ヒトとケモノと 2-6
「ただいま」
「「うわぁっ!!」」
艶髪美人の煤木さんが去って私たちが玄関前でウダウダしている最中、急に玄関扉が開き実家のような安心感のある声が事務所内に響いた。
「……え、なに?お出迎えサプライズ?」
「おかえりっす!」
「おかえりなさい」
もちろんサプライズではない。なんなら私たちの方がサプライズされた側と主張したいぐらいだ。
「あー、お腹空いた!ヒメちゃんお昼はなんだい?」
「えっ……あぁっ!買い物行けてないので冷蔵庫の中の物で適当に作りますね」
煤木さんの講義で時間感覚が鈍ってしまったところもあるが、時計を見ずとも体内から昼食を知らせる警報が鳴っているのは確かだった。
「仁さん、どこ行ってたんすか?」
私がキッチンでドタバタと昼食の用意をしていると、ダイニングテーブルに移動した匁流君が仁さんへ話しかけていた。
「え、あぁ。ちょっと散歩してた」
「ホントっすかぁー?」
「含んだ物言いだね?」
「さっき佐々動物生命研究所の煤木さんっていう女性が来てたんすよ!仁さんと入れ違いのタイミングで」
「へぇ」
「外で艶髪美人とすれ違わなかったすか?」
「いいや、多分すれ違っていないと思うよ。美人なら気付くだろうし」
はぁ……?仁さんの昼食に唐辛子入れまーす。
「そうそう!そこの相談役断ったみたいっすね」
「そうだね」
「いくら提示されてたんすか?」
「うーん、いくらだっけな……月1000万ぐらい?」
おい!断るなよ!
「なかなかの金額っすねー!逃した魚はデカかったんじゃないっすか?」
「そうでもないだろう。仮に相談役を引き受けていたら絶対に割に合わない立場に置かれるだろうからね」
「そうなんすかー、他の理由は?」
「他かい?」
「立場や責任をいちいち気にするタイプじゃないっすよね?であれば、本命の理由があると思ったんすけど?」
その通り!仁さんは飄々とはぐらかすことはしても建前に逃げるタイプではないのだ。報酬が悪かろうと責任が伴おうとそれを理由にやらないという選択肢は彼にはない。
「やれやれ、参ったね。僕より探偵に向いているんじゃないのかい?」
「観念するっす!」
「観念もなにも……」
「私も聞きたいです!」
「ヒメちゃんまで参戦した!?」
「あの話を聞いて仁さんがどんな回答をしたのか非常に気になります!」
「そう言われてもね……」
「はぐらかすな!男ならハッキリ答えんしゃい!」
「そんな方言使うキャラじゃなかったよね?」
「しゃい!」
「それで意思疎通するんだ……」
「くくっ、仁さん……もう逃げらんないっすよ!」
「はぁ……もう済んだ話なんだけどね」
「「出た!!」」
仁さんの決め台詞カットイン!激アツ激アツ!!
「そこまで大層な話でもないのに興味津々だね」
「「いいから!!」」
大層な話じゃない?そんな訳がないだろう。動物との交配だったりクローンだったり極め付けのキメラ作製って……これのどこが小さな内容?お腹一杯で消化不良になるレベルだ。
「分かったよ……あそこの理事長に再生医療に詳しい学者を紹介して欲しいって頼まれたんだ」
「「ほうほう、それで?」」
「それだけ」
「「……は?」」
「……え?」
三人の目が点になりキョトンとする。
「佐々理事長とは実は昔からの知人でね、僕も探偵の端くれだから多少の人脈はある。それに目を付けた彼が再生医療の識者や機器メーカーなどを紹介して欲しいっていう相談があったんだよ。紹介するのは良いんだけど、それで変に関わってしまうと面倒だから紹介だけして後は勝手にやってくれって断っただけ……僕自身はそちらの分野に明るくないし興味もなかったしね」
「それだけ……?」
「それだけ。後で権利関係がどうのってなっても怠いし担がれて表舞台に出る羽目になったら嫌じゃん。悪目立ちって言うの?僕はひっそりと生きていたいんだよ」
えっと……あれ?
「仁さん……?」
「なんだい?」
「再生医療の発達した先の話は聞いてます?」
「あぁ、医療革新を起こして少しでも傷病者を救おうっていう崇高な志だろ?素晴らしいけど僕は興味ないかな、そんな長生きしたくないし」
え、えぇっ!?
「人間と動物の交配は?」
「種の壁がある以上、異種間交配はなかなか厳しいでしょ」
そうじゃなくて!
「な、なら!人のクローン作製は?」
「クローン作製なんて法律で禁止されているし、その前にAIの進歩の方が早いでしょ」
だから、そうじゃなくて!
「え、え、えぇ……?ならなら、キメラは?」
「おいおい、ヒメちゃん。漫画じゃあるまいしキメラなんてどんなマッドサイエンティストを想像しているんだい?彼はそんなタマじゃないよ」
「えぇ!!」
「じゃあ……佐々理事長とは」
「うん、現代医療の限界と今後についての話というか愚痴を聞いていただけだよ」
えー、どういうことー???
「煤木さんとは話していないっすか?」
「煤木……佐々理事長の秘書でいた気がするけど直接のやり取りはないね」
え、だって、さっき……!
「その煤木って人が君たちへ変なことでも吹き込んだのかな?」
時が止まる。全く理解が追い付かない……糖分を摂取しても回復出来るキャパを超えている。
「じゃあ、あの人の言っていたことって……」
「まぁいいじゃないか、なんでも。食事の用意も出来たようだしみんなで食べよう」
本日の昼食は炒飯(あれ、デジャブ??)、三人とも席に付き空腹を満たしていく。
「それで……その煤木って人とはどんな話をしたんだい?」
「えっと、なんか良く分かんなかったんですけど、うーん、クローンとかキメラとか作って人類の可能性がうんちゃらって感じです」
「匁流君、通訳宜しく」
「あいっす!さっきの話は――」
私のニュアンスにニュアンスを重ねたミルフィーユ状態の説明では現生人類には理解が及ばないらしい。匁流君が改めて説明してくれた。情報の共有って案外難しいよね……
「――って感じっす!」
「二人ともありがとう」
私にお礼は言わないで……余計に虚しくなる。
「どう思うっすか?」
「そうだね……ヤバい思想で草って感じ」
草生やすな!
「佐々理事長は普通のおっさんだからそんな大胆な思想ないと思うよ」
大胆の一言で済ますな!
「危険思想には違いないっすよね」
「確かに……改めて相談役を断って正解だったかな」
「仁さん、このまま放置して良いのでしょうか?」
「うーん、まぁ放っておいても大丈夫でしょ。いずれ誰かがなんとかしてくれるよ」
「他人事!」
「そりゃ他人だからね。僕が口出すことではないかな」
「そうでもないような……」
「ただ、一つ言えることは……詳しくは分からないけど、なんか謎めいているようだ。うんうん、とても素敵な状況じゃないか」
はい?
「やっぱり仁さんならそう言うっすよね!……煤木さんの話を聞いててイマイチ真意が読み取れなかったんすけど、仁さんになにも伝えていない点を考えると相手の思惑がぼんやりとだけ浮かんできそうっす」
全然浮かんでこないけど。
「謎の艶髪美女から謎の話を聞かされた――意味不明で理解不能ではあるけれど……だからこそ素晴らしい!立派に謎めいているじゃないか!」
謎めいて既に迷子だよ、こっちは。
「やはり、謎は謎のままが美しい!」
「やかましい!」
昼食を終えた三人はそれぞれの時間を思い思いに過ごす。仁さんはソファに寝そべってテレビ鑑賞、匁流君は用事を思い出したと言って外出、私はダイニングから仁さんのいるリビングをぼんやり眺めている。
少し前までこの場所で謎の人が摩訶不思議な話をしていたとは思えない程の日常だ。気疲れなのかドッと体が重くなっているのは私だけのようだった……みんななんでそんなに平気なんだろう?私の耐性がないだけなのかな……
「ねぇ、ヒメちゃん」
そんな矢先、リビングから仁さんに話しかけられる。
「あ、はい!なんでしょう?」
「さっきの煤木って人の話だけど、正直どう思った?」
「そうですね……私には理解出来ない部分が殆どでしたけど、現代科学を進化させて人類を発展させたいってことだけは分かりました」
「うん、それで?」
「ただ、SF感というか現実感がないというか……科学者ってあんな感じなんですか?」
「人によるだろうけどね。実際にそんなバカみたいなことを考えている奴もいるのは確かだ」
「そうですか……つくづく欲深いんですね、人間って」
「ははっ、ヒメちゃんも言うね」
「い、いえ……仮に煤木さんが望む未来が訪れた時には私は確実に生き残れないと思いますが……仁さんはどうですか?」
「人類の善性に期待するしかないだろうね」
「善性?」
「そう。性善説とか性悪説の話じゃなくて、人間が今まで培ってきた倫理と社会性、それに伴い育った精神性によるブレーキがどこまで作用するかじゃないかな?」
「また他人任せな……」
「新しいことや知らないことに否定しがちではあるが、なんだかんだすぐに適応してしまうのが人間なんだけど、それでも超えてはいけない一線は誰しも持っているものだ。今回の話はその一線を確実に超えている」
「……」
「どんな未来が訪れても人間が忘れてはいけない大切なモノをいつまで心の中に留めていられるか……僕は忘れて久しいけどね」
「ダメじゃん!」
「ははっ、そうだね。だから僕がなにかを言う権利はないよ」
「でも、せめて佐々理事長にこのことを伝えておいた方が……」
「大丈夫でしょ。あの人もバカじゃないしなんとかなるだろう」
「その時に手遅れになっていたら?」
「もう仕方ないでしょ。みんなで諦めよう」
「えぇ!?適当な……」
「そんなものだよ、人生なんて。なにが正解かなんて誰にも分からないんだ、煤木って人の内容が将来的に世界に受け入れてられている可能性もある。そうなれば、我々の考えは間違いとして扱われる。それを繰り返して世界が形作られて歴史を紡いでいくんだ」
「なにかの哲学ですか?」
「いや、僕が勝手に言ってるだけなんだけどね。結局は物は言いようだからさ、こう考えてみよう」
「……はい?」
「一個体に複数の異種遺伝情報を共存させて活動するのをキメラと言うのなら、一個体に複数の相反する思考や思想を共存させて当たり前のように活動している現生人類は――精神的キメラとも呼べるのではないかと」
「屁理屈……」
「屁理屈でも謎理論でも言い訳でもなんでも良いんだけどさ、こんなことを当然のように考えて発信出来る今の人間もそんなに悪い物でもないって話」
「じゃあ……ガンガン寄生しても許してくれるってことですね?これからも全力でしがみつきます!」
「寄生虫とキメラは別モノだよ?」
人の夢 果てなき進路 霧に濡れ 見えぬ空座は ヒトカケモノカ
「64点!」
「うるさい!」
二人の下した点数の意味が判明したのは数日後――哺乳動物とも思われていない私には、どちらにせよ関係のない話だったかもしれない。
―― ヒトとケモノと 無解決
2章はここまで。次話(3章)は5日7:00に投稿予定です。




