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第四の試練

『儂の名は、主天使キュリオテテス。ヌシらにはこれから、強力な魔物と一対一で戦ってもらう。この試練ではこれまでと違い、ヌシらの命の保障は出来ぬ。魔物に勝利することができれば、次なる試練へと進むことができる。それでは、まずはじめに……そうだな、そこのヌシ、そう、ヌシだ、ソムリェとかいったな。ヌシから始めよ。武器はいるか?』

「いや、不要です。拳で充分」

『対戦の相手は……そうだな、大アダロでよいか?』

「ああ、しかしアダロは海の魔物ではないですか、ここはとても海には見えませぬが……」

 半径百キュービッドほどの円形闘技場の中心で、ソムリェが吠える。が、その言葉が終わらぬうちに、競技場の床が消失した。床下の水面に、ぼちゃりと音を立てて巨体が落ちる。

「なるほど、さすがは聖地の大神殿」

 と、水面に黒い影が見え、そしてそれは、一瞬のうちに水上へと現れた。

 それは、地に直立すれば五十キュービッド近い身長になるであろう、巨大な人型の怪物であった。上半身は青白く、恐ろしげな顔つきをし、下半身はまるで魚のような鰭になっていた。

「こいつァ随分とでかいアダロだな、いままで見た中じゃあ一番だ。しかし、慣れた相手でよかった。こいつはいつも、角に一発お見舞いすれば、ぶっ倒れてくれるんだよ!」

 大アダロの雄たけびが辺りをつんざく。それをものともせず、その巨体に見合わぬ俊敏さで大アダロの頭頂部まで一気に駆けあがったソムリェは、角に強烈な一撃を食らわせた。巨体があっけなく、轟音を上げて崩れ落ちる。

『ほう、これはこれは、随分と速い。素晴らしいな。次は……ヌシ、バアル・ゼブル、といったな。そう、相手はペリュトンでいいか?』

「ええ、勿論。そうそう、武器は自前のものを使わせていただきます。カフドゥール最高の剣、その名もカフドゥリアン。最高純度の魔力をふんだんに使ったこの剣は、世界でも数少ないペリュトンを斬ることのできる武具です。さあ、戦いを始めましょう」

 闘技場に再び床が現れ、檻がせり上がる。そして、鳥の身体と翼に、鹿の脚と頭を具えた、見るもおぞましい怪物が現れた。体長は人よりわずかに大きい程度、しかしそれは、明らかに獰猛で強靭な存在だった。

 双方が翼を広げ、空中でペリュトンの前足蹴爪とバアルのカフドゥリアンが打ち合わされる。一合、二合、三合。一進一退の打ち合いがしばらく続く。その予定調和を打ち砕くかのように、ペリュトンが後足を振り上げ、バアルは空中で旋回して必死で避けた。ペリュトンが勝ち誇る様に追い打ちを掛けようとしたその時、突如として怪物の動きが止まった。

 バアルの剣には、即効性の猛毒が纏わされていた。高濃度の魔力は、魔素の調合によって時に致命毒と化す。ほんの一瞬肌を掠っただけで、強靭な魔物が致命するほどの猛毒である。

 ペリュトンは地に落ちた。バアル・ゼブルは誇らしげな表情で、ゆったりと着地する。

『次は……』

 五人が呼ばれ、みな怪物によって命を落とした。ソムリェやバアルが平然と魔物に勝利したことは、やはり偉業であったと、皆が再認識したその時、オリフィルの名が呼ばれた。

『ヌシの相手は、ガウナブでよいか』

「はい。あと、長剣を一本、いただけますか」

『良かろう、ヌシの手に最も馴染む一振りだ』

 オリフィルの眼前の空間に、一本の長剣が現れた。

「これは……」

 サラカイが呟く。

「俺が打った中で、最高の一本……けれど、これは確か、かつてオリフィルが村を襲った盗賊を打ち破ったとき、折れてしまったはず……」

『ヌシが望む、最高の一振りだ。さあ、手を伸ばせ』

 宙に浮かぶ剣を、オリフィルの手が掴み取る。

 檻から現れたのは、虹色に光り輝く怪物であった。輪郭は人型だが、両手は鋭利な鎌になっている。その鎌から虹色に輝く鞭が放たれ、オリフィルを襲う。

 鞭を切り裂いた長剣がガウナブに迫り、鎌と打ち合わされる。剣と鎌が勢いよく打ち鳴らされ、火花が上がる。しかし、打ち合いは三合と続かなかった。

 鉄などは比にならないほど硬いはずであるガウナブの鎌が、岩塩の結晶のように、いとも容易く割れたのである。

 そのような事態は怪物にとっても想定外だったらしく、そのままの姿勢で瞬間、ガウナブは硬直した。その隙に、オリフィルの剣先が、怪物の甲皮の隙間に滑り込む。

 怪物は、どす黒い色の体液を勢いよく噴き出して、崩れ落ちた。

【ほう、あの細さで、あれほどの膂力とは……普通の人間ではないな。彼は一体、何者だ?】

 そう訝しむ気持ちはおくびにも出さず、キュリオテテスは次の挑戦者を呼んだ。

『ラ・ファリエ、ヌシの相手は、アジ・ダハーカだ。もちろん、ダマーヴァンド山に埋めずとも三首の全てを斬り落とせば絶命する亜種じゃ』

「なんと、かの有翼の龍蛇ですか。さて、魔杖の調子はよさそうですね」

 闘技場の中心に出現したのは、三つの頭を具える、全長十キュービッドはあろうかという巨竜だった。ラ・ファリエは魔杖を地面にふた衝きすると、杖の石突を竜に向け構えた。

 瞬間、魔法陣が十重二十重に展開され、大量の魔力光線を竜に浴びせかける。苦痛に叫ぶ竜に追い打ちをかけるかのように魔法使いは、三日月型の巨大な刃を上空から執拗に叩き付けた。濛々と舞う土煙が晴れた時、闘技場には黒焦げの肉片が散乱していた。

【こちらの魔力も、人間の限界をはるかに超越している。やはり、枠外の才能とは誕生するものなのだな】

 それから十四人の名前が呼ばれ、四人が魔物の前に敗れ、九人が辛うじて魔物に打ち勝ち、一人は完勝を治めた。クカビーという名の少年である。彼はそれまでの試練でも、目立たないながら非凡な才を見せていた。

『次はヌシ、ミチェルの番だ。相手は、フェンリル』

「はい。小剣をいただけますか」

 檻から現れたのは、体高二十キュービッドはあろうかという、巨大な狼だった。その口からは、ねばねばとした赤や黒の液体が垂れている。

 小さな少女が狼の前に立つ姿は、あまりにも不釣り合いだった。

 少女の姿が一瞬消えたかのように見えると、彼女は巨狼の上にちょこんと座っていた。彼女は狼の毛を一房ぶちりと抜くと、どこからともなく取り出した天秤の上に乗せた。毛が乗せられた方の皿が、勢いよく下がる。

「邪に命を喰らいし獣物に、罰を」

 すっと立ち上がったミチェルは、小刀をフェンリルの体表に突き刺した。フェンリルにとっては痛くも痒くもないのだろう、狼はただ、ごろごろと喉を鳴らすのみだった。

 ミチェルは小刀を蹴って、宙へと跳び上がった。

 その次の瞬間、巨狼の体が崩れ落ちた。ミチェルの蹴った小刀が、体内器官を喰いつくしたのだ。

『これはこれは……ゴホン、次はヌシ、最後だな。サラカイ、といったか。相手は、スフィンクス』

 ミチェルの凄まじい力に興奮を隠せない様子のキュリオテテスが、サラカイの名を呼ぶ。

「は、はい……短弓と、矢を百本、矢筒に入れて、頂けますか」

 宙に浮かぶ弓に触れることを一瞬躊躇したサラカイは、オリフィルの方を見やった。

「正直俺には、この戦いで、生き延びられる気分はまったくしない。これが、お前と話せる最後かもしれない、そう思うと俺……いや、俺がどうなろうと、お前は、お前だけは、偉大な力を掴み取ってくれ」

『いいのかヌシ、今ならばまだ試練をやめることもできるぞ?』

「いいえ、行きます。行かせてください」

 オリフィルは、サラカイになにか言葉をかけようとした。しかし彼にはどうしても、それはできなかった。 

 サラカイの前に現れたのは、獅子の身体に人の顔が乗った怪物だった。サラカイは必死で、矢を番えては放つ。しかし、スフィンクスの頑強な表皮は、せっかく命中した矢をも跳ね返してしまった。

 迫りくる怪物を前に、サラカイは必死の形相で剣を握り、斬りかかる。しかし、その斬撃は怪物にまったく通用しなかった。

 怪物の爪が、サラカイの腕を、弾き飛ばす。あらぬ方向に曲がった腕を抱えた彼は、必死の形相で、オリフィルに助けを求めるかのように駆けだした。

「た、助けて……」

 その声はしかし、予想だにされなかった人物によって途切れた。

 崩れ落ちたサラカイとスフィンクス、その後背から現れたのは、バアル・ゼブルだった。

「ど、どうして、サ、サラカイを……」

「いやなに、オリフィルくん、君がサラカイくんを助けに飛び出してしまいでもしたら、どうしたとてこの試練で失格扱いとされるに違いないかと思ってね。それならば、と身体が勝手に動いてしまった。いやはや、よかったね、オリフィルくん。これで君は、試練を続けられる。キュリオテテスさま、そういったわけですから、ここはひとつ。よろしいでしょうか」

『ああ、良かろう。ヌシはどうだ、オリフィル』

 オリフィルは、口を開くよりも先に、その拳を、バアルに叩き付けた。この男はいったい、何を言っているのだろう。同じ共通語を話すはずなのに、何一つ理解できない。

「ふざけるな、ふざけんじゃねぇよ、俺の、俺のサラカイを、うわぁっぁあ」

 オリフィルは、それまでに経験がないほど、感情を露わにして、怒った。怒りは、あまりにも激しかった。

 バアルを殴りながら、彼は遠い過去の記憶を蘇らせた。オリフィルが泥から生まれて、まだ十年も経っていなかった頃。

 泥だったころの記憶を滔々と語り、周囲から避けられていたオリフィルに、サラカイは笑顔で話しかけた。それは、互いにはぐれ者であったから、という理由だったのだろうが、それでも、オリフィルにはそれが何よりも嬉しかった。

 オリフィルは普通の人間とはまったく違っていた。それを気味悪がりも、利用しようともせず、ただ友人として、サラカイは接してくれた。

 いつしかサラカイは、オリフィルにとって何ものにも変えられない、大切な存在になっていた。

 それは、失ってはじめて、それと気付くものだった。

「うわぁ、ああああぁぁぁぁっ」

 気付けばオリフィルは、自分でも感じたことの無い深みにいた。

 サラカイの笑顔を、思い出す。

 頭に角が生え、髪は伸び、目には真っ黒な泪が渦巻いた。

 オリフィルは復讐の悪鬼となって、バアルをひたすらに殴りつけ続けた。

 彼がふと意識を取り戻すと、バアルの抵抗は既に無くなっていた。

 背中を、そっとさする手があった。

 振り返ると、ラ・ファリエがいた。彼女は、静かに涙を流していた。

 激しい慟哭が、空気を震わせた。


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