して考えを加工して自分のことを色眼鏡で見ているということで、人間は見たいものしか見ないという話もある……つまりはそういうことなのだろう
「そうだ、ヒメちゃん」
「なんです?」
「食材買いに行くついでに僕の買い物に付き合ってくれないかな?」
え、それって、つまり、デ、デートのお誘い!?
「はひぃ!」
あまりに不意の言葉に、たった2文字を思わず噛んでしまった。
「ありがとう。じゃあ支度が出来たら教えてね」
「わ、分かりました!あ、でも……匁流君は?」
「匁流君もどこかでフラフラしているだろうし、もう子供じゃないんだ、大丈夫だろう」
数ヶ月ぶりの二人での外出――二人きり、ふたりきり!ふ・た・り・き・り!ここテストに出ますよ!いつもは邪魔者の……おっと失礼、同じく助手の匁流君も一緒なことが多かったから……なんか急に緊張してきた。
自分の部屋でドタバタ支度しつつ胸に刺さった言葉を必死に隠そうと着付けていく。メイクのノリも悪いし服のサイズも合っていないのかもしれないけど今出来る最大限に着飾りたい。じゃないと上手く笑えなくなってしまうから。
「じゃあ、ヒメちゃんはなんで僕のところに転がり込んで来たの?」
答えは影法師に溶けていつまでも付き纏う。
3章スタート。次話は6日7:00に投稿予定です。




