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無解決探偵って需要ありますか?  作者: わゆ
【2章】ヒトとケモノと
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ヒトとケモノと 2-4

 糖分で頭をリフレッシュした三人(特に私)は、窓から差し込む光に導かれるように次のステップへ進む。


「さて、それでは再開としましょうか」

「ういっす!」

「休憩挟んで頂いてありがとうございます。どうぞ、続けて下さい!」


「ありがとうございます。では……プラン1を経て我々はプラン2へと移行しました。それは――」

「"クローンによる自己のアップデート"です」


「あぁー、そりゃ考えるっすよね」

「ふふっ、どうしてもこちらを無視する訳にはいきませんからね」

「科学と倫理の狭間で常に揺れ動き議論を呼ぶテーマです。人間のクローン化技術は誰しもが少なからず夢見たものでもあります」

 誰しも夢見た……?


「一度は考えたことはありませんか?代わりに授業受けて欲しい、代わりに怒られて欲しい、代わりに宿題やって欲しい、代わりに仕事して欲しい、代わりに面倒事をやって欲しいなどのネガティブな要素が孕む際に想像したり、ナ◯トのように多重影分身したい、パー◯ンに出てくるコピーロボットが欲しいなどの妄想したりするでしょう」

「代わりにヒメちゃんの相手して欲しいって考えたことあるっす!」

 私はネガティブ対象かよ!


「クローン化技術――遺伝的に同一な個体を作製する技術。現在の日本ではクローン規制法により人のクローン化は禁止となっています。世界的にも禁止されている国が殆どです」

「そうっすよね」

「禁止なのは何故か分かりますか?」

「倫理的な問題っすか?」

「そうです。様々な要素を含んだ人文社会的側面から、人間の尊厳を冒涜する恐れがあり人格権の侵害に繋がる可能性がある為です。意図的に作り出すことで人の品種改良が可能になり優良個体と不良個体などの選別や差別、人権の是非に揺れつつ手段や道具としてだけの存在になり得る可能性、生命誕生の一般認識からの逸脱など、各国や各研究者の価値観や倫理観の分だけ禁止にする理由はいくらでも出てきます」

「確かにそうっすね」


「ただ、あくまで人のクローンが禁止なだけで農業では古くから使われてきた技術です」

「そうなんすか?」

「えぇ、そうです。例えば、チューリップの球根やジャガイモの塊茎などの増殖において広く使われています」

「ほう!」

「また動物に対しても明確な規制がありません。国際的なルール施行の声が度々挙がるのですがなかなか進展しないのも事実です」

「ホントに人間対象だけ禁止なんすね」


「そうなりますね。では、実際のクローン作成方法はご存知ですか?」

「気合いと根性っす!」

 そんなバカな……


「ふふっ、それで誕生したらどれだけ幸せか……現状ですと2パターンがあります」

「2パターンっすか!」


「まずは、胚分割方法です」

「はい!はい!ってウケる」

 なにを分割してんだ……それだと分割じゃなくて増やしただけじゃん。


「胚分割法――まず受精卵が時間経過により胚となり複数の細胞に分化した状態になります。次に核を取り除いた複数の未受精卵へ分化した細胞をそれぞれ移植します。それから電気的刺激などを与えると細胞融合を経て新たな受精卵のように変化します。その新しい受精卵を母体の子宮へ戻す事で人工的生命が誕生するという訳です。因みに、これらの胚分割により生まれたクローンを受精卵クローンと呼んでいます」

「生命の誕生に科学のメスが入ってるっすねー!」

「胚分割クローン技術は1800年代からあります」

「そんなに早いんすね!」

「ただ……この方法は効率が悪いとされています。生まれてくる子供がクローンなだけで現存生物をそのまま作れる訳ではないのが理由です」

「あー、そういうことっすね」


「ですので、現在はホノルル法による体細胞クローン作成が基準になっています」

「マラソンでもするんすか?……って、ウケる」

 確かにホノルルマラソン有名だけど!クローンに走ってもらう大会じゃないから!


「ホノルル法――成体の体細胞から摘出した核を、別に用意した核だけ取り除いた未受精卵に移植して、母体の子宮へ戻すことで新しい個体を作成する技術です。因みにホノルル法で誕生したクローンを体細胞クローンと呼びます」

「どちらにせよ、子宮へ戻して母体に産んでもらうんすね」

「そうです。現在の技術ではクローンだろうと体外受精だろうと母体の子宮に戻して育てる方法しかありません」

「体外受精って試験管ベビーっすよね?」

「世界初の体外受精成功は1978年ですがその頃に呼ばれていた名称が試験管ベビーです。日本では1983年に成功しています」


「そう言えば、体外受精と人工授精ってなにが違うんすか?」

「簡単に説明すると……受精する環境の違いでしょうか。体外受精は母体から卵を摘出してから精子と受精させ発育の確認が取れたら子宮へ戻すのに対して、人工授精は排卵日に精子を人工的に子宮内などへ直接入れて受精させます」

「へぇー勉強になったっす!」

 へぇー、そうなんだ!


「話を戻しますが、ホノルル法の成功例として有名なのは1996年に誕生した羊のドリーでしょうか。世界初の哺乳類の体細胞クローンになりますが既に死んでおりスコットランドの王立博物館に剥製が展示されています」

 王立博物館って響き、格好良いよね……


「ドリーは有名っすよね!死因はクローン化の影響っすか?」

「ドリーは進行性の肺疾患を発症した為に誕生から6年余りで安楽死という流れになったのですが、クローン化との因果関係は調査が続けられています」

「安楽死だったんすね」

「他には日本でも事例があります。1998年に誕生した世界初の成牛の体細胞クローンですが、この個体は約20年間生きていました」

「日本でもクローン牛がいたんすね!」

 焼肉食べ放題……?


「その他ですと……2000年に豚、2005年に犬のクローンが誕生しています」

「おぉ!」

「ただ、霊長類のクローンは他動物より難易度が高く成功するのが困難とされていました」

「……過去形っすね?」

「お気付きの通り、2018年に霊長類初の猿による体細胞クローンが2匹誕生されました」

「突破したんすね!」

「2019年には5匹のクローン猿の誕生も報告されています」

「増えたっすね!」

 どの国が成功させたかなんとなく分かっちゃうのは何故だろう……


「まだまだ成功率は低いですが霊長類のクローン化を達成出来たので、人間のクローン化にも大きく近づきました」

「とうとうっすね……!」


「あくまで理論上ですが……人間のクローン化もホノルル法を用いれば成功する可能性はあります。ただ法律や倫理などの規制のせいで実験出来ないのが最大のネックですね」

 そんなポンポン実験されてたまるか。


「ですが……先程を触れた通り、霊長類は元より哺乳動物でさえ体細胞クローンの成功率は非常に低いのが現実です」

「どのぐらいなんすか?」

「ざっくりですが……哺乳動物で2〜10%ぐらいでしょうか」

「思ったより低いっすね」

 日本の消費税ぐらいか……数字だけだと低く見えるが生活に組み込まれると案外馬鹿に出来ない数値だな。


「それでも、まだまだ細い光ですが成功率が低い決定的な要因の一つは解明されました」

「なんだったんすか?」

「初期胚発生時における染色体分配異常です」

「プラン2でも染色体が出てくるんすね!」

「今までは胚の固定や破壊をしないと研究出来なかった為に判明されなかったのですが、卵割過程を連続画像や動画で長時間観察可能な技術が生まれようやく初期化異常に気付くことが出来ました」

「科学の進歩スゲーっすね」

 科学の進歩すげー。


「これにより、初期胚時点で正常か異常か見分けることが可能になりましたので、クローン作製の成功率向上が期待出来ます」

「おぅ!!」

「また、染色体分配異常は医療にも当然関係しており、癌やダウン症は染色体の分配異常に起因するゲノム不安定性の結果としても知られています」

「へぇー」

 へぇー。


「細胞分裂時に染色体上にキネトコアという動原体が正確に作られる必要があります。それにはとあるタンパク質の結合が必須なのですがそれの仕組みも解明することが出来たので、今後は体細胞クローン作製にも活かせます」

「なんか凄いっすね」

 なんか難しいっすね。


「余談も挟みつつでしたが、試行錯誤の末にクローン技術も少しずつ進歩しています。いずれ人のクローン化を成功させる為に……」

「でも禁止っすよね?」

「そうですね。ですが……時には逸脱することで世界に変革をもたらすこともあるでしょう」

 駄目でしょ!


「我が研究所では秘密裏に動き出しています。内緒ですよ?」

 そんなお茶目な表情しても駄目なものは駄目!


「しょーがないっすね、今回だけ秘密にしてあげるっす!」

 おい、艶髪美人に絆されるな!


「我々は人のクローン作製により人類のアップデートを目指しています。法律には暫し静観してもらいます。倫理……知らない子です」

 うわぁ……


「配管工者が姫を救うタイトル然り昨今のゲームではお馴染みのシステムですが、人間にもゲームのように残機があっても良いんじゃないでしょうか?」

 残機……一回やられても残機があれば復活出来るアレか。


「現実でもやってみたくありませんか?ゲームのキャラクターではなく自分自身の無限1UP」

 とりあえず煤木さんは配管工ブラザーズのゲームが好きなことは分かった。


「やりたい!やりたい!無限に甲羅蹴ってたいっす!」

 そういう意味じゃない!


「あれも言わば、自分のクローンが無数にいるということです。個体A1が死んでも個体A2が後に続く――日本の平均寿命は男性81歳で女性87歳と言われているので、自分のクローンがいれば寿命が尽きても人生を継続してくれる。それにより本来辿り着けなかった地点へ到達も可能になり、最終的には人類の進化や今以上の繁栄へ繋がる」

「うーん……ただ成功率低いっすもんね」

「もちろんまだまだ安定には至っていません。ですが、体細胞クローン胚の初期化異常の改善に期待出来るトリコスタチンAを培地添加することも増えてきました」

「……」

「それに、我が研究所ではトリコスタチンAに改良を加えて進化させることに成功していますので、今以上に初期化異常の改善が見込めます。こちらは独占技術になりますのでクローン作製において他社より数歩先を行っていると自負しています」


「そうなんすねー……それで?」

「はい?」


「他より凄い技術をお持ちの佐々動物生命研究所さんではどんなクローン作製に成功したんすか?もちろん実績はいくつかあるんすよね?」

「もちろんです。各国で過去に作製された体細胞クローンは全て再現済みですし、チンパンジーの体細胞クローンを昨年誕生させることが出来ましたので現在は経過観察中になります」

「おぉ、凄いっす!」

「どうです?ワクワクしてきませんか?」

「するっす!」


「そうですよね。以上がプラン2の説明になりますが……率直な感想をお聞かせ下さい」


「うーんと、まだまだコスパが悪い印象しかないっすね。後は……周りに自分のクローンが複数いたら生理的に複雑に感じそうっす!」


「あ、あの……煤木さん。感想の前に一つ質問しても大丈夫ですか?」

「えぇ、もちろんです」


「仮に自分のクローン作製が出来たとして……それは自分と言えるのでしょうか?……自分に似た別人になりませんか?」

「その問題も度々挙がっていますが些細なことであると結論付けています」

「それは何故ですか?」

「人間の人格形成の要因はご存知ですか?人格は3〜10歳の間に形成からある程度の確立まで至ります。もちろん大人になってからも様々なキッカケで変化は見られるのですが、それは結果論に過ぎませんので一旦省きます」

「はぁ……」


「人格形成の要因は次の通りです。新規性探究・損害回避・報酬依存・固執・自己志向・協調・自己超越となります。その内最初の四項目は遺伝要素で決まりますがこちらはクローンなので問題ありません。残り三項目は元の人物の生活環境を幼少期に疑似体験出来る場を用意すれば解決出来ると考えています」

「そんなに上手くいくものでしょうか?」

「もちろん一体目から万事上手くいくことはないでしょう。なにかしらのイレギュラーは必ず発生しますので、根気良く修正していけばいずれは達成出来ると考えます」

「そうですか……」


「おや、火芽さんはあまり気乗りされていないですね」

「えっと、上手く言えないんですけど……私は反対の気持ちに傾いているとだけ伝えておきます」


「承知しました。貴重なご意見ありがとうございます」


「では……火芽さんのようにクローンによる人類のアップデートをご希望されない方へ向けて、プラン3をお話しても宜しいですか?」


 思惑は尽きない――それこそ動物の数だけ。

次話は2026年1月1日7:00に投稿予定です。

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