第二の試練
五人は箱庭の試練を、バアル・ゼブルを中心として難なく通過した。この最初の試練で、挑戦者の三割ほどが脱落し、故郷へと送り返された。
次なる扉が開き、彼らは太陽がかんかんと照りつける荒野に出た。
『俺は能天使、エクスシーア。第二の試練では、お前たちの体力を試す。今は、陽が頂点に達する頃だな。地平線のずっと向こうにある目印まで走り、木札をひとつ取って日没までに戻ってこい。難しいことは好かん、罠などはない。単純な体力勝負だ。ああ、魔法とかは使っても構わん。あと、協力や妨害は禁止だ。純粋に個人で勝負しろ。じゃあ、始めろ』
顔を見合わせた挑戦者たちは、数瞬の後一斉に走り出した。
バアル・ゼブルは翼を広げ飛び立つ。その後を追い、幾人かが空路を取った。
ミチェルが、懐から小さな青銅片を取り出したかと思うと、それは瞬く間に小山のように巨大な白熊へと変じた。彼女を乗せた白熊は、矢のように速く地平線の方へと駆けていった。衝撃風に巻かれた挑戦者が苦言を叫ぶ。
杖を地に一突きしたラ・ファリエは、半瞬にも満たない時間姿を消したかと思うと、次の瞬間にはまたその場にいた。
『走らぬのか?』
エクスシーアに問われ、彼女は握った掌を開いた。
「一度目標地まで転移をし、すぐにまた戻ってきました。木札なら、こちらに」
『ほう、ここまでの術師が挑戦してくるのは初めてだ。人間でも、これほどの練度に達する者はいるものなのだな』
オリフィルとサラカイは、並んで走り続けていた。特別な力を持たない彼らは、自らの力を信じ、ひたすらに足を動かすだけだった。
「はあ、はあ、やっぱりお前はすごいな、息がまったく上がっていない。あとどれほどの道程だと思う?」
「ただ、道を示す目印に従うだけだ。次の一歩、それだけを考えていればいい」
「やっぱりオリフィル、お前はすごいよ。俺には出来ないことを、お前はいつも当然のようにやってのける。俺には真似できないし、お前の背中に手が届きそうだと思えたことすらない」
「……サラカイ、君は何を言いたい」
「いや、考えてもみれば、俺みたいに平凡な人間が大いなる力を手にできるはずがない。けれど、お前は違う。器が広くて、性格もよくて、頭も切れるし、盗賊団を返り討ちにできるほどの胆力と武力もある。だとしたら、お前とこうして、対等に喋る機会も、もう多くはないんじゃないかと思ってさ」
「……俺にとっては、君の方がよほど大切な存在だ」
「ん、なんか言ったか」
「……いや、何も」
「そうか……」
会話が途切れ、どうにか場を持たせようと二人がそれぞれ口を開こうとして速度を落としたその瞬間、彼らを追い越す者があった。箱庭の試練の前、アルカイに意見した刺青の青年、ソムリェである。いつのまにか彼は上衣を脱ぎ捨てていたようで、彫り物に余すことなく覆われた、筋骨隆々とした背中が露わになっていた。彼と続いて、これまた筋骨隆々の青年たちが幾人か二人を抜かしていった。
「おう、すまんな、抜かすぞ」
彼らのがなる声と騒がしい呼吸音が通り過ぎると、二人は顔を見合わせた。
「アッ、ハハハッ」
「ハハハハハッ」
二人のあいだにあった緊張も、彼が通り過ぎて姿を消したように思えた。二人は、いつものように取り留めのない雑談をしながら走った。
結局二人は日没に間一髪で間に合わせて、同時に終着点へと戻った。息をせきらせながら大の字になった二人は、互いを見交わして笑い合った。